おそろいのスカートで、俺は彼女と散歩する
佐藤宇佳子
第1話 彼女のスカート
さあちゃんの入れてくれたミルクティーをすすりながら、窓から向かいの公園を見ていた。見事に黄変したイチョウ並木の周りで、まばゆい午後の日差しがきらきらと舞い躍っている。磨き上げられた水色の空に、ひっかき傷のような飛行機雲がにじんでいく。
「あーくん、お待たせー」
そう言いながら部屋に戻ってきたさあちゃんは真ん丸の白い顔を少しだけ上気させ、そばかすの浮いた頬にいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
差し出しされたものを俺はまじまじと見る。赤とベージュのタータンのスカート。ずっしりとした布地は冬物かな。
「いいスカートやな」
「うん、どうぞ」
「どうぞ? 履くん? 俺が?」
「あれ? 履いてみてえっち言いよったやん?」
一か月ほどまえ、大学の友達と三人で生まれて初めて海外を訪れた。スコットランドだ。
エジンバラで地元のパブに入った。高さのある重たげなドアを引き開けると、その先に広がる天井も、巨人の家のように高くてうす暗かった。店内は大いに混雑していたが、うなるようなざわめきにどこか厳粛なものを感じた。紅茶色の照明に照らし出されたテーブルの足元や調度品のものかげには秘密めかした闇がたっぷりと広がり、その中から妖精や魔物がそっと顔をのぞかせている。そうだ、ここはおとぎ話の国なのだ。いやおうなしに旅情が掻き立てられた。
店の奥の席に座り、とろりとした泡で覆われたスタウトの口当たりを楽しんでいると、レスラーのようなおっちゃんたちが入って来るのが目の端に映った。彼らのポロシャツの下に見えたチェック柄。一瞬、チェックのパンツかと思ったが、それはタータンのキルトだった。
スコットランドの民族衣装、キルト。でも見た目はスカートだ。朱色にモスグリーンのタータンのスカートを履いた三人のマッチョ。うちひとりは、ちょっと腹が出ている。
スカートは、いいんだ。問題は、その下なんだ。どれ、と目を下げた俺は、思わずうなった。膝丈のスカートの下には、濃いモスグリーンのハイソックス。そうか、これなら、脛毛が濃くったって美しく着こなせる。むしろ、がっしりした男の脚のほうがタータンに映えるかも。いいなあ、これ。
グラスを置き、もう一度目を向けたとき、ひんやりした何かが、もぞもぞと体の奥でうごめくのを感じた。胃の中を魚が泳いでいる感じ。つん、とつつかれ、思わずビールのグラスに手を伸ばすと、拳が俺の肘を小突いた。
「ちょ、あつと、あれ、見てみ」と佐竹。
「あのカッコでふつうにパブに来るんじゃの」と我妻。
「きれいやな」と俺。
「え?」
佐竹と我妻がそろって俺を見た。ごくごくごくと音を立ててビールを飲んでから、口を開く。
「あんねえ粋に着こなせるんやったら、ありかなっち思うわ」
「う、まあ、民族衣装やしな。ありっちゃ、ありやろ」
「袴とか浴衣だって、似たようなもんか」
そのとき、こぼれ落ちそうなおっぱいにピンクのTシャツをぴっちり貼り付けた黒髪ショートのお姉さんが入ってきた。真ん丸な膨らみが、ふるん、と揺れると、瞬時に男のスカート話は俺たちの頭から消え去った。でも、彼らの颯爽とした出で立ちは俺の心に深く刻み込まれた。
先週の飲み会に遅れてやって来たさあちゃんの緑のタータンスカートがそれをよみがえらせた。ほろ酔い加減だった俺は、タータンっていいよなあとか、さあちゃんロングも似合うやんとか、スカートに関してあれこれ絡んだのだった。
「あのとき履いちょったのより、もう少し短けえのが履きたいっち言いよったやん? これ、どげ?」
俺はスカートを受け取り、彼女に促されるまま、立ってウエストを自分の腰に当ててみる。
「ほら、ほら、まずは履いてごらん」
なぜだかとても楽し気なさあちゃんに脱衣場へと追いやられ、俺はズボンを脱いだ。スカートを手に取る。後ろにあるホックを外してチャックを下ろし、ウエストに上から両足を差し込み、スカートのウエストを腰までするりと上げる。チャックを閉め、ホックをかける。
「さあちゃん、着てみたで」
リビングに入ると、さあちゃんが俺をまじまじと見つめて、濃いめの眉をきゅっと寄せた。ん? 口がとんがり、納得できんと言わんばかりの表情になってる。
「すごい、履けちょるやん」
「え、どげんこと?」
「そのスカート、中学生の頃にきつくなって履かれんようになったやつやったねえ」
ありゃ、そうだったのか。俺にはこのウエストはむしろ緩めだ。そこは触れないことにしよう。
「さあちゃん、物持ちいいなあ。丈なんやけど、もうちょっと短くしたら、変かな?」
「じゃあ、試しにウエストをさ、くるくるっち巻き上げてみ」
言われたとおりにウエストをくるくる巻き、膝くらいの長さにしてみた。さあちゃんが細い姿見を持ってきてくれた。映してみる。
「あ、いいかも。この、膝ぎりぎりの長さが好きなんやけど、似合う? みっともなくねえ?」
「もうっ、あーくん、足の形もきれいやけん、にくったらしいくらい、似合うちょる」
さあちゃんはちょっと膨れていたけれど、すぐにくすくすと笑いだした。
「お揃いで、ミニスカートとか履いたら、楽しいかもな」
「ミニスカートって、どんくらいの?」
「太ももの真ん中くらい」
「えー、それって、動くたびにトランクスが見えらん? それこそ、みっともねえやろ」
「んー、じゃあ、パンツも違うのにする? ボクサー? ブリーフ? あ、それか、タイツ履いたらいいやん! あ、そうや、もうすぐあーくん誕生日やん? それ、誕生日プレゼントにしよう!」
さあちゃんはのりのりになってしまった。「いつ買いに行く?」と言いながら、いそいそとスマホのカレンダーを開いている。
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