マグロのたたき

鷹山トシキ

第2話

 大間町は冬の寒さに包まれていた。風は冷たく、海の波音だけが静寂を破っていた。漁港近くの小さな商店街にある「海の恵み」という酒屋も、普段と変わらず静かな夜を迎えていた。しかし、その夜の静けさは長く続かなかった。


 強盗団がその店に忍び寄ったのだ。


 男たち三人組が店に押し入り、瞬く間に店内を制圧した。しかし、彼らの後ろには、ひとりの女性がいた。彼女の名前は佐々木涼子、かつて大間町で生まれ育ったが、今では表向きには行方不明の女性だった。その正体は、裏社会で名を馳せる盗賊団の一員。今日、彼女はこの町で最後の“仕事”をこなすために戻ってきた。


 強盗団のリーダー格である男が、店主の松田を脅しつけて金庫を開けさせようとしていた。だが、涼子は静かに周囲を見回しながら、他の二人と少し離れた場所に立っていた。彼女の目には、警戒心の強い松田の動きが映っている。


「松田さん、騙されないで。あの男たちは、ただ金を奪うだけじゃない」涼子は声をかけた。


 松田は驚いた顔をした。目の前に立つ女性の姿は、どこか不自然で、彼の知っている町の人々とは違うオーラを持っていた。


「君は、涼子か…?」松田はその名をかろうじて口にした。彼女の顔を見た瞬間、記憶がよみがえった。彼女はかつて町を離れ、そして裏社会に名を馳せていた。


 涼子はうなずく。「その通り。ただし、今は昔の自分を捨てて、こんな仕事に加わってる。あんたには悪いけど、今夜は俺たちの勝ちだ」


 リーダーが不快そうに顔をしかめる。「涼子、何を言っているんだ!お前もこっち側の人間だろう?」


「違うわ」涼子は冷静に答える。「俺たちはただの泥棒じゃない。大間の秘密を探りに来たんだ」


 男たちは驚いた。涼子は続けた。「町には伝説の酒が隠されてるって、聞いたことがあるだろう?その酒を手に入れれば、俺たちは大きなリターンを得られる」


 リーダーは不満げに目を細めたが、涼子の言葉には説得力があった。金庫を開け、金を奪うのは目的の一部に過ぎない。真の目的は、あの伝説の酒を手に入れることだった。


 松田は沈黙したまま、涼子の言葉に耳を傾けていた。彼女が本当にこの町に戻ってきた理由が、金や物ではなく、もっと深い秘密に関わっていることを感じ取ったからだ。


「松田さん、あの酒を渡してくれ。さもなくば…」涼子は冷たく言った。


 その瞬間、店内の空気が一変した。松田は深く息を吐き、そして古びた棚の奥から、希少な酒瓶を取り出した。それは、町の守り神とも言われる伝説の酒で、昔から大間の漁師たちが大切にしてきたものであった。


 涼子はその酒瓶を手に取ると、満足そうに微笑んだ。「これが欲しかったんだ」


 リーダーはその後ろで呆然としていた。涼子が主導権を握っていたのだ。それは予想外だった。強盗団の一員として参加していた涼子は、金や物に対しては無関心で、この町に隠された秘密を追い求めていた。


「お前ら、どうするんだ?」涼子はその後、強盗団のメンバーに向かって言った。「俺たちの目的は達成された。金は後で回収しろ」


 彼女の言葉に従い、男たちは黙ってその場を後にした。涼子も最後に松田に一言だけ告げた。


「心配しないで。あの酒の秘密は、誰にも言わない」


 その後、涼子は夜の闇に消えていった。大間町には再び静けさが戻り、誰もが何が起きたのかを知ることはなかった。




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マグロのたたき 鷹山トシキ @1982

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