吹谷 清光③

―12月25日21時30分―


(音がしたのはリビング側。あっちには罠が多い…早く行こう!)


最初に動いたのは弟、清光きよみつ


リビングに行ってみると、確かに罠にかかっている。電気を消したせいで後ろ姿しか見えないが、体中に糸と鈴が付いているし、一瞬視界に捉えた赤い服。サンタクロースだろう。


「わるいねっ!」


彼の右肩を掴み、思いっきり後ろに引っ張ると、少しのけぞりながらこちらに回転する。


大人、それも男性にしてはやけに軽い体重のそいつはサンタ服に身を包んだカーネル・サンダース人形だった


「は? 嘘でしょ、また!?」


しかも人形から手が離れない。

恐らく自分が仕掛けた糸だろう、匂いがきついし感触がキモい。まぁ自分で仕掛けた罠だ。対処法くらいある。


(しかしサンタめ、奴は僕を馬鹿にしに来たのか? …いや、意味もなくそんな事はしないはずだ。)


ベリベリと糸を剥がしながら、清光きよみつは思考を続ける。


(…じゃあ、まだ僕にプレゼントを渡そうとしているのか? それなら納得がいく)

(それに、もしそうなら、恐らく奴はまだ中に隠れている…!)





(声がする…かかったな!)


最初に動いたのは清光きよみつ、だと思われた…だが違った。

本当に先に動いていたのは兄の方だった。

作戦であろうと、何であろうと、兄を超える弟など存在しないのだ。


と言っても、吹谷ふきたにの作戦は簡単。

デコイをリビングから侵入させ、清光きよみつがそちらの確認へ行った事を確認次第、自身はさっき罠を減らした玄関から侵入。

弟が帰って来る前に部屋の中にプレゼントを置き、撤退する。


ちなみに、最初の過程でリビングの罠が作動したのは偶々、ただのラッキーである。


(よし、今の内になんか置いて帰ろう。)


吹谷ふきたには開いたままの扉から部屋の中へと少々勝ち誇りながら侵入し、そして言葉を失った。


かわいい弟部屋の中には今までの面影などはなく、代わりに先程部屋から飛び出せたのかが不思議に思えるくらいに、ところ狭しと罠が敷き詰められている。その上窓は防犯グッズで固められており、割らずに脱出する事は不可能だろう。


「…やられた」


そう、状況はイーブンなのだ。

兄を超える弟は存在しない。ただ、事前の準備があった場合はどうだろうか?

この罠のおかげで、吹谷ふきたにがプレゼントを渡す事が出来たとしても、バレずに帰る事は絶対にできない。





―12月25日21時35分―


時計が一秒、また一秒と進む。

二人に残された時間は残り少ない。


吹谷ふきたにが罠を避けつつ、ベッドの上にプレゼントを投げ入れた頃

部屋の外から足音が聞こえた。

来たのだろう、部屋からの脱出はもう遅い。

しかし部屋から出ればバレる。

吹谷ふきたには落ち着いた様子で今までの経験を思い出していた。


そして答えを導き出す。

今までの子供たちの部屋にあった隠れ場所、隠れてきた場所。


もちろんそこはクローゼット。

今まで訪れた家々に、ほとんどの部屋に付属していた隠れ場所。


(あとはもう賭けだ。)


吹谷ふきたには祈るようにクローゼットを閉じると、清光きよみつの到着を待った。





―12月25日21時37分―


吹谷ふきたに 清光きよみつ、到着。 


数秒間部屋を見回した後、クローゼットへと近づく。

クローゼットに手をかけ…開く。

それと同時に清光きよみつの視界が真っ黒に染まる。被り物か…?とにかくクローゼットの中に何かが仕込まれていたのだろう。

だが、どうせどさくさ紛れて逃げる気だったとかそんな作戦のはず!


(なら、僕の勝ちだ!)


咄嗟に前の人影に、何者かに抱きつく。

そして腰の裏で強く握り締め、固定する。

このまま罠の位置まで連れ込めれば捕獲完了だ。


「捕まえたぞ! サンタグロース!」


決め台詞を言い終わると、すぐ横をだれかがふわっと通り抜けるのを感じる。

誰だ?……あぁ、本当は分かっている。

サンタクロースだろう。

……じゃあ、今抱きついて居るのは?

なんとびっくり、いや、やっぱり、そこに居たのはクリスマス仕様のカーネル・サンダースだった。ニヒルな笑みが腹立たしい。

…おい待て、ぼけっとしてられないぞ。

早く次の策を打つんだ


「まだだぞ! サンタクロース!」

「何でここに来までに二分かかったと思う?玄関にチェーンをかけてから来たからだ!」


遠くまで響くように喉を酷使して警告する。

信じてリビングから逃げるのも、嘘と捉えて玄関に行くのも自由だ。

ただ、時間を稼ぎたい。迷って欲しい。

あと一分、いや30秒でいい。それだけの時間があれば何とかできる。罠は僕の方がよく知っているし、速さで勝てる自信がある。

僕の、僕が勝つかどうかの…最後の賭けだ。





―12月25日21時38分―


吹谷と清光との戦いが始まってから10分が経とうとしていた。とうとう決着の時がくる


吹谷ふきたには叫び声を無視し、背中の袋から自転車を取り出すと、全速力でベランダへと向かう。

道中、多種多様なブザーや護身グッズが襲いかかったが、スピードで押し切り無視。


そうして辿り着いたリビング唯一の大窓には勿論鍵がかかっている。おまけに追加で防犯ロックが2個つけられていた。


「やばいかもな…」


後ろをチラチラ見ながらロックを解除する。

最初の物はいつも住んでる家のものだから簡単だった。問題は残りの2つ。今日追加されたばかりの鍵の開け方なんて知るわけがない。それに2つとも別々のタイプだ。相当時間がかかる。


しかし時間も弟も待ってはくれない。手間取ってる間にもどんどん足音が迫ってくる。

唯一良かった事は自転車での逃走が予想外だったのだろう、清光きよみつの到着は遅れている。それも持って1分程だろうが…。





―残り1分―


さっきから『天国と地獄』が鳴り止まない。

どんどん手汗が出てくる。

時間がないだからといって窓を割ることも危険だしできない。

急がなければ…!



―残り50秒―


後ろから聞こえる足音が大きくなっている。

さっき自転車で轢いた罠達を避けながら進んでるようで少しペースが落ちているのがありがたい。



―残り40秒―


自転車に乗る事や自分の罠に妨害されるのは予想外だった。でもあいつ、鍵に手こずってるぞ…まだ、まだんだ。



―残り30秒―


もう少しでサンタに追いつける。

あと少しで、貧乏から抜け出せる。

もっとお兄ちゃんと遊べる。

絶対に捕まえてやる…!!



―残り20秒―


よし、外れた…! 1つ目の鍵!

早く次を!! 外に出れば、外に出れさえすれば! トナカイのスピードで逃げ切れる!

「……あっ!!」

吹谷ふきたには何かに気づくと、怒りと喜びが混じった様な声で唸る。

「あぁクソ! 最初から気づけばよかった」



―残り10秒―


袋から新品のロックを取り出し、説明書で開け方を確認、即座に取り掛かる。

クソッ、急げ、急げ…

もう音なんて無くても分かる。

すぐ後ろまで来てるぞ…。



―残り0秒―


「空いたっ!」


開いた鍵に喜ぶのも早々に切り上げ、大窓を開きジャンプしながら外へと飛び出す。


「させるかっ…!!」


清光きよみつが興奮気味に吹谷ふきたにの足へとつかみかかろうとする。


「いいや!? 間に合ったね!」


迫りくる手から逃げる様に窓から飛び降り、吹谷ふきたに清光きよみつと共鳴するように、吠える。


急いで窓枠から身を乗り出し、清光きよみつが地面を見た時には、トナカイが空へと走り出していた。



―12月25日21時40分―


兄弟戦争は清光きよみつの敗北で幕を閉じた。





―12月25日21時40分頃―


逃げ切った吹谷ふきたには勝利の余韻に浸りながら


(聖夜に行われる兄弟の戦い。四捨五入したら聖戦と言ってもいいだろうね)


と、くだらない妄想にふける。

そして誇らしげに


「いや〜参った弟だね、兄を超えるのももうすぐかも。」


などとうそぶいた。

汗を拭き終わった吹谷ふきたには、夜の闇に紛れ、信号機と街灯を頼りにまた次の家を目指すだろう。





―12月25日同刻―


窓の外に積もった雪達が僕の醜態を笑う。

もちろん放置していたカーネル・サンダースもだ。


しかしなぜか「終わった」と思うだけで、途端に清々しい罪悪感とやり切ったような脱力感に襲われる。


「あぁ…、もう、眠い…や。」


今日はもう寝よう。

明日、明日兄ちゃんを説得して仕事は…まぁ、何とかしてもらうしかない。


「そうだよ、もう全部明日考えよう。」


そんな投げやりな事を思いつつ、罠を避けて、ベッドの上に飛び乗る。

何か硬い物がある事に気づき、ぼーっとしながらそれを拾い上げる。


「…プレゼントだ」


こんな事をしでかした僕にプレゼントをくれるサンタの底なしの優しさに、若干目が覚まされた。

中身を見るため、包装紙ビリビリに破くと、欲しかった…だが誰にも伝えていない。

誰も知らないはずのスマートフォンが出てきた。


僕は急いでリビングへと戻り、見えなくなったサンタクロースに届く様に祈る「ありがとうございます。ごめんなさい」と。

サンタは返事こそしなかったが、どこか嬉しそうに走り去って行った。

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