第2話 旅支度
エフェタリア王国、王都エフェドニアの東端に聖女たるセンティエラ家の屋敷がある。送迎する馬車の御者も、屋敷のメイドたちも何も言わない。だとしたら、聖女追放はまだ公にはされていないことなのだろう。そう判断して私室に入ると、若きメイド長ファリアが大慌てで駆け寄ってきた。
「あ、あの! 強面の騎士さまがやってきて、責任者に話があるって言うから聞けば聖女様、国を……出て、いかれるのですか!?」
憔悴しきった顔のファリアに、私はそうだと頷いた。
「どどどどどうされるおつもりで!?」
「落ち着け。伝令の騎士はいつまでに出て行くよう言ってらしたの?」
「……明朝までに、と。この屋敷はジゼル伯爵家の別宅になるとのことです」
「ふぅむ。ならこの屋敷で働いている者たちの雇用は守られるのね。それは少し安心したわ」
……聖女に多額の税金が使われているのは事実だ。広い屋敷の整備や、働いている者への給金。食事にも気を使って貰ってきた。チーフコックの食事が今夜で食べ納めと思うと少し切ない。
「夜の闇に紛れてエフェドニアを脱出するわ。明朝までに出て行けと言うのだから、門番たちにも何らかの伝達がされているでしょう」
……王都を出るのはいいとして、エフェタリアの貨幣を持っている以上は、国内で旅支度をしたい。行くあてなどないけれど……。
「他のメイドたちはそれでいいと思います。しかしですね、メイド長でありセレーナ様の愛玩奴隷たるこのファリアはですね、何があってもセレーナ様のお側に!」
「……貴女を愛玩奴隷として使った記憶は全くないのだけれどね」
昔から、思い込みの強い少女だと思っていたけれど……。
「その……セレーナ様、私の田舎へ来ませんか? きっと、質素な服と麦わら帽子姿のセレーナ様も素敵なはずです」
ファリアの実家はエフェタリア南部の穀倉地帯、バクルムス地方の村だったはず。確かにのどかだし、田舎ゆえに聖女の顔を知る者はそう多くはないだろう。全くいないとは思えないが。しかし、一つだけ気がかりな点がある。
「しかし南の小国が帝国に併合された今、バクルムスは川一つ挟んで帝国と対峙する対帝国の最前線なのではないかしら?」
「いや、まぁ……それはそうなんですけど。でも紛争とかないです……よ? ちゃんと毎年帰省しておりますけど、互いに穀倉地帯なので畑を潰して基地とか砦を作るなんてなったら、農民が大反発するでしょうから」
……ファリアの言葉にも一理ある。とはいえ、乗合馬車に乗るのも難しいであろう私が、どうやってバクルムスまで行くか、という問題があるな。
「ゆっくり歩いてでも逃げましょう。私がお供します。このままでは……セレーナ様の身が危険です」
「分かった。これからのことは必要になったら考えよう。少し地味な服と多少の金銭はこちらで見繕うから、保存の利く食糧と水の手配を頼めるかしら?」
「承知しました。……追放なんてあんまりですが、なんだかセレーナ様と駆け落ちするみたいで……お恥ずかしながら、胸が高鳴っております」
「そうか。……まあファリアがいれば退屈はしなさそうだ」
その明るい笑顔は、言葉にはしないが確かに暗い気持ちを晴らしてくれる。聖女より、よっぽど光を放っているじゃないか。柄にも無く、そんなことを思ってしまった。
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