伝統行事!節分!!

柊木七星

伝統行事!節分!!

 「鬼は外、福は内」の掛け声でおなじみの節分行事である豆撒きは、古くから厄除け無病を願う人々により脈々と受け継がれ現代に至る。

 21世紀になり元号が変り、医療技術が進み様々な現象を科学がつまびらかにする時代になっても、安寧を求める心は如何許りも変わらず、全国各地で厄除け本来の形を踏襲しつつイベントと化した豆撒きが数多の寺社仏閣が行われている。


 今年も寒風が吹き抜ける節目の季節がやってきた。

近所の神社の節分行事は結構盛大な規模で開催され、豆撒きはもとよりサイドイベントの近隣商店街の提供品による福引が執り行われる。

 酒やら菓子やら家電やら味噌醤油砂糖などが当たるので、近所の奥様方はこの日になるとこぞって神社に詣で福引券を買っていく。

いつもは静かな神社も今日ばかりは大変な賑わいであった。


 俺26歳、は、親の厳命で福引券の購入と福豆拾い、ついでと及んで姉の厄介払い。。。いや、良縁をお願いするためにノコノコと神社へやってきている。

 両親は気を揉んでいるようだが、姉はいたって普通の女性で性格に難があるわけでもなく、世間全般から見ても婚期を逃して手の施しようがないわけではなかった。

が、まぁ、親心と家庭内ヒエラルキーの最下層脱出を願う俺の気持ちが合致しているので、姉の厄介、いやいや、幸せを願うのはやぶさかではない。

 それに就職をしたのに、いつまでも家にいる厄介者という点については俺も同様である。さらに家事全般の手間から考えれば、俺の方が確実に厄介者だ。

 もしも、なんらかの事情で成人した子供を家から放逐しなければならなくなった場合、まず、間違いなく迷わず即刻叩き出されるのは俺だろう。

ジェンダー云々ではなく、俺はパシリ以外に家事に貢献した事がないからだ。

 そうなると、ぼちぼち姉には結婚という人生の栄転で、実家を出て行ってもらわなければ俺の身の上が危ない。

 自分の身の安全を守るためにも、普段からフットワークや尻は軽くしている。

だが、しかし!さらなる保身の為には姉の良縁が不可欠。

 もちろん保身ばかりでなく、神仏に祈願するほどの良縁を願うのは、家族として敬愛からに他ならない。加えて、良縁でなければ、行ったはいいがちょっとやそっとで戻ってこられたら、さらに倍で己が身を危険に晒す事になる!

故に!俺の保身!

いや、親の言いつけを守る孝行息子として!

姉を敬愛する弟として!

渾身の祈りを捧げよう!!


どうか!今年の内に姉が良縁に恵まれますように!

もし!願い叶わぬ場合は本殿に火をかける所存にてございます!!

と、両親が申しておりました。と、本殿で手を合わせた。

もちろん、自分の立場は伝書鳩なのでバチは両親へくれてやってください。と、申し添えておくことも忘れない。これで諸事万端。。。。。


 我が身可愛さに渾身の力を込めてお参りを済ませ、家族の頭数だけ福引券を購入し豆撒きに参加する。参加といっても本殿から撒かれた小袋入りの豆やら菓子を拾うだけだ。おかんに厳命されているので、できるパシリと認識してもらうためには、一袋だけでも拾わねば家に帰れない。


 本殿にお参りして、しばらくすると豆撒きが始まる時刻になった。

境内に、近所にこんなに人が住んでいたのかと思いたくなるほど人が集まる。

 眺める限りでは、皆さん豆の一袋に困るほどの生活なさっている様子ではないのに豆をゲットする気満々だ。世間の皆様の鼻息が荒い。

 この時点で親から厳命をされている俺と、自らの意思で前のめりな方々ではヤル気が違うようだ。なんとなく負け戦の匂いを感じても、行かねばならない戦場が着々と用意されていた。


 フクワーウチー!オニワーソトー!の高らかな掛け声、人々のざわめきや歓声とともに豆撒きは賑やかに盛大に始まる。

 どこぞの池の鯉よろしく、豆の撒かれた方向に人々の熱気が群がってゆく。

意を決して、自らの保身のため熱気で蒸れかえる黒山の中心へと突入する。

が、運動神経が悪いわけではないのに、どうしても勢いに負けおばちゃんに弾かれ小学生に退けられおっさんに体当たりを食らう。

 声にならない悲鳴をあげながら、突入時にヤル気を出せなかったことを今更ながら反省する。しかしながら、多くの反省は賢者によって後々反映されるものなので、今の俺はあちこち飛ばされるしか処しようがなかった。

 そうこうして弾かれる内、偶然コートのフードに豆が入っているのに気がついた。

よかった、これで家に帰れる。たった一袋の豆で得られる安堵感。俺の小物さ加減がとても侘しい。。。。

 一袋の豆といえど、これでパシリの面目は果たしたので這々の体で人混みから抜け出して、メインイベント(?)である福引きの当選を、イカ焼きとビールとともに待つことにした。


 ここの神社の福引は、豆撒きの後に巫女さんがくじを引く、明朗な当日抽選当日発表である。

 めんどくさくなくて地方っぽくていいなぁ。などと思っていると、巫女さんがくじを引き始めた。

 特等、1等、2等、3等、おまけなど当たりはそこそこ数が多い。商店街から持ち込まれた景品は、たとえ、55インチモニターHDR対応&リモコン(電池付き)が当たっても自力で担いで持ち帰らねばならなかった。

 味噌や油の一斗缶などもあり、基礎体力がなければ福引にもあずかれない仕様になっている。地元商店街が提供する景品なので、品目は多岐にわたりバラエティーに富んでいた。

 何年か前にペットショップが売れ残りのセントバーナードを出していた。当選辞退もできたが、辞退すればセントバーナードは保健所行きが決定されていて、なぜか事情が事前に近隣に知れ渡っていた。

 福引プレゼンターの巫女さんがにこやかに辞退できますよ!と言っていたが、当時の当選者は大変複雑な顔をしていたのを覚えている。

 ちなみに、そのセントバーナードは福助と名付けられ隣町の一軒家の玄関先で昼寝を日課として過ごしている。当時の年寄りどもは神社のご神威を情け深いと褒めたたたえていた。本当に情け深いのは、福引なだけに押し戻さず福助を持ち帰った当選者ではないかと思うのだが、まぁ、諸事全般丸く収められるのも神の御業のなすところなのであろう。


 ふんふんとひとりごちていると周囲がざわつき、小さな歓声が聞こえてくる。

おまけや3等がちまちまと当たっているらしい。

「今年は何か当たるかなぁ」

トランプのように福引券を広げて当選番号が発表されるのを待つ。おまけや3等くらいしか当たったことがないから、当たってもそれくらいかな。

 今年のおまけはなんだったけ?先に景品の陳列棚を見ておけば良かったと、考えていると小さな歓声は少しずつ多くなっていた。

 現生利益がだんだんと盛り上がってきているようだ。

皆が本殿に熱視線を送る中、俺の持っている福引券に印刷されてある番号が声高に叫ばれた。

「やった!」

俺は当たり番号の福引券をふりかざしながら、福引プレゼンターの元へ走り込んだ。福引プレゼンターは、人混みの中を嬉しそうに近寄る俺を見つけると、にこやかに当選を告げた。

「おめでとうございます!商店街感謝感激御礼特別大賞です!」


。。。それ。。何年か前に福助が冠していたやつじゃないか?。。。。。


「男だな」

「男だね」

「どー見ても、にーちゃんだな」

俺は生まれてこの方、性別で困ったことはない。

差別にあったこともない。

別性であれば良かったと考えたことすらない。

だが、背後から聞こえる商店街のジジィどもの声は、明らかに「俺」が期待外れであるということを物語っている。しかも、人格とか性格とかひととなりでなく男であることがいけないらしい。

「あ、ごめんねー。きみがどうこうじゃないんだよー」

ほんのりと照れ笑いを浮かべている目の前の「商店街感謝感激御礼特別大賞:若旦那」は、フォローにもならない言葉を発していた。

「俺、今ならジェンダーとか性のマイノリティーとか訴えてる人の気持ちが理解できそうな気がします」

俺が当てた福引、商店街感謝感激御礼特別大賞は正真正銘の「若旦那」だった。最初は、希望的観測を持って酒か菓子の名称だと思おうとした。しかし、ここの商店街は福助の実績を持っている。まったくもって油断がならない。

 案の定、福引きプレゼンターが、にこやかに指し示す先にこの男…本物の若旦那が座っていた。なぜか今回は、辞退できますよ。と、プレゼンターは言わなかった。


 「若旦那って言っても、古いだけの小さな豆屋でー、僕もトウが立っちゃっててー三十路なんだよー」

ヒョロリとした風貌の商店街感謝感激御礼特別大賞である若旦那は、景品陳列棚に敷かれたおざぶにちょこんと正座していた。

「ゴメンねー。こんな格好でー。さっきまで明日納品の五色豆作ってたんだー」

 確かに、景品としてプレゼントされるには不釣り合いの白い作業着姿に屋号の入った法被を着ている。多分、棚の前に揃えられている白いゴム長は若旦那のものだろう。すぐ傍に軽く畳んである衛生帽子が若旦那の性格を表しているようだった。

「念のために確認ですが。もしかして、もしかしますが。。。失礼かもしれませんが、まさかと思いますが、女の人?」

「んー。ますます、ごめんよー。僕、男で<ピーッ!>もついてるよー」

「デスヨネー。立ったら俺より背が高そうだし。。。」

俺と若旦那がお互いに薄ら笑いを浮かべながら性別の確認をしていると、ジジィ共が眉間にしわを寄せながら近寄ってきた。なんで、お前らが眉間にしわ寄せてんだ。

「にーちゃん!まさかと思うが、スポーツやってる少々体格のいいねーちゃんってことないかな?」

「<ピーッ!>ついてるよ!あんた、今開口一番にーちゃんって性別特定してたろ!」

「だよなー」

ジジィ共がそういいながら顔を軽く振るのが腹がたつ。

「すまないねー。どうせなら僕がお嬢さんの方が君も良かったよねー」

「そりゃそれでややこしそうですが、景品法とか大丈夫なんですか?」

「かっこ悪いけどバッチリさー。老舗なだけの家族経営零細企業だから僕の身入りなんかしれてるよー。1等のスチームオーブンレンジの方が高いくらいだよ」

だから、嫁さんが来ないんだー。と若旦那は恥ずかしそうにぼそりと呟いた。

そっちじゃねーよ…

俺が心配しているのは景品法じゃなく、人身売買とかの方なんだけど。。。

「そいつは朝から晩まで真面目に豆煎ってるから、女の子と知り合う機会がないんだよ」

いつのまにか俺のすぐそばに商店街のジジィ共がよってきていた。

「いや~。貧乏暇なしってホントですねー」

照れ臭そうに頭をかいている若旦那は人が良さそうだった。真面目な働き者で老舗の若旦那なら嫁の一人や二人来そうなものなのに。

「いや、だからって福引に出さなくても。。。」

「わしらの計画では、気立てのいい働き者の娘がくじを当てる予定だったんだがなぁ」

「あてでもあって、その人の買うはずだったくじを俺が手違いで買っちゃったんですか?」

福引券を買った時のことを思い出すが、ちゃんと並んで割り込みもしてないし係のおっちゃんが手渡してくれたのを受け取っただけだ。間違いを起こす要素がない。

「あてがあるなら見合いさしてるよ。あてがないからご神威に身を委ねたんじゃないか!」

「あんたら厄介払いとご神威とごっちゃにしてないか?」

高校生が中間テストで転がす鉛筆かよ!

このジジィどもなんでバチ当たんないんだ!

大丈夫かこの氏子ども、ちゃんと神様にお仕えしてんだろうな。

 自分自身が、ついさっき本殿で願った内容は棚に上げ、こんな氏子にお仕えされてしまった神様をお気の毒に思った。

「いろいろ知り合いにあたってみたんだが、見合いや紹介の相手が見つからんかった。わしの孫にも声かけたが、豆屋は知り合い過ぎて嫌だっつってダメだった」

「商店主会議でな、手を尽くしてダメな時こそ、ご神威におすがりするべきだろうってことになってな」

商店主会議って居酒屋で行われる飲み会のことか?

ノンベェどもの思いつきで、福助同様若旦那を商店街感謝感激御礼特別大賞に提供したってわけか…

ほんとに21世紀で、ノストラダムスも世紀末もジェッターマルスも乗り越えた現代社会なんだよな。ここ…

「俺が当てっちゃったと…」

「困るよー」

「俺にも選ぶ権利をくれ!」

「。。。だよなー」

「にいちゃん、いくつ?」

「歳ですか?」

「今時ゴルフのスコアを聞く奴がいるのかい?」

「26です」

俺が年齢を言うとジジィ共は、はたと手を打った。

「にーちゃん!あんた!妹かねーさんはいないか!?」

「俺の福引じゃないのかよ!せめて、チョコバットの1本でもくれてから言えよ!」

なぜかもみ合ってる俺とジジィ共を、マァマァと若旦那とまだ冷静っぽく見えるジジィがなだめに入る。

「まぁまぁ、でも、にいちゃん、これもご縁だから妹さんかお姉さんいたら紹介してあげてくれないか?老舗の零細って言っても、ここら辺じゃ信用のあるお店だし納入先も堅いとこばっかだ食いっぱぐれはないよ。若旦那は見ての通りヒョロッとしてるが滅多に風邪もひかないほど健康だ。悪い話じゃない」

たしかに、ヒョロッとしてヘラヘラしている印象はある。しかし、陳列寸前まで仕事をしていて、この季節の吹きっさらしの陳列棚にチョコンと座り続けてにこやかにしている。

白のゴム長も作業着も使い込まれているが不潔には見えない。

なにより、こんなアホなジジィどもの顔を立てて話に乗ってやってる自体、悪い奴には思えない…

俺はついマジマジと若旦那を見つめた。若旦那は何を思ったのかニッコリと笑う。

「できればお姉さん紹介して欲しいです」

「あんたぁ!この事態で選り好みできると思ってんのか!」

「なんだ、あねさん好みかい?」

俺とジジィ共は絡まりながら意外な言葉を聞いていた。

若旦那は自分の言った言葉に妙に照れ入りながらモジモジしてる。

「いや、そういうんじゃなくて…その、うちは家族経営の零細だから、奥さんになる人はいろんなことしてもらわないといけないことになると思うんだ」

 もじった若旦那が言うには、家業に一丸となって立ち向かわなければ家族経営の零細老舗に明日は来ない。

 嫁となった人にも、店番から配達、製造補助、掃除、経理に税務、各種お付き合いなど覚えっていってもらわないといけない。

「まだ、うちの両親は元気だから最初の内は店番と掃除からで大丈夫なんだけど…問題はうちの商売道具で…」


 若旦那の家は代々豆屋を営んでおり、炒り豆、五色豆など各種豆菓子を製造している。

 その製造には鉄製の大釜を使用している。何代か前の店主が大枚叩いて作ってもらった大変大変重くて分厚い鉄釜だ。その釜を使い日々鍛錬することによって老舗の味が守られているという。

 大事な商売道具なので、普段は自分か父親が掃除をして手入れをしている。でも、いろいろな都合で大釜の手入れを母親がしている時がある。嫁になった人もやらねばなならない時が必ずあるだろう。

「すっごく重いからねー。あまり若い子だと嫌がっちゃうんじゃないかなぁって思ってねー。それが原因で、結婚してすぐに逃げられたら、嫁のキテがない独身男よりも世間の評判が悪くなるし…僕も立ち直れないよー…」

若旦那は目を伏せながら、だからできれば僕と同じように後に引けないくらいの年の方がいいー。とボソリと呟いた。

「。。気ぃつかってんのかずうずうしいのか…」

男心とはとてもとても繊細だ。当たって砕けたら再生は不可能。気持ちはとてもよくわかる…

 若旦那は俯いたままモジモジとしながらボソリと呟く。

「でもねー。その釜のおかげで、僕んとこの豆は美味しいんだー。一度にたくさん作れないけど、煎り豆から挽いて作るきな粉は、この辺りで一番美味しいって信じてるよー」

すぐ売り切れるし。と妙な自信があるらしく若旦那は顔を上げてニコリと笑った。

キューン。。。。。。。。

なにやら、俺の胸のあたりから変な音がする。

エッ!俺、今、まさか!なんか、ときめいた?何ときめいてんだ俺!

イヤイヤ、ないわぁー!

いや、でも、これが仕事に打ち込んでいる漢の笑顔ってやつ?なんか撃ち抜かれるってこういう感じ?

 いやいや、落ち着け!俺!!俺も若旦那も<ピーッ!>ついてるから!

俺は赤面しながら、無意識のうちに姉を呼び出していた。


 「で、福引に当たって言うから寒い中来てみればなんの冗談?」

俺は今年最大のピンチに陥っている。

 やってきた姉に開口一番、ねーちゃん!若旦那当てたんだ!今年の内に嫁にいけるよ!と口に出してしまったのがいけなかったらしい。

 年が明け、1月が無事に終わって2月に入って早々の生命の危機だ。さっきから蝶形骨の辺りがミシミシと不穏な破壊の音を立てている。

 蝶形骨は頭蓋骨のとこめかみの間辺りにある骨なので、通常の状態では破壊への序曲は鳴らさない。この序曲の原因は姉にアイアンクローを喰らっているからだ。

「ほねいはま。。。あわいいほろうほがひんでひまいましゅ。。。。」

おねいさま。。。。かわいいおとうとがしんでしまいます。。。。。

 姉のアイアンクローから逃れるために口に出した言葉は逆効果だったらしく、序曲が交響曲をむかえそうになった。

 今、俺は姉にアイアンクローをかまされて天に届かんばかりに持ち上げられている。先ほど本殿に不承不承良縁を願ってやったのにひどい仕打ちである。バチが当たってるともいうが…

 俺と姉の身長差は約20cm、もちろん俺の方が背が高い。

姉は女性として平均的な体格で、筋骨隆々といった表現からは程遠い。多少気は強いが粗暴な性格というわけでもない。数値上の体力も腕力も握力も俺の方が姉よりも上回っている。

 本来なら持ち上げられるわけがない。それにもかかわらず、現状において姉は俺を片手で掴み上げ俺の蝶形骨は悲鳴を奏でている。

 人と対立し対峙してイニシアチブをとるには、実力もさる事ながらなによりも機微を掴み判断し決断し迷わぬことに勝機がある。姉は、今までの人生において嫌という程、俺にその事実を指し示してくれた。

 要は、口喧嘩から実力行使の喧嘩まで姉に一度も勝ったことがない。

体格に差が出てきてからもそれは揺るぐことがなく、対峙初期に集中させる気合の差で全ての勝負が決していた。俺は偶然でもなければ豆撒きの小袋に入った豆すら手に入れられない男なのだ。


 昔から姉は俺よりもはるかに漢らしかった。

それは、決断力や判断力に長け、行動に迷うことがなかったからだ。

 姉の漢としての評判は学生時代から周囲に高く評価され、社会人になって信用に変化することがあってもマイナスに働くことはほとんどなかった。

両親が気を揉んでいる結婚という事柄を除いて以外は……

 俺は姉を尊敬し敬愛している。

決して決して、行かず後家を厄介払いして家庭内での身の置き所を堅固なものしたい。などと願ったことなど微塵もない。はずだ…

 極たまに里帰り(予定)してくる姉や義兄に媚を売り、将来できるであろう甥や姪に年に一度お年玉を払う方が、家賃を払い自立するより安上がりなはずだ!!

実家にいつまでもパラサイト!!イヤ、早く誤解を解いてアイアンクローの戒めも解いてもらわないと。。。。

ああ、在りし日の祖母が笑顔で手を振っている。。。。

「にーちゃん!それ渡ったらあかん川や!」

 魂が抜けそうになったのを見たのか商店街のジジィ共が慌てて、俺を姉のアイアンクローから救い出してくれた。

割れてないようだが頭が割れそうだ。。。

「まぁまぁ、弟さんの言い方が悪かったよな。でも、せっかく当たった福引だから、持って帰るか置いて帰るかは一度でも景品とお話ししてからってことで、ねっ」

先程からの俺の顛末を見ていたジジィ共はやたらと低姿勢だ。

さもあらん、自分よりも背の高い男を片手で差し上げる女なんざビビって当然だ。でも、ジジィ共…俺が当てた福引だ…なんらかの利権をくれ…

俺は地に伏せたまま、形にならない不満を感じていた。

「どういうことでしょう?何が何やら…」

姉は流石に狂犬ではないので、低姿勢の年長者に対して不遜な態度は取らない。

ジジィ共はここぞとばかりに、姉を陳列棚の商店街感謝感激御礼特別大賞の前に連れて行った。

どこかに向かって、甘酒2つ持ってきてー!と叫んでいる。


ヅキューン。。。。。。。。。。。


 人の声でざわつく暗くて明るい境内に、射抜かれる音が螺旋を描いて天高く木霊する。

 射抜かれる音が、暗く高い天へ登り静かに四散してしまった後、当事者である若旦那と姉はざわめきの中に取り残されていた。

 すぐそばのざわめきが急に何kmも隔てたように聞こえにくくなり、灯りが目の前の一人だけをお互いに浮かび上がらせていた。

 静寂が訪れ、眼をつくほどの寒風が二人の間を吹き抜けていく。しかし、二人とも目を閉じず、瞬きすらしていない。

 二人がお互いを認識し見つめ合った時間は1分にも満たない。ほんの一瞬といってもいい。

 だが、姉より一足早く現実へ戻ってきた若旦那は、眼の前で仁王立つ姉に向かって素早く頭をさげた。

「どうか、僕と鉄釜を受け取ってください!!」

俺を片手で天高く差し上げた勇姿に一目惚れをした。と付け添えていた。

 姉の漢気は、この場面でも間髪を入れず揺るぎのないものだった。

「承知しました。必ず、あなたを幸せにしましょう」

いつの間にか、姉は陳列棚にひざまづき若旦那の手を取っていた。姉も陳列棚に鎮座する若旦那の可憐さに一目惚れしたようだった。

「いえっ!幸せは二人で培うものです。僕もあなたを幸せにしたい!」

若旦那が恋する乙女の顔で、姉の手を力強く握ると姉もまた力強く握り返す。なぜか、二人とも手の甲に血管がみなぎり力強く浮き上がっている。

俺にあの握力は耐えられないだろう…

「それでは、これからは必ず二人で……」

お互いに目線をそらすことなく、姉は力強く若旦那を見つめ、若旦那は頬を染めて姉を見つめた。

「はいー」

固く手を握り見つめ合う二人を見守る商店街のジジィ共は、時折目頭を押さえながらご神威を称えまくっていた。


俺の福引…

両親でなく俺が社殿に火をつけそうだ…


 しばらく後、俺が地べたに座れるほどに回復した頃には、商店街感謝感激御礼特別大賞は姉と手を取り合い去っていった。このまま実家に挨拶に行くらしい。

結局、ジジィ共は真面目に職務に戻っていなくなり、俺の手にはチョコバット1本すら残らず、痛むこめかみが残ったのみになった。

 「あのー」

誰に毒づくでもなく、静かに頭をさする俺にかけられた声があった。

誰もが、福助以来の大団円を無駄に喜ぶ中打ち捨てられていたのに、と振り向く。

「甘酒をお持ちするようにと、おじいちゃんが」

柔らかい笑顔の女の子が俺に甘酒を差し出す。

「ありがとう。。運ぶのお上手ですね」

差し出された甘酒は、表面張力いっぱいにタップタップに注がれていたが、こぼれていなかった。タップタップに注がれた甘酒をこぼさないように受け取ると、女の子は嬉しそうに笑った。

「会社が休みの時はおじいちゃんの喫茶店を手伝ってるんです。褒めてもらって嬉しい」

甘酒に口をつけながら、ふと視線を感じたので感じた方向を見ると商店街のジジィの一人がニヤリと笑っていた。

「今度、映画でもいかがですか?」

 ふと、自分の口から出た言葉に自分でも驚いたが、人生の機微は気合で勝ち取らねばならないらしい。

女の子が目の前で、少し嬉しそうにしてくれてるのはなんとくなくいいものだった。

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