第4話 こうして俺はアカデミアを追放された 後編
次の日、今度こそ論文の感想を貰えるかなと同じ時間に研究室のドアを開けると、そこには山崎教授の他に、知らない教授も座っていた。
「こんにちは!あれ?」
「君がこの論文を書いた松尾という生徒かね?」
「え?あ、はいそうですが。どなたですか?」
「帝国大学名誉教授の多田野だ。おい、私のこともしらんのか」
「はあ、すいません、で僕の論文がなにか?」
「君はまさかこの論文を発表しようなどと思っているわけじゃないだろうね?弊学の名前を使って」
「は?いえ、あの、僕はここの院生ですし当然そうなるんじゃないんですか?あ、あなたも読んでくれたんですか?どうでした?僕の論文」
「なんだねこれは?書き手の頭の悪さがよく分かるとしか言いようがない論文だ!主張が不明瞭どころか、途中で頻繁に入れ替わっている。また、1つの文章が長くて一回で文意を捉えにくい。全体として論理構成も雑。事実誤認も繰り返され、日本史への知識も根本的に欠落している。これで論文だと?なにかのギャグかね?」
さすがにここまで言われると、何やら偉い先生だといってもムッとした。
「へえ、そんなに酷かったですか?僕の論文」
「ああ!当たり前だ!こんなものが論文?こんなものを書く生徒が弊学の生徒とは信じがたい!」
「じゃあどこが論理的におかしいか具体的に説明してくださいよ。ちゃんと史料も引いてますし、頑張って書いたんですから」
「ふざけるな!そんな時間はない!このあと学内会議だ!いいからこの論文は絶対にテーマを変えて書き直すように!君が面倒を見ないからこうなったんだ!いいな!」
「待ってください、いつなら予定空いてますか?この論文のおかしいところを教えて下さいよ」
「私の予定は二週間先までいっぱいだ!!失礼する!!」
バタン!とドアを鳴らしてでていった。なんだったんだろうあの人は?見送ったあと、視線を山崎教授に戻すと、山崎教授はなんともすまなそうな顔で俺の方を見ていた。
「その、読ませてもらったけどね、この論文」
「どうでした?面白かったですか!?」
「その、面白いとは思うんだけどね、多田野名誉教授もああ言っていることだし、書き直したほうがいいんじゃあないかな。悪いようにはしないからさ、この論文は没にして、もう一回別のテーマで考えてみようよ」
「ええっ?」
「大学ではさ、上の方に逆らっても良いことなんてなにもないんだよ、君にこういうこと言うのも申し訳ないんだけどさ。これは没にしようよ」
「なんでですか?どこか間違ってました?」
「いやあ、間違いとかじゃなくてさ、やっぱ、正親町天皇が主犯っていう新説はあんまりよくないと思うんだよね」
「待ってくださいよ、皇族であっても、謀略や暗殺があったのは史実じゃないですか。本能寺の変の黒幕が当時の正親町天皇だったとしても、それは当時はそういう時代だったというわけで」
「言いたいことはわかるけどね、まあはっきりいうと学会ではこういうのはタブー視されるんだよ。だから発表しても良い評価は絶対得られないと思うよ。だからさ、没にしようよ」
「……少し考えさせてください」
「書き直すなら全面的に手伝ってあげるからさ、ね。君のためを思って言ってるんだからさ」
この時、山崎教授の指示に従って没にして書き直していれば、俺は今も研究室にいたのだろうか。わからない。結果として、そうはならなかった。
反発した俺はこっそり無断で学会に論文を、読み直して校正するとともに参考文献や史料も添えて完成させ、幾つかの学術雑誌に、査読をお願いしますとレターパックで送りつけた。こき下ろされるくらいなら構わないと思った。とにかく、会心の手応えのあった論文をきちんと発表してやりたかった。一ヶ月、寝食を忘れて真剣に打ち込んだそれは、それまで先輩や教授の手伝いをした経験もあって、今までで一番の、愛しい我が子のような論文だったから。
3日後には大問題になった。俺は何度も山崎教授とともに学内会議に呼び出され、頭を下げさせられた。山崎教授からは裏切り者を見るかのような目で見られるようになり、なんでこんな事をしたと何度も罵られた。大学からは訓告処分を食らった。研究室に俺の居場所はなくなっていたので、自主退学した。
そうなってから改めて調べてみると、本当に天皇に関しての陰謀論はタブー中のタブーであることがわかった。たとえば孝明天皇の暗殺説であるとか、足利義満が毒殺されたといった論だ。
たとえば足利義満は、子の義嗣を後小松天皇の皇太子格式で元服させ、あとは後小松天皇が譲位か崩御すれば義嗣が天皇になって義満は上皇となっていた。そんな元服式の3日後に、突然足利義満は病に倒れ、遺言すらろくに残せないままに死亡した。こんなのは、状況証拠からいって何者かに毒を盛られ暗殺されたとしか思えない。毒殺されたという仮説を立てて論を立てていくべきだろう。
しかし、日本のアカデミアにおける論は次のようになる
『しかし、当時の公家の日記などには義満の行為が皇位簒奪計画の一環であるとした記録はなく、直接の証拠はない。また、皇位簒奪計画の最大の障害になる筈である儲君躬仁親王が何らかの圧迫を受けていたとする記録も無い』
義満が皇位簒奪を企てた証拠はない!毒殺については論じることすら許されず、不自然すぎる天皇や朝廷にとって九死に一生を得たともいえる義満死亡のタイミングには偶然だねという論しか許されない。
『天皇に関して陰謀などは存在してはならない』、そんな説を論じたものは、まるで祟りにあうとでも言うかのように、この大前提を必死に守っているようにしか見えない。
若気の至りでそのタブーを思いっきり踏み抜いた、いや、前人未到のタブーの上でタップダンスを踊った俺は、アカデミアから永久に追放されることになったというわけだ。
……なんでこんなことを思い出したんだっけ?
ああ、さっき認知プロファイリングしたターゲットの好きな劇場版リメイクのアニメ。あれを見たのが、ちょうどこの頃だったな。それで思い返されたのか。
合点がいったところで、趣味でやっている歴史解説チャンネル「凍道チャンネル」の今日の題材に、これまで避けていた、本能寺の変の黒幕天皇説を論じてみようと思った。
まさかそれが、最終的にあんな推理と、大規模な事件に発展するとは。
次回予告
『本能寺の変黒幕天皇論』
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