第2―2夜 落ちる落ちる

 空港の待合室。前夜と比べればなんと平穏なスタートなんだろうか……と少しばかり感動していた。 


 しかし、椅子にしては少々温かみと柔らかさを感じ、ふと天井を拝まんとすると、そこにはあかりの冷ややかな顔が映った。


「寝すぎ。バカ。重い。くたびれた。」


「じゃあ……氷水をぶっかけるなり、蹴飛ばすなりすればよかったじゃないか!寂しんぼか? 」


「ムゥ……」


 あかりはムスッとしつつそっぽを向いた。感情表現は彼女にしては珍しく、こちらも少し微笑ましく思えた。


 こんな顔、今度はいつ見れるか分からないからな、目に焼き付けておこう。


 と、目を細くしていたら結局、自前の氷水を顔全体に食らってしまった……こいつにとって俺は置物程度の価値らしい。まったく、どうしてこんなことをやってるんだかねぇ……


 夢とは言っても作り込みは現実そのものであり、空港内の散策は結構有意義であった。


 飛行機の見た目は勿論、受付やゲートは本物と遜色無い。とっておきはお店の数だ。何処のお土産を売っているのかよくわからないのお土産屋、コンビニ、謎の名物が売られているフードコートと、種類は豊富だ。


 中でも、カフェで売っていたフラペチーノは、家でまともな物を食べていない自分が涙をこぼす程美味しかった。現実にも進出しないかな……


 お詫びの印にフラペチーノを持っていってやった。このあと我が身に降りかかるであろう災難から守ってくれなきゃ困るからな。


 待合室へ戻ると、彼女は未だ不機嫌そうで、俺が近づくやいなや、またそっぽを向いてしまった。


「おーい!さっきのことは謝るから機嫌直してくれよ……」


「……」


「ふーん……フラペチーノを奢るとしてもか? 」


「!!!」


 彼女は電光石火の勢いで俺の手元にあったカップを奪い、ハムスターのように貪っていた。まさか、フラペチーノ目的で不機嫌になってたんじゃないだろうな、おい!


 賑やかな(?)ひとときを過ごしていると、アナウンスが行われた。遂に、死地へ飛び込む時がやってきたのだ!俺はついに何らかの原因で墜落するであろう飛行機に乗り込んだのだ。座席は後方の中央、非常口付近。完璧だ!


 機内の過ごし方は十人十色だが、この飛行機が墜落すると分かっているなら、多くの人は気が気でないであろう。隣にいるただ一人の少女を除いては!!!


 あいつ、慣れてやがるのか酒池肉林を堪能しつつ映画を観て、今は俺の腕を借りて寝てやがるのだ!!!慣れてるのは結構だが、ここまで気が緩んでるとこちらも頭がおかしくなってしまうぜ……


 かく言う俺も乗ってすぐさま寝てしまったのだが――

 

 突如、機内が大きな揺れと耳を引き裂くような音にみまわれ、俺等はようやく目を覚ました。どうやら、この飛行機とはお別れの時間らしい。


「クソッ!俺まで寝てしまったのか……」


「マヌケ面で寝てた。」


「コノヤロッ……だが不味いな、どうすりゃいい」


「十分な高度になったら脱出する。」


「どうやって? 」


 彼女がしばらく考えた結果、提示されたのは拳であった……もう少しなんかあっただろ!ここでリアリティゼロは萎えるね。


 数分後、周囲の人は阿鼻叫喚の様相であり、誰一人として事態を収拾出来そうになかった。もちろん、俺もどうしようもできない。


「脱出する。私に掴まって。準備はいい? 」


「ちょっ、待てよ! 」


 俺の言葉も意に介さず、俺の胸元を掴んで彼女に寄せた。そして、飛行機の横っ腹に穴を開けてしまった。夢とは言っても滅茶苦茶だ、こんなの……


 次の刹那、俺達は空を切り裂くように落ちていった。夢なのは分かっている。でも怖いもんは怖い!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 おれは、絶叫するしかなかった。チビるか気絶するかの瀬戸際で耐え続けた。顔はぐちゃぐちゃだ。


 一方、彼女はいつもの顔で、まるでスカイダイビングかのように振る舞ってやがった。もう何一つ言う言葉が浮かばないね。


「おーーーい!パラシュートはあるんだろうな?」


「着陸寸前に反重力術式を使うから安心して。」


 なんてことだ……着陸寸前までこの状態は怖すぎるだろ!ずっと彼女の手を握っている状態もどうにかしてくれ!

 

「贅沢は敵だ。」


「言い訳にならんわ!てか、そのフレーズ懐かしいなっ……」


「知ってるなんて意外。」


 それは馬鹿にしてるのか、いや馬鹿にしているに決まっている。だがそんな口を叩いている暇などない。すでに地表が迫ってきていた。

 

「森……まさかこっから救助隊に見つかるまでサバイバルとかいうんじゃないだろうな……」


「大正解。」


 命がいくつあっても無理だ、こんなの!あの時奢ってなかったら死んでたかもしれないと考えたとき、心臓が一瞬止まった気がした。


 ようやく、森に爆音を鳴り響かせてながらも着地に成功した。ここで、俺は気絶してしまった。


 起きると、そこは洞窟だった。彼女も疲れたのかぐっすり寝ていた。

 静寂に包まれる森の中で、機械音が耳を叩いた。横に目を向けると、そこには小型のラジオがあった。そして、耳を傾けると信じられない言葉を放った。


「飛行機墜落事故は、行方不明者二名を除き全員亡くなった模様です」


 

 


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