【3話】主人公
第一回恋愛相談より十日後。
「あんなに毎日クロード様に話しかけていたというのに……いったいどうなさったのかしら、リリーナ様」
「クロード様にこっぴどく注意を受けて、傷心なさっているとか」
「別の男性に乗り換えたという話を聞きました」
学園内は、こんな話題で持ちきりだった。
優れた美貌と地位を持つリリーナは、学園きっての有名人。
毎日クロードに話しかけていた彼女がそれを突然
そんな中、事の真相を知っているリヒトは嬉しい気持ちになっていた。
(リリーナのやつ、しっかり約束を守っているみたいだな)
三日持てばいい方――そんな風に考えていたので、この結果には驚きだ。
こうも協力的なら、クロードと結ばれる日もそう遠くないかもしれない。
そんなルンルン弾んだ気持ちのリヒトは今、王都の街にいた。
新しくオープンしたスイーツショップへ学園の帰りがけに寄った、その帰り道だ。
右手に持っているキャリー箱の中には、たくさんのケーキが入っている。
家族や使用人たちへのプレゼントだ。
「ん……あれって」
少し離れたところにいる、メルティ魔法学園の制服を着た女子生徒が目に入る。
フワフワしたミルク色の髪に、海のように綺麗なブルーの瞳。
守ってあげたくなるような、とても可愛らしい顔立ち。
「ステラ、だよな?」
ステラ・フェルライド男爵令嬢。
リヒトと同じ二年Cクラスに在籍する女子生徒で、そして、マジカルラブ・シンフォニックの主人公だ。
そんな彼女の隣には、ヘラヘラしたガラの悪い大男が立っていた。
二人の関係は不自然。どう見たって、友人同士には見えない。
(ん? いったい何を喋っているんだ?)
大男は、ステラに向けて何か言っているようだった。
しかしここからでは、話の内容までは聞き取れない。
大男に対し、ステラは困惑している素振りを見せている。
そのとき。
大男がステラの腕を掴んだ。
合意の上ではなく、無理矢理掴んだように見えた。
大男は
「おいおいおい!」
リヒトは急いで、路地裏の方へと向かう。
「ちょっとくらい遊んでくれたっていいじゃねえか!」
「い、いや……! 放してください!」
「へへへ……! その恐怖に怯えている顔、最高にそそるぜえっ!」
「――せっかく良い気分だったのに、お前のせいで台無しだ」
「……あん? 誰だてめえ?」
ステラの腕を放した大男は、リヒトを睨みつける。
ついさっきまで下品な笑いを浮かべていた口元には、ありありとイラつきが浮かんでいた。
「ステラ、こっちに来い」
リヒトの声にビクッと反応したステラ。
転びそうになりがらも必死に足を動かし、リヒトの背面に回り込む。
「なに勝手なことしてくれてんだ! ああん!?」
「勝手なことしているのは、どう考えてもお前の方だろ?」
「黙りやがれ!」
大男の体が白色の光を纏う。
(身体強化系の魔法か)
魔法を発動する際は、術者の全身が光を纏う。
その光の色は発動する魔法の種類によって異なる。
大男が纏っている白色は、身体強化系の魔法だ。
(俺とやり合うつもりか。面倒だな)
リヒトは小さくため息を吐く。
「一つ忠告してやるよ。怪我したくなかったら、今すぐ回れ右して家に帰れ」
「俺様に向かって、随分と舐めた口聞いてくれるじゃねえか! ぶっ殺してやるぜ、クソガキがぁ!!」
「こりゃダメそうだな……仕方ない」
リヒトは自身の体に、【身体強化】の魔法を発動。
大男と同じ、白色の光を全身に纏う。
「地獄で後悔しろや!」
顔を真っ赤にした大男が殴りかかってきた。
魔法を使っているだけあって、中々に素早い攻撃だ。
しかし、リヒトの相手ではない。
大男の拳を軽々と避けると、がら空きの腹部にボディーブローをお見舞いする。
その一撃で大男は気絶。
バタンと地面に倒れた。
リヒトはモブだが、人並み以上の力を持っている。
リリーナやクロードといった化け物レベルには及ばないが、それでも、それなりには強いのだ。
体を反転させたリヒトは、ステラに笑いかける。
「これでもう安心だ。怪我してないか?」
「は、はい」
小さく頷いたステラの体は、ぶるぶると震えている。
大男への恐怖心が、まだ消えていないのだろう。
「そうだ。お前にいいものをやる」
右手に持っていたキャリー箱を、ステラの手に握らせる。
「これでも食って元気出せ。じゃあな」
困惑しているステラに手を振り、リヒトは路地裏を去っていった。
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