私の忘却録。

窓際希望

第1話

「ナギちゃん! こっち! 早く早く」


「ちょっと、待ってよ」


――待って…行かないで…■■君!


 だんだんと表情が、輪郭がぼやけていく。


――止まって! だって、その先は……!



 その先は…何……

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――私は…………………




≡≡≡




「うっ…んー……」

 頭、痛い…瞼が重い

 私…ここは…?


「起きたぞ」

「あっ、ホントだ!」

「はいはい、騒がないの」

「フム…」


 何人かの話し声が聞こえる。誰、だろう…


 ゆっくりと目を空けると、私の顔を覗き込む大きな目が見えた。


「おっはよー、おねぇーさん!」


「ちょっと、ノル。そんなに覗き込まないの、ビックリしてるじゃない」


「あーちょっと! 離してよ、パティ!」

 パティ、と呼ばれた女性が私の顔を覗き込むを持ち上げる。

 ノル、と呼ばれたは抗議の声を上げながら、頭の上についた三角形の耳をピクピクと動かしている。


 、そんな言葉が浮かんだ。


 おかしい…何かがおかしい……でも、何が?


 謎の違和感について考えていると、不意に頭を突き抜けるような痛みが走った。

「―っ!」


「どうした、大丈夫か?」


「――大丈夫、です」

瞬間的な痛みは既に消え去っていた。


「顔色が悪いな。もう少し横になっているといい。ここ辺り一帯は魔物も少なくて安全だし、何より、空気がいい」

 背中に剣を背負って青年が爽やかに言う。


 どうやら私はどこかの草原にいるらしい。鼻を突く草花の爽やかな香り。


「横になったままで構わない。何があったか教えてはくれなっ―――」

「ちょっと待ったーーー! その前にでしょ!」

 ノルと呼ばれた女の子が剣の青年に飛びつきながら待ったをかける。


「ノル、なにも飛びつかなくても……でもそうだな、じゃあノルからどうぞ」


「コホン! あたしの名前はノルシーパ! 見ての通りのムェア族だよ〜。ノルって呼んでね」

 クリクリとした目、猫耳、フサフサの尻尾、小柄な身体。元気いっぱいな少女だ。一つ一つの動作が愛くるしい。


「じゃあ次は私ね。パトリツィアよ。家名はないの。みんなからはパティって呼ばれてるわ。そうね…大方この子、ノルの保護者ってところかしら? よろしくね」

 スラッとして、優しげな雰囲気の女性。眩しいほどの金色の髪が風に揺れている。同性であっても息を呑むほどの美しさだ。


「フム、次はワシじゃな。ワシはガーツ•ミスベルじゃ、なーに、ただの年老いた魔法使いじゃよ。ファファファッ」

 少し腰が曲がった老人。身長よりも大きな杖、長く伸びた白色の髭からもを感じる。


「じゃあ最後は僕だね。セルジュ•ステヴィナンだ。一応、このパーティ、ミスルトゥのリーダーをやってる」

 剣を背負った栗色の髪の青年。爽やかな笑顔が似合う人だ。


「僕たちは簡単な依頼をこなすためにここ辺りを探索していてね。そしたら君が倒れていたんだ」


「あたしが見つけたんだよー! おねーちゃん、装備も持ち物も何もなかったからビックリした!」


「あぁ、お手柄だったよノル。コホン、改めて君について、何があったのか色々と教えてくれないかな」


 私について――私、私は……




――ナギちゃん――




 不意に誰かの声が聞こえた、そんな気がした。


「ナギ…多分それが私の名前―――ごめんなさい、他のことは何も…分からない…思い出せない…です」

そう告げると、4人は驚いた表情で顔を見合わせた。


「記憶喪失、かしら…」

「フム…装備も無く草原に倒るる者が記憶を失っておる…実に不可解…じゃが、興味深いのう」

「おねーちゃん大丈夫?」


「ありがとうノルちゃん」

 気がつくと、心配して側に来てくれたノルちゃんの頭を撫でていた。

 ピクピクと耳が動き、尻尾が揺れる。

 柔らかな毛並みを撫でていると心が落ち着く気がした。


「ナギさん、少し質問してもいいかな?」

顎に手を当て何か考えていた様子のセルジュが不意に尋ねてきた。


はい、大丈夫です。と答えると、

「ありがとう。この国がどこかは分かるかい?」


 ここ、この国が一体どこなのか。

「いえ、分かりません…――私がどこから来て、今、どこにいるのか。一体何者なのか、何も…何も思い出せないです」


「そうか…答えてくれてありがとう。みんな、ベルフォアに戻ってひとまずギルドに行こうと思うけどいいかな?」


「ベルフォア…」


「近くの街の名前じゃよ。お主の知り合いが見つかるかもしれん。そうじゃなセルジュ、街に戻るのが賢明じゃろう」


 知り合い…その街にいるのだろうか。もし出会えたとして、一体どんな顔で会えば…自分のことすら分からない私を誰が受け入れてくれるんだろう…


「無責任かもしれないけど、きっとナギちゃんなら大丈夫よ」

 表情に出ていたのだろうか、パティさんが優しく声をかけてくれた。


 優しくて温かい人たちだと、そう思った。



 





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