吹谷 清光②
―12月25日 8時頃―
「じゃ、仕事行ってくる!」
「…あ、そうだ。悪いけど今日帰れないと思う! 冷蔵庫に入れてる料理たべろよ!」
「うん、わかった!」
僕は兄の小さくなってゆく背中を見送り、見えなくなった頃に家の中へと戻った。
そして、黙々と罠の準備を始める。
理由は…兄ちゃんが忙しいからだ。
家に帰っても、すぐどこかへ行ってしまう。
どこへ行くのかを聞いても、「仕事の関係でちょっと言えないな〜、そんなことよりケーキ食べない?」などとはぐらかされる。
きっと家が貧乏だから出稼ぎに行ってくれているのだろう。それもとびきり怪しい場所に。
でも、そんな生活とも今日でお別れだ。
だって今日はクリスマス
一年中良い子にしていた僕の元には、サンタさんが来て、僕の欲しい物をくれる。
ただ、それは一個だけだ。
…そんな量では足りない。僕たちは貧乏だ。
一生生活に困らないお金を手に入れる為にもサンタさんには『プレゼント永久機関』の部品になってもらわないと。
この日の為にこれでもかと罠を用意した。
シュミュレーションは何回も済ませた。
泣いても笑っても1回きり。
今日がその日だ
兄との生活がかかっている…。絶対に捕まえてやる。
◇
―12月25日 21時頃―
「絶対に捕まえる」などと啖呵を切ってから早や十数時間。小学生の体は夜更かしができる造りをしていないようで、ぼやけた視界で時計とベッドを交互に見つめていた。
その時、玄関から音楽が流れる、『天国と地獄』だ。仕掛けた罠が作動したのだろう。
(しかし妙だ。ドアをどうやって開けた?)
本来窓から来ることを想定した罠達だ。
このままでは部屋に一直線で来てしまう…
最悪、作戦は失敗に終るやもしれない。
(いやいや、何を弱気になってる。兄ちゃんの為、僕の為にもやると決めたじゃないか)
己の弱気をかき消すように、大声で威嚇しながら思いっきり扉を開いた。
「どこだサンタ! 出てこい!」
廊下には声変わりをしていない子供の声が響き渡ると同時に、リビング側から物がぶつかる様な音、玄関側からはおびただしい量の鈴が鳴く音が聞こえた。
鈴の音、まさしくサンタクロースの登場にふさわしい音色だ。
「そっちか!?」
僕が当てずっぽうで玄関側を振り向こうとしたその時、床を滑ってこちら側へと何かが流れてくる。
頭では罠と分かっていた。だが、正体不明の異物に対する恐怖のせいか、覚悟が足りないせいか、咄嗟にそれを目で追ってしまった。
ずかずかと廊下を傷つけながら滑り続け、僕の目の前に流れてきたそれはカーネル・サンダース人形だった。
「…は?」
瞬間、僕の思考と動きが止まった。
意味が分からない。なんで今、こんな捕まるかも知れないと言う場面でカーネル・サンダース人形を持ち出した。そして何故それをこちらへ飛ばした。
…分からない。
(って、そうじゃないぞ! サンタは――いないか…あぁもう! してやられた!)
玄関の扉は開いたまま、外の冷気を迎え入れる。僕は頭だけを勢いよく上に向かせ、拳を握りしめることしかできなかった。
「ちくしょう、兄ちゃん…ごめん」
◇
玄関から飛び出し、ソリへと飛び乗ると、驚いたトナカイが今までにないスピードで上空に逃げた。
「はぁ、あぁ、あぶねぇー! バレるかと思ったぁ〜…」
「戻るのも怖いけど、プレゼント無しってのはなぁ…。」
それに、この地区の子供は
でも、一回サンタだと思われた以上、次見つかれば100%正体がバレる。
「…はぁ、作戦を立てよう」
◇
「…今年はプレゼントなし、か。はは、悪い子だったもんな。」
辺りの静けさが僕の負の感情を増幅させる。
力を入れる気力もなかったが、なんとか玄関を閉め、部屋に帰り、布団の中へと逃げ込み咽び泣いた。おんおんと泣く僕を布団は暖かく包んでくれる。涙や鼻水やらで布団は湿って息がしづらい、心が重い。
サンタクロースはもう来ない。
そう思うと「失敗したんだ。」と実感する。考えれば考えるほど余計に息が乱れ、声と涙が溢れてきて止まらない。
声に混じって、高く通った音が鳴る。
鈴の音だ。
なぜ鳴ったのか、なぜ鳴らしたのか、訳が分からないが、これだけは分かる。
もう一度来たのだ。
サンタは僕にチャンスをくれたのだ。
涙を拭け、息を整えろ!
泣き疲れて寝ていなくて良かった、きっとこれがラストチャンス。
今度こそ成功させる…!
◇
―12月25日21時30分―
互いが互いの存在に気づき、作戦を立てた
見知った土地と即席の罠、現状はイーブン。
残りは両者の作戦次第だ。
21時30分、ここからが本戦の始まりである
(兄ちゃんの為にも…)
(
(絶対にサンタクロースを捕まえる!)
(絶対に正体をバレる訳にはいかない!)
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