身長2メートル越えの女の子が「忍者として雇って下さい」と押しかけて来る話

忍者の佐藤

第1話

 

「私を雇って下さい」

 そんなありふれた言葉を今まさに目の前の少女から聞いている。一見何の変哲もない台詞のように思えるが、俺が中卒のフリーターであり、言ったのが忍者のコスプレをした少女であり、尚且つ今いる場所が俺の自室だという情報を加えると、全く違う言葉に聞こえはしないだろうか。

 これは風俗業で行われるプレイの一環なのかと言われるとそれは違う。俺にそんな金は無い。では我々は知り合いなのかと言うとそれも違う。完全無欠の初対面である。

 もっと言うと俺は彼女に入室の許可を取った覚えがないし、逆に家を出る時、戸締りした事はしっかり覚えている。

 つまりこの少女は、本来密室であり、尚且つ赤の他人の部屋に無断で侵入するという、泥棒かストーカーの専売特許をやってのけた挙句、俺に謎の雇用契約を迫っていることになる。

 んん。謎。


 あ、そうだ。あまりに情報量が多すぎて一番インパクトの強い情報を伝えられていなかった。それは……。


「私じゃ駄目、ですか?」

 彼女は身体をもじもじさせながら、眉を下げ、自信なさげに俺の表情を伺っている。いや、見下ろしている。

 別に俺が寝そべって少女のパンツを見ようと努力しているから見下ろされているわけではない。直立した状態の俺より彼女の頭の位置が遥か天空にあるのである。

 天空は言い過ぎたが、彼女の頭の位置は天井に付きそうな程高い位置にあり、お天道様の如く俺を見下ろしている。

 要するに彼女はバチクソ背が高いのだ。大きいのは背だけではない。忍び装束の上から分かる程、彼女の身体の膨らみは発達しており、それが何とは言わないが俺の顔が三つづつ収まりそうな程の面積を有している。これもう固定資産税案件だろ。


 俺は勿論警察に通報しようと思ったのだが、あまりの彼女の大きさに圧倒されて怯んでしまった。下手に動くと小指で絞め殺されかねない。


「えっと、先ず君は誰なの?」

 俺はなるべく少女を刺激しないよう言葉を選んだ。すると少女は俺を丸呑みにする程大きく口を開けた後、ぺたんと平伏した。彼女の動作で風が起こり、俺の前髪を揺らす。

「ちょ、ちょっと?」

「ごめんなさいごめんなさい、忘れてました! 私の名前は虎丸(とらまる)蓮(れん)って言います!」

「いやいや立ってよ。俺が土下座させてるみたいじゃんか」

「い、いえ、このままで大丈夫ですのでお茶を頂けませんか?」

 おい図々しいなこいつ。


「……今紅茶淹れてくるからちょっと待ってて」

「あ、あの紅茶ならお砂糖も持ってきて下さいね」

 何だこいつ!



 親の仇の如く砂糖を入れまくる虎丸さんの話を要約するとこうである。自分は忍者であり、働き口を探している。雇い主を見つけなければならないが、おじさんは嫌だし、学生はお金を持っていない。そこで同世代で金を稼いでそうな奴を探していて、たまたまスーパーで働く俺を見つけたのだと言う。

「一つ言って良いか」

「は、はい」

「お前はアホか」

「ふ、ふええ、何でそんな事言うんですかぁ」


 虎丸さんは紅茶をジュゴゴゴゴゴと飲み干しながら言った。豪雨時の排水溝みたいな音する。

「だって忍者なんて職業がこの現代社会に成立するわけないだろ」

 すると虎丸さんはぷくっと頬っぺを膨らました。その可愛らしい仕草とガタイがアンバランス過ぎる。

「で、出来ます! 私の師匠も副業で警備と土木作業のバイトを週5で入れながら、本業の忍者稼業を成立させてました!」

「成立してねえじゃねえか」


「それに山下さん。私は貴方を守らなければならないんです!」

「……何から?」

「悪の秘密結社です」

「帰ってくれ」

 俺はドアを開け、虎丸さんに退出を促した。

「ま、待って下さい本当なんですぅ! 山下さんは【エッサホッサ】という凶悪な組織に狙われてるんですぅ!」

「何だその0.1秒で思いついた上に死ぬほど牧歌的な名前の秘密結社」

「本当なんですぅ! 本当に山下さんは【ワッサワッサ】という凶悪な」

「名前変わってんじゃねえか! 良いから出てってくれ。今なら通報しないから」

「ふぇええ、待って下しゃいぃ」


 彼女は目に涙を浮かべながら弾丸のような勢いで走ってきた。その迫力に、俺は金玉が無くなるかと思うほどの恐怖を覚えた。

 想像して欲しい。迫ってきたのはただの少女ではない。どう低く見積もっても体長2mを超えた巨人なのである。ヒグマと変わらない。

 虎丸さんは俺の背中に手を回したかと思うと、もう一方の手で俺の足を軽く掬い上げ、そのまま俺をリビングに連行した。

 俺は抵抗しなかった。こんな奴相手では死を覚悟していなければ抵抗出来ない。決して大きな胸が俺の顔に押しつけられて嬉しかったから抵抗しなかったわけではない。


「私、何でもします! 贅沢も言いません!」

 虎丸さんは再び頭を下げた。頭を下げた状態で頂点が俺とあまり変わらない。あとその体で「何でも」とか言われるとエロい事を考えてしまう。

「だから月給30万円で雇って下さい!」

「贅沢じゃねえか! 30万て俺の収入超えてるし! 人を雇う余裕なんて俺には無いよ」

「で、でしたらこうしましょう。お、その提案良いねえ!」

「何だその一人二役! 後半誰なんだよ!」

「わ、私、忍者なので特技があります。それを見てもし気に入って頂けましたら雇って下さい」

「うーん」

「そしてもし気に入らなかったら我慢して雇って下さい」

「何でだよ!」


 と俺が言い終わるか終わらないかのうちに、虎丸さんはベランダの窓を開けて素早く外に出た。

 ぴょん、と飛んだかと思うとすぐ何かを抱えて戻って来た。

 彼女の手に握られていた物を見て俺は戦慄する。

 それは激しく羽をバタつかせ、けたたましく鳴くカラスだったからだ。

「これ夕食です」

「いやいやいやいやいやいやいや!!!!」


 俺は激しく首を振って拒否した。どうやったらあのスピードで空飛ぶ生き物を捕獲出来るんだ!

 虎丸さんは俺の反応に首を傾げ、困ったように眉を下げる。可愛い。なお、彼女の右手からはカラスの断末魔が響いております。

「カラス、嫌いですか?」

「いや食った事ねえよ!」

「でしたら今から解体(バラ)しますのでゴミ袋を用意して下さい」

「バラすとか言うな!! 食べないから! カラス食べないから逃がしてあげて!」

「むぅ、美味しいのに……」


 彼女は渋々カラスを外に逃し、今度は俺が外に干していた筈の洗濯物を抱えて戻って来た。

「あ、それまだ乾いてないよ」

「はい。ですから今すぐ私の忍法で乾かして差し上げるのです」

「そんな便利な忍法があるんだ」

「はい!」


 虎丸さんは生乾きのTシャツを丸め、伸ばした両手で持った。

 次の瞬間、彼女のきめ細やかな腕が俄に青筋立ち、万力のような強さで雑巾の如く引き絞り始めた。Tシャツから絞られた水がポタポタと落ちて床を濡らす。

 何が忍法だよただの腕力じゃねえか。


 しかしここで終わらないのが虎丸さんである。ブチ、ブチ、と繊維の破れる音がしたかと思うと、絞られていたTシャツが勢いよく弾けて真っ二つになった。

 俺の脇から冷や汗がだくだく流れ始める。こいつやべえ。こいつやべえ! こいつやべえ!!

 何だこのHFG【ハイポテンシャルフルパワーゴリラ】! 雇ったらこんなHFGと毎日顔を合わせなければならないのか! それもう死じゃん!


「あわわわわわ! ごめんなさい! 私、山下さんのTシャツを……!」

 虎丸さんはわたわた手を動かし、挙動不審に視線を泳がせている。

「お詫びに手品します!」

「何でそうなるんだよ!」

 虎丸さんは胸の谷間から、その辺に落ちてそうな石を取り出し、手のひらに乗せてみせた。

「これは石です」

「わかっとるわ」

「はい、ここで手を閉じるとー」


 虎丸さんが握り拳を作ると、今までの人生で聞いた事の無いような破裂音が響いた。例えるなら隕石と隕石が衝突するような轟音である。

「はい、手を開くとー」

 さっきまで石だった物が、砂となり、サラサラと流れ落ちている。

「あらびっくり。いつの間にか砂になりましたー」

 いや握力! 

 これ手品じゃねえしこいつ人間じゃねえ!

 というかさっきからパワー以外でやってる事が一つも無いよ!

 俺の本能が訴えている。こいつは絶対に雇ってはダメだと! ここで拒否しなければ俺は生命の危険に晒される事になると!

 考えろ、どうにかしてこいつを追い出す方法を!  

 俺はふと、無惨な姿になったTシャツを見てピンと来た。


「あーあ。このTシャツ高かったのになー」

 俺はTシャツの切れ端を持ち上げ、虎丸さんに突き出した。すると明らかに彼女の表情に怯えの色が浮かぶ。

「ご、ごめんなさい! 私のせいで」

「言葉では幾らでも言えるよなあ」

「ひっ」

 虎丸さんは再び涙ぐんでいる。少しだけ罪悪感を感じるが今は気にしていられない。何せ俺の命の瀬戸際なのだ。

 俺は震える足を踏み出して、虎丸さんに寄って行った。※危険ですので絶対に真似しないで下さい。


「これどうしてくれるの! 弁償して貰わないいけないよなあ!」

 俺の声圧に押され、虎丸さんはびくんと体を震わせた。頬には涙の筋が伝っている。あ、これはやり過ぎてしまったか。彼女は確かに少しだけ大きくて、少しだけ怪力かもしれない。だが中身は普通の女の子なんだ多分。

 と、ここからの彼女の行動は完全に予想外だった。


「うう、つまり山下さんは私に身体で払えというわけですね」

 突然、彼女は腰の帯を解き始めたのだ。彼女の忍び装束の構造上、帯が解けると一気に脱がしやすく、いや、脱げやすくなる。

「分かりました。悪いのは私ですもんね。Tシャツ代、身体で払います」

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょっと何してんの!?」


 俺が慌てて虎丸さんの腕を掴むと、「きゃっ!」と艶かしい声を出し、わざとらしく後ろに倒れ込んだ。しかも虎丸さんが俺の腕を掴んで倒れたため、俺は必然的に覆い被さる形となる。まるでフカフカのベッドに飛び込んだかのような暖かい感覚が俺を包む。


「んっ」

 彼女の吐息が間近に聞こえる。

「う、うわ! ごめん!」

 俺が慌てて立ち上がり、さっきまで自分がうつ伏せになっていた場所を見て息を呑んだ。

 既に彼女の着物ははだけ、色んな意味で危険な状態となっている。言い忘れていたが彼女の忍び装束はミニスカートのように太ももで切れているため、俺にパンツが丸見えである。いやこれは確実に見せに来ている。


「ふぇえ、押し倒すなんて酷いです……」

「い、いや俺押してないし!」

 仮に俺が押したとしても、この体格差で彼女が倒れる筈がない。


「私が14歳だと知ってて押し倒したんですね?」

「そんなの初耳……ってええ!? まだ中学生じゃん!」


 その体格でまさか義務教育課程の人だとは想像出来なかった。イカだと思って食べたら豆腐だったくらいの衝撃である。

 俺が明らかに動揺しているのを見て、虎丸さんの目がギラリと光った。


「私が『この部屋に無理矢理連れ込まれた』って警察に言ったら、山下さんどうなると思います?」

「い、いやだって君が勝手に入ったんだろ!」

「警察はどっちを信じるでしょうか。私の服には山下さんの指紋がべったりついてますよ?」

「くっ!」

 先ほどまでの誘惑とは一転、今度は脅しである。」


「どうします? このまま私を追い出して警察のお世話になります? それとも私を雇って美少女との同棲生活を手に入れますか?」


 虎丸さんは上体を起こし、上目遣いにじっと俺の目を見つめてくる。

 こいつ、馬鹿だと思ってたらこんな時だけ頭回りやがる。きっとここに来る前から考えていた脅し文句に違いない。

 俺は崖っぷちに立たされている気分だった。ちなみにどっちを選んでも「死」なので、反対側も崖っぷちである。

 どうする? 俺はどうするべきなんだ!


「分かった」


 不意に俺の口をついて出たこの「分かった」という言葉は、何を持って「分かった」なのか今をもって分からない。だがこの言葉によって俺の日常が終わり、この後ある意味取り返しのつかない事態に陥った事は事実である。


「よろしくお願いします」

 起き上がった虎丸さんが優しく微笑む。

 この無邪気そうな少女がこれ以降、とんでもないトラブルの数々を運んで来る事を、この時の俺は知るよしもない。




 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

身長2メートル越えの女の子が「忍者として雇って下さい」と押しかけて来る話 忍者の佐藤 @satotheninja

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画