第9話「謎の観察者」



「えーと、魔力指数2.3の時の虹の発生確率は...くしゅん!」


リリアが真面目に記録を取ろうとする度に、魔力くしゃみが邪魔をする。


「もう!データが取れないじゃないですか!」


「リリアちゃん」エマが笑顔で近づく。「こっちの新作『星空のムース』を試食してみない?」


「いえ、私は今、研究中で...」


「星型の器に入れて、リリアちゃんの魔力くしゃみの光を閉じ込めてみたんです!」


「えっ」リリアの目が輝く。「そんなことができるんですか!?」


研究者の好奇心をくすぐられ、つい手を伸ばした瞬間。


「あ!窓の外に誰か...」


一郎が気付いた時には、黒い人影は既に消えていた。


「最近、よく見かけるんです」店主が眉をひそめる。「うちの店を何か監視してるみたいで...」


「ライバル店の手先でしょうか」


「いや」店主は首を振る。「あいつらならもっと堂々とくる」


「不気味ですね...」


「そんな心配そうな顔しないの」エマが星空のムースを持ってくる。「ほら、これ食べて元気出して!」


「わぁ...」一郎は思わず見とれる。


濃紺のムースの中で、リリアの星型の魔力が実際の星のように煌めいている。


「これは凄い」リリアも研究者の目を輝かせる。「魔力の形状を保ったまま、料理に定着させるなんて...くしゅん!」


新しい星が料理の中に吸収され、より一層華やかになった。


「あ」リリアが申し訳なさそうな顔をする。「商品が台無しに...」


「いいえ」一郎が笑う。「むしろ、より素敵になりましたよ」


「そうそう!」エマが手を叩く。「これって、お客さんの目の前でリリアちゃんがくしゃみすれば...」


「えぇ!?」リリアが真っ赤になる。「そんな恥ずかしい...」


「いいアイデアじゃないか」店主も乗り気だ。「ライブ感のある料理ショーってことで」


「待ってください!私はれっきとした研究者であって...くしゅん!」


慌てるリリアの周りで、星が舞い散る。


「決まり!」エマが宣言する。「『魔力きらめくデザートショー』、明日からスタート!」


「そんな...」リリアが崩れ落ちる。「私の学者人生が...」


その時、店の入り口でまたベルが鳴る。


「いらっしゃいま...あれ?」


入ってきたのは、黒づくめの人影...ではなく。


「や、やぁ...」


見覚えのある声。前回の査察官が、今度は私服で来店していた。


「実は、非公式に...その...例の料理を...」


「あ」エマが嬉しそうに声を上げる。「査察官さんのファンになっちゃいました?」


「ち、違います!これは継続的な...調査のため...」


真っ赤な顔で言い訳する査察官。


「分かりました」一郎がにっこり笑う。「特別研究用の新作、召し上がってみませんか?」


「え?あ、はい!...って、これは公務として...」


慌てる査察官を見ながら、店主が小さくため息をつく。

(監視なんて大げさに考えなくても良かったのかな)


...だが、まだ誰も知らない。

本当の観察者は、もっと大きな計画を持っているということを。

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