鉱石魔術師の冒険記

鴨サラダ

序章 始まり

第1話 終わって、始まって

「ッ!ハ、ハァッ…ハァ…」


 少女がベッドから飛び起きる。朝日はまだ上がっていなかった。

 夢を見た。嫌な夢だ。

 忘れもしない10歳のあの日、輝石 怜奈(きせき れいな)は父と母と買い物に出かけていた。

 その帰り、父の運転する車が対向車を走っているはずのトラックに激突された。後に怜奈はニュースでトラックの運転手から基準値を遥かに上回るアルコールが検出されたと知った。


 そこからはずっと地獄だった。

 夫婦で宝石商をしていた輝石家にはある程度資産や貯蓄があった。だがそれを目敏く欲の深い親族達が我先にと奪い去っていったのである。

 優しかったはずの叔母も、よく遊んでくれたはずの叔父も、人間とは所詮こんなものなのかと誰かに期待することをやめた。

 そして怜奈の手元に残ったのは父と母と一緒に採取した翡翠の石で作ったペンダント1つとなった。

 怜奈自身は親族をたらい回しにされ、最終的に児童養護施設へと引き取られる事となった。


 最近はそんな過去の夢を何度も何度も見る。いい加減うんざりだ。

 布団を被り、もぞもぞともう一度寝ようとしたが、眠れず。結局ぐだぐだと時間だけが過ぎて朝食の時間となる。

 朝食の時も特に誰とも喋らない。さっさと食べてさっさと身支度をして、学校へ行く。そんな毎日。


「いってきます」


4月から高校生となってから2ヶ月。日本特有のジメジメとしたうざったい暑さに嫌気がさす。だが、嫌気はそれだけではない。


「おい、輝石、こっち来なよ」


 教室に入ってすぐにいつものグループに声をかけられる。

 彼女達はこのクラスのカーストで言えば上位だ。彼女達のうちの1人が好きなクラスの男子が怜奈の事が気になると言ってから嫌がらせが始まった。いい迷惑である。

 鞄も置けずに連れて行かれたのは屋上。昨日も連れて来られて、何発か殴られた。そして今日も。

 最初は女子特有の陰湿なイジメだったのだ。だが席替えをしてその男子と怜奈が隣の席同士になってからこのようになった。…本当に、いい迷惑である。


「アンタなんかが!なんで!翔君に!!」


 何発か殴られたあと、女子生徒は怜奈の首の翡翠のペンダントに気づいた。


「何これ?だっさいのしちゃってさぁ!!」

「ッ!や、やめて!」


 首から千切られた形見のペンダントはそのまま屋上からグラウンドの方へと投げられる。


「ふん、ざまあな…い……えっ?」


 ペンダントを投げて振り返ろうとした女子生徒の横を怜奈は走り抜ける。

 そしてそのままペンダントを追って、飛び降りる。怜奈がしまったと気づいたのは足が屋上から離れてからだった。


 ペンダントを抱き留め、命って案外あっけないものだなぁと、そしてこれでやっと、父と母の元に行けるのだと思った。

 ちらりと屋上の方を見ると、先程の女子生徒達が全員覗きこんでいた。表情こそ遠くて見えないが、悲鳴は聞こえた。その悲鳴を聞いて、ざまあみろと思ったところで、怜奈の意識はなくなった。


 次に目を覚ましたのは、ひんやりとした石畳みの上だった。幸いペンダントは手のひらに握られていた。


「…っ?あ、れ…?私、屋上から…」


 辺りを見渡すとうす暗い。だがその暗さは夜だからという訳ではなかった。どこかの建物の中だろうか?天井には照明のようなものはなく、代わりに壁にはゲームやアニメで見たことのある燭台が幾つか見られる。


「ここ…どこなんだろう…暗くてあんまり見えない…?あれは…明かり…?」


 今いる部屋が暗くともなんとかぼんやりと見えるのは、部屋から伸びた先の通路の奥からのようだ。

 通路を進むと巨大な大広間に出た。


「な、なにこれ…本当にここ…どこなの…」


 その大広間は明るく、石柱が立ち並び、まるで神殿のような造りで圧倒される。

 ちょうど大広間の中心には軽く10mを超えるほどの巨大なクリスタルが地面から生えるように鎮座している。どうやら光もそのクリスタルから発生しているらしい。

 近寄ろと歩き出すと、靴の裏に違和感を感じる。石を踏んだようで、拾い上げてみると赤く艶やかで綺麗な石だ。


「これ…普通の石じゃない…ガラス?いや、違う…これって!」


 慌てて辺りの地面を見渡す。地面には大小様々の色とりどりの石が無数に落ちている。そして気づいたのは石柱。黒く艶やかでまるで黒曜石のように見える。


「まるで、じゃない…ここにあるの全部鉱石とか宝石…っ!?」


 その言葉を言い終わる前に、なんと石達はそれぞれ淡く輝き始める。

 足元が輝き出したものだから怜奈は足もたじたじで踏み場を気にしてしまう。

 そして中央の巨大なクリスタルはより一層と輝きを眩しいほどに増す。すると、


『お待ちしていました…レイナ』


 柔らかな女性の声が頭に響く。

 何がなんだか分からない。声の一声一声でクリスタルの輝きが変化する為、そこから発せられているのだろうとは推測はできる。


「あ、あの、あなたはどなたですか?そして…ここは一体…」

『…っ…そう…私は、私は…ここの守護者…そしてここは貴女の始まりの地」


 声は少し寂しそうに答えた。


「は、始まりの、地…?」

『さあ、中央へ。全てをお返し致します』


 声に導かれ中央へ。近づくたびに巨大なクリスタルからの光はどこか暖かく、懐かしい気分になる。ある程度近づいたところでクリスタルの中に人が入っているのが見える。

 その人物は翡翠のような淡く綺麗な長い髪で、耳は人間よりも少し長く尖っている。女性である怜奈から見ても美しく綺麗な女性だ。あと自分と違って…胸も、ある。その女性は穏やかな表情で眠っているように見える。


「綺麗な人…」


思わずポツリと声を漏らす。


『えっ?』

「えっ?」

『あ、ああいえ!失礼しました…コホン、では、結晶に手を触れて下さい』


 この声の主は案外思っているよりも威厳はないのかもしれない。

 手を伸ばし、結晶に触れる。すると結晶の中の女性の目がゆっくりと開かれる。綺麗なエメラルドのような目をしている。


『…では、貴女の新たなる旅立ちを祝福致します』

「えっ、ちょっと!?何?どういう事ですか!?」

『これから貴女は旅に出るのです。その果てで貴女の望みは叶えられるでしょう』

「の、望み…?望みなんて私には…」

『大丈夫…貴女なら、いずれ分かります…』

「は、はぁ…」


『では、さようなら…レイナ、貴女に…っ、祝福を…良き、旅路を…ありがとう…』


声の主は途中から声を振るわせていた、まるで…泣いているかのような。


「…も、もしかして泣いて、」


怜奈が言い終わる前に、再び怜奈の意識はなくなった。そして周囲の結晶とその場の全ての石達が粒子となって怜奈の身体に吸い込まれる。最後に結晶の女性と怜奈が白き光に包まれて、消える。


『レイナ…さようなら…あぁ、私の役目も…終わる…最後にもう一度貴女に、会えて、…』


 石柱を含めて何もなくなった神殿は、音を立てて崩れ、その役目を終えた。






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どうも鴨サラダと申します。この度は初めて投稿をさせていただきます!

誤字や脱字等、なるべく気を付けて投稿を続けていけたらなぁと思っております。

なにとぞ、よろしくお願いいたします!

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