【真説】りんこにあったちょっと怖い話☆おかわり

更科りんこ

第一章 ビスケットサンド(全8話)

第一章 ビスケットサンド(1の1)

 りんこと、れいちゃん。

 これは、山間やまあいの田舎街で暮らす仲の良い二人の女子高生が体験した、とても不思議で、ちょっと怖い、そんなお話です。




「わっ! わっ! なにこれ!? すごいすごい!」



 ねずみ色のアスファルトがどこまでも真っすぐに続く道。

 そのずっと先の方で、りんこが何やら叫んでいた。



 今から数年前のこと。

 周囲を高い山に囲まれた見渡す限りの原っぱの真ん中で、大規模な道路工事が行われた。


 見飽きるほどの大自然の中、環境への配慮など、まだまだ乏しい地域性もあって、あれよあれよという間に気がつけば幅の広い国道が、山を貫くように通っていた。


 道ばかりがやたらに立派で、他には何も無いようなこんな場所に、ぽつんと大きな交差点がある。

 歩く人などいないのに、利便性に富んだスクランブル式という、何とも無意味に都会的な仕様だ。


 交差点に面する広大な敷地には、地域最大をうたうショッピングモールの建設予定があり、色彩鮮やかな完成予想図が描かれた巨大な看板が何とも寂しそうにたたずんでいる。

 

 しかし、それ以外はこれといって記憶に残る物など何ひとつない、ただ広くて大きいだけの交差点。


 ここはそんな場所だった。




「れいちゃん、はやく! こっちこっち」


 ぴょんぴょんと跳ねながら、りんこが手を振っている。



「あんた……ちっさいくせに……足はやすぎ……」


 青白い肌に玉のような汗をうかべ、れいはぜえぜえと荒い息を吐く。

 うつむいているために長い黒髪がべったりと顔を覆っていて、もともと幽霊みたいだと揶揄される外見が、なんだか井戸の中から出てきそうな風貌へと進化していた。



「ちっさいはよけい! れいちゃん、もっと運動しなきゃダメだよ」


 れいのような運動嫌いにとって、ただひたすら走るということほど辛いものは無い。

 息も絶え絶えにがんばって走って、やっとの思いで追いついたというのに、りんこは無情にも呆れた様子でやれやれと肩をすくませた。



 くもり空に、真新しいガードレールがやけに眩しく目に映る。

 れいは、絵本に登場するネズミの兄弟の刺繍が入ったハンカチで額の汗を丁寧に拭った。



「あたしは……こう見えて、頭脳派なんだ……」


 肩で大きく息をして、乱れた呼吸を整えながら、れいが不満そうにつぶやく。


 どこからどう見ても肉体派ではないよね、と、りんこは小さなため息を吐いた。



「また、ここで事故なんだ」


 ようやく動悸がおさまってきたのか、れいは長い髪を雑にかき上げながら、改めて周囲の様子を見渡した。



「ねー! 多いよね。たしか先月にもあったよね!」


 れいの言葉に、りんこが大きな目を丸くして、うんうんと頷く。



「ん。先々週かな」


 たしかローカル新聞の片隅で、小さな記事を見かけたような気がする。

 れいは曖昧な記憶を掘り起こすように腕を組み、その鋭い目もとをすっと細めた。



 そんな二人の視線の先。

 交差点の真ん中に、一台の自動車が横倒しになっていた。




    ◇ ◇ ◇




「こーんなに広くて見晴らしいいのにねー」


 そう言って、りんこは精一杯に背伸びした。


 立派な道路と交差点のわりに、行き交う自動車や人の数は少ない。

 視界を妨げるような物もなく、視界は極めて良好だった。



 交差点にはパトカーや救急車、それに消防車が集まっており、警察官や救急隊員などが慌ただしく動き回っている。

 

 少し離れた場所で、事故を起こした運転手らしき三十代くらいの男性が道路脇の縁石に力なく座り込んでいるのが見える。

 ところどころに擦り傷が見られるものの、幸いにも大きな負傷はなさそうだった。


 どうやら単独事故だったようで、他に壊れた車や怪我をした人の姿は見当たらない。



 りんこも、れいも、自動車の裏側(底と言うべきだろうか)を見たのはこれが初めてだった。




「あっちにも誰かいるねー!」


 ふと、りんこが遠くを指さした。



「っ!?」


 そちらに視線を向け、れいの目が大きく見開かれる。



 交差点の反対側、横断歩道に差し掛かる手前辺りの歩道に『ソレ』はいた。


 ソレが視界に入った瞬間、強烈な悪寒に襲われる。

 全身の産毛が逆立ち、風など吹いていないにも関わらず強い風圧を感じて、れいは一歩後ずさった。

 


 ソレは、濃い灰色のレインコートを着た老人と、淡い水色のレインコートの子供だった。フードを目深にかぶっているため、顔はよく見えない。

 それぞれ黒と青のゴム長靴を履いていて、全身がずぶ濡れだった。



 ソレがそこにいる事に、警察官や救急隊員、消防士などは誰ひとり気がついていないようだった。

 まったく意に介していないかのように、周囲を行き交っている。



「れいちゃん。あの人たち、なんかおかしくない?」


 りんこも、ソレが普通の人間ではないことに気がついたのだろう。



「ね、ね、おかしいよね! へんだよねっ!」


 れいを見上げる りんこの顔は青ざめていて、声は震えている。



「ああ、おかしいね。ほら、もう行こう」


 ぶっきらぼうに答えて、震える小さな手を握ろうとしたその瞬間、れいはレインコートの老人と子どもの姿が無いことに気がついた。




 あ、これ、やばいやつ。


 れいが心の中でつぶやく。

 けれど、分かったところで、もう止められない。


 背後に何かの気配を感じ、二人が振り向いたその瞬間、すぐ目の前にレインコートの老人と子供が立っていた。

 その濁ったガラス玉みたいな、光を宿さない虚ろな目に、悲鳴をあげる寸前の、引きつった表情で目を見開く少女たちの顔が映りこむ。




 ―――――――――っ!?




 厚い雲に覆われた、今にも雨が降り出しそうな空の下。

 絹を引き裂くような叫び声が響き渡った。





 りんこにあったちょっと怖い話☆おかわり



 はじまります。

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