第9話 危機
近付く金属音が私にまで聞こえるほどに近付いていた。おそらく、兵士は二人。ファリアのお陰で炭焼き小屋を見付けられる前に歩き出したものの、枝を踏んで気付かれないよう慎重に歩いていたこともあり、それは遅々とした足取りであった。
たいまつの明りがこちらにまで見えている。兵士たちは臆すること無く歩き続け、こちらとの距離を縮めている。
「なぁディン。いっそ火を放っちまった方が手っ取り早いんじゃないか? どうせ炭にするために切る木ばっかりだろうに」
「いくらなんでもそれはダメだ。……フリッツ、俺はただ真実が知りたいんだ。聖女はなぜ王都を去った? なぜ、ゼゼールを殺してまで森へ逃げた? どうして姿を現して無実を証明しようとしない?」
二人の兵士の話し声が聞こえる。たいまつを持っているのがフリッツ、既に抜剣して周囲を見渡しているのがディンというらしい。そしてここへ逃げ込む前にファリアが殺した兵士が、ゼゼールというらしい。聖女として、いや……ただ一人の人間として弔いの祈りを捧げる。
「聖女がいなくなって亡者が現われるようになったなら、やはり聖女の祈りには意味があるんじゃ無いか?」
「それは俺たちが考えることじゃないだろう? それにディン、聖女が亡者を封じたのなんて何百年も前の話だぜ? 今更、祈りが途絶えたからって動けるのかよ? おら、探して首を持ち帰って俺らは昇進するんだ。金持ちになればこの森みたいに暗い人生とはおさらば」
フリッツと呼ばれていた男が急に言葉を切り、たいまつを掲げる。もしかして気付かれた……?
「おい、フリッツ。どうした?」
「静かにしろディン。ちょいと声がでかくなっちまったみたいだ」
木々の葉をざわつかせる音に紛れて獣の足音が聞こえる。その重い足音の主は……。
「熊か! ちっきしょう!!」
剣が鞘走る音が聞こえた。フリッツが抜剣したのだろう。たいまつの明りに照らされる熊は影からして大型。以前ブランクに聞いたが、この森に棲む熊はレジエール湖に続く川のおかげで食うに困っていないから凶暴性はそこまでないと言ってはいたが……。
「どういうことだ? 熊が見ているのは俺たちじゃないぞ」
ディンの声だ。兵士二人の話し声に警戒して熊は姿を現したようだが、その鋭敏な鼻はファリアがかすかに流した血の匂いを嗅ぎ取ってしまっているようだ。
「セレーナ様、お逃げください……。ここは私が」
私の返事も待たず、ファリアが熊そして兵士らの前に姿を現す。
「聖女のメイドか、やるぞディン!」
「……熊の撃退を優先だ!!」
たいまつしか光源がない中、ディンと呼ばれるその兵士は熊の顔面を正確に斬りつける。目元を負傷したであろう熊は、むやみやたらに一頻り暴れた後、森の奥へと帰って行った。そして……。
「我々はエフェタリア王国騎士団南部連隊所属の者である。聖女セレーナ・センティエラに違いないな?」
「……もう、聖女じゃないわ」
いきなり斬られるかとも思ったが、ディンは剣を収めた。どういうつもりなのか訝しんでいると、それはフリッツも同様らしい。
「おい、いいから連れて帰ろうぜ? 生死は問わないはずだぜ?」
「言っただろ? 俺は真実が知りたい。俺の母親が先代の聖女に助けられた。聖女がいなきゃ俺は生まれてもいないんだ。その恩人に剣を向けられない」
「……私は出来損ないです。治癒魔法すら満足に行使できず、身体強化が精一杯。容姿だって歴代の聖女に比べれば凡庸です。祈りが……無駄だと思われても致し方ないのです」
王子からの寵愛を得られなかった。聖女追放の最大の原因はそれだろう。私の力と器量が足りなかったせいで、自らの立場を失った。
「ですが、実際に亡者が復活した今……聖女の力が必要なのです」
「民衆がそう思っていても、国は違うのです。陛下はもう、聖女不要論を撤回できないですから」
聖女として政治というものを嫌と言うほど見せつけられてきた。一度下した判断を撤回し変更することは、意志の固いエフェタリア王家の人間にはほぼほぼ不可能だろう。
「フリッツ、やはり間違っているのは国なんだ。聖女を保護し、真実を――」
ディンのその言葉は最後まで紡がれなかった。
「なあディン。俺はお前をダチだと思ってはいたが……うぜぇわ。この手柄、独り占めさせてもらうぜ」
フリッツの剣がディンの喉元を裂いた。そしてたいまつを無造作に投げ捨てると、両手で剣を構え直す。
「せい!!」
刹那、ファリアが飛びかかる。
「逃げて!!」
悲鳴に似たその嘆願に、私はがむしゃらに駆けだした。
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