極光の騎士 Ⅱ

「お、お待ちしておりました! 極光の騎士ノーザンライト様ですね……!?」


「……ああ」


 試合会場となるディスタ闘技場の控室についた俺は、緊張した面持ちの係員に出迎えられていた。


「ご入用なものがございましたら、なんでもお申し付けください! 支配人からもできるだけ便宜を図るようにと申し使っております!」


「心遣い感謝する。……だが、不要だ」


 そう言って小さく手で制止すると、係員はぴんと背筋を伸ばした。


「そ、それは失礼しました!」


 そして控室の入口そばに待機する。兜の中からその様子を見ていた俺は、内心で彼に謝った。


 闘技場の支配人でもある俺からすれば、この係員は同業者であり、親しみだってないわけではない。だが、『極光の騎士ノーザンライト』の姿でペラペラ喋っていては、すぐに正体が露見するだけだ。


 『極光の騎士ノーザンライト』として声を出す時は、できるだけ低い声を出して、かつ必要最小限しか会話をしないことで、正体がバレないようにしていた。


 俺は用意された柔らかそうなソファーを眺める。剣闘士には不似合いなほど高級なものだ。新しそうな色合いからすると、『極光の騎士ノーザンライト』のためにわざわざ準備してくれたのかもしれない。


 鎧のまま座ると、重さで上等なソファーを駄目にしてしまうかもしれない。かと言って、鎧を脱ぐ選択肢はあり得ない。逡巡していた俺に、クリフが気を利かせてくれる。


主人マスター、重量を軽減しますか?』


『ああ、頼む』


 係員の目を意識して、念話で返事をする。一人でいる時は口に出して会話するほうが楽だが、こんな時はクリフの精神感応に頼るしかない。


 ソファーに腰かけた俺は、ゆっくり部屋を見回した。さすが歴史のある最大の闘技場だけのことはあり、充分な広さが確保されている。少なくとも、出場者のウォーミングアップ場所には困らないだろう。

 部屋自体も年季は入っているものの清潔であり、闘技場の矜持が窺えた。


「あれは……」


 だが、いい面ばかりが見えるわけではない。これだけ大きな闘技場ともなれば、綺麗ごとだけでは済まないのも事実だ。


 例えば、天井にうっすらと見える汚れは、おそらく噴き上がった血液が付着したものだろう。だが、これから試合に赴こうとする剣闘士が、ウォーミングアップでそんな大怪我をしたとは考えにくい。


 となると、可能性が高いのは罪人の類だ。うちの闘技場ではやっていないが、公営の闘技場では、時として罪人の処刑が行われる。

 相手は剣闘士であったり、魔獣の類であったりと様々だが、あくまで処刑の一環であるため、罪人が生き残る確率はほぼゼロだ。嬲り殺されるくらいなら、と自ら死を選んだ人間の数は決して少なくない。


 それに、このディスタ闘技場は剣闘士の死者数が多いという特徴もある。この闘技場の観客は、常連であればあるほど血や死を求める傾向にあるし、剣闘士もそれを当然とする風潮があった。

 そのため、敗者にとどめを刺すよう観客が声を上げ、それが実行されることも珍しいことではなかった。


 そして、そんな中を生き抜いてきたのが第二位『大破壊ザ・デストロイ』であり、『剣嵐ブレード・ストーム』だ。彼らは負けたことがないか、死なせるのは惜しいと観客に思わせるだけの力量を持った戦士たちだ。

 魔導鎧マジックメイルとクリフの援護がなければ、俺なんてあっさり斬り捨てられることだろう。


「……油断はできないな」


 小さな声で呟くと、俺は気合を入れ直した。




 ◆◆◆




『名立たる上位ランカーをも蹴散らし、現在十二連勝中! ディスタ闘技場が誇る真空波の達人! 『剣嵐ブレード・ストーム』エミリオ・ローデス!』


『対するは、三か月ぶりに姿を現した無敗の英雄! 『極光の騎士ノーザンライト』ぉぉぉぉっ!』


 ディスタ闘技場の観客収容人数は一万人を超える。その膨大な人数の視線を一身に受けながら、俺は試合の間リングに立っていた。


「――アンタが『極光の騎士ノーザンライト』か。あの『大破壊ザ・デストロイ』を倒したなんて信じられないが……本当なのか?」


 対戦相手である『剣嵐ブレード・ストーム』エミリオは、興味深そうに俺を観察していた。


 彼は真空波を用いた遠隔型のスタイルを確立し、この一、二年で頭角を現した剣闘士だ。まだ若いこともあり、次世代を担う若手剣闘士の一人として期待されていた。


「……戦えば分かる」


 対して、俺はそれだけを答える。横柄な態度を取るつもりはないが、あまり話すとボロが出るし、意識的に低い声を出すというのは、意外と辛いものがあるからだ。


 ただ、ありがたいことに、そんなぶっきらぼうな物言いでも、「あの『極光の騎士ノーザンライト』なら仕方がない」だとか、それどころか「剣闘士の第一席に相応しい」とすら言われている始末だ。


「強さは正義」とはよく言ったものだが、そんな帝都民の気質に救われている面はあった。


「……さすがは『極光の騎士ノーザンライト』、その通りだぜ。俺たちは言葉よりも剣で語るべきだな」


 そして、『剣嵐ブレード・ストーム』も同様の価値観を持っているようだった。彼は嬉しそうに頷くと、剣を抜き放って構えをとる。


 その構えを見れば、すぐに真空波を放つことができるよう身体のバネを溜めていることは明らかだった。


「来い」


 俺は背中に留めていた剣を取り外すと、悠然と構える。形状や重心はバスタードソードに近い作りだが、この剣も当然ながら魔剣の一種だ。

 魔力を纏わせて魔法攻撃を弾くことはもちろん、魔法との相性がいいため、剣から魔法を放つこともできる破格の性能だった。


『それではっ! このディスタ闘技場でも稀に見る屈指の好カード! 『剣嵐ブレード・ストーム』対『極光の騎士ノーザンライト』、始めぇぇぇッ!!』


 実況者と観客の歓声が融合し、振動となって闘技場を震わせる。気の弱い人間なら、それだけで気後れしてしまいそうな迫力だ。


 だが、俺も『剣嵐ブレード・ストーム』もそんな舞台には慣れている。間合いの外で剣を振りかぶる対戦相手を見て、俺は腰を落とした。


真空網刃ブレードネット


 様子見とばかりに、『剣嵐ブレード・ストーム』は小さな真空波を立て続けに生み出す。速射性を重視して威力を抑えたのか、一つ一つは大した破壊力ではないだろう。


 しかし、それらの剣撃はどれも巧みな軌道を描いており、どう動いても完全に回避することはできない。上位ランカーを倒しただけのことはある、密度の濃い攻撃だった。


 だが、俺は気負わず剣を水平に振り切る。避けられないなら、相殺してしまえばいい。俺が生み出した真空波は迫りくる複数の真空波を迎え討ち、そしてそのすべてをかき消した。


『おおっとぉぉぉ! さすがは『極光の騎士ノーザンライト』、相手によってはこれだけでKOされかねない攻撃を、いとも容易く相殺したぁぁぁっ!』


 実況者の声が響き渡ると、一拍遅れて観客席から歓声が上がる。


 だが、俺が真空波を相殺している間に、『剣嵐ブレード・ストーム』は大きく距離を取っていた。この距離が彼の得意とする間合いであることは間違いなかった。


 俺は距離を詰めようとしたが、相手の技が先に放たれる。


真空嵐舞テンペスト!」


 彼の剣が高速で振るわれるたび、恐ろしい威力の真空波が生みだされる。この威力を見た今なら、先程の攻撃が牽制目的でしかなかったことが分かる。


『――警告。高威力の範囲攻撃を確認。回避不能です』


『分かってる』


 クリフの分析を待つまでもなく、それは明らかだった。緩急をつけて生み出された真空波の数々は面の攻撃となり、試合の間リングという限られた空間を埋め尽くす。


 もちろん、この魔導鎧マジックメイルの性能を考えれば、当たっても大したダメージは受けないだろう。相手の攻撃を食らいながらカウンターを叩き込むことは容易だ。


 だが、それは俺が考える剣闘試合ではない。


「っ!」


 俺は強化された腕力にものを言わせて、さっきよりも強力な真空波をぶつける。生身なら、一つ食らうだけでも大ダメージを負う真空波だが、今の俺なら同じ規模の真空波で迎撃することは可能だ。

 狙い通り、生み出した真空波は迫りきていた真空波にぶつかり、ともに消滅した。


 だが、『剣嵐ブレード・ストーム』の技量はその程度で凌げるものではなかった。


『警告。真空波の生成速度においてこちらが不利です。このままでは被弾します』


 クリフの警告が脳裏に響く。言われるまでもなくそれは明らかだった。俺がいくら真空波を相殺しても、その次の真空波が迫り来ているのだ。


 そして、さすがは専門特化というべきか、『剣嵐ブレード・ストーム』が真空波を生み出す速さは、強化魔法の援護を受けた俺よりもさらに上だった。

 俺も剣を振り、真空波を生み出し続けることで攻撃を凌いでいるが、お互いの真空波がぶつかるポイントは、どんどん俺に近付いてきている。


 そこで、俺は数度目の衝撃波ソニックブームを生み出して攻撃を相殺した後、鎧の機能を解放することにした。


「はっ!」


 弧を描いて両サイドから襲い来る真空波を前に出てかわすと、正面の真空波に叩きつけるように剣を振るう。それは今までと同じ動作だ。


「なに!?」


 だが、『剣嵐ブレード・ストーム』は驚愕に目を見開いていた。相討ちになったはずの俺の真空波が、奴の第二の真空波をもかき消して飛んできたからだ。


 それもそのはず、俺の真空波に合わせて風魔法が射出されていたのだ。攻性魔法による剣撃の強化。傍目には分からないだろうが、今までの真空波とは破壊力が段違いだった。


 信じられない、という表情を見せた『剣嵐ブレード・ストーム』だが、その反応速度は見事なもので、俺の真空波の軌道から上手く身を逸らす。

 それでも完全には避けられなかったのか、その頬に一筋の傷がついていた。


 それを確認した俺は、再び真空波を生み出す。威力をブーストされた剣撃は、『剣嵐ブレード・ストーム』をもってしても対処が難しいようだった。


 ただ、さすがは達人の域にいる剣士と言うべきか、彼は真空波を上手くぶつけることで、軌道をずらして直撃を避けており、まだ大きな傷を負っていなかった。


『これは凄いっ! 『極光の騎士ノーザンライト』が『剣嵐ブレード・ストーム』と真空波の撃ち合いをするなど、誰が想像したでしょうか!

 相手の得意分野で真っ向から戦う! これがランキング一位の実力だああああっ!』


 俺たちが真空波の応酬を続けてどれくらい経っただろうか。いつしか、俺たちの砲撃戦に巻き込まれた試合の間リングは半壊していた。


 なんと言っても、魔導鎧マジックメイルのアシストを受けた俺と、真空波に関しては右に出る者のいない『剣嵐ブレード・ストーム』の遠距離戦闘だ。通常の石畳が戦いの余波に耐えられるはずがなかった。


「……さすがだな」


 俺は素直に呟いた。筋力強化フィジカルブーストは別としても、魔導鎧マジックメイルの機能を使用して決着が付かないことは珍しい。それだけ『剣嵐ブレード・ストーム』が優れているということだろう。


 だが、いつまでも相手の得意分野に付き合う必要はない。


『ああっとぉぉぉっ! 『極光の騎士ノーザンライト』が攻め込んだぁぁぁ! 『剣嵐ブレード・ストーム』の真空波を正面から粉砕して突っ込んでいくぅぅぅ!』


 牽制と足止めのつもりで放ったのであろう真空波を立て続けにねじ伏せて、俺は『剣嵐ブレード・ストーム』との距離を詰める。


「くっ……!」


 一瞬で目前へ迫った俺を前にして、『剣嵐ブレード・ストーム』の顔に焦りの色が見える。真空波を軸に戦う剣士であれば、距離を詰められれば焦って当然だ。


 その隙を突いて畳みかけようとした俺だったが、ふと相手の動きに違和感を覚えて、咄嗟にその場を飛び退く。


 刹那、小ぶりだが鋭さのある真空波が、直前まで俺がいた空間を斬り裂いた。


「表情はフェイントか。……器用だな」


 『剣嵐ブレード・ストーム』の表情を見れば、今度は心から悔しそうな顔をしている。不意打ちに自信があったのだろう。


 『剣嵐ブレード・ストーム』は両手で長剣を振るっていたが、いつの間にか片手に短剣を握っている。それが今の不意打ちの源であることは明らかだった。


 だが、仕掛けさえ分かれば恐れることはない。長剣を振りかぶるモーションにばかり気を取られていたが、これからは他の得物にも気を配ればいい話だ。


 俺は再び距離を詰めると、手に持った剣を振り下ろした。俺たちが剣を打ち合わせるたび、硬質な音が辺りに響く。


 さすがと言うべきか、『剣嵐ブレード・ストーム』は接近戦闘の腕前も高レベルだった。懐に入れば脆いものと思っていたが、さすがはディスタ闘技場でも有数の剣闘士ということだろう。


 だが、それでも魔導鎧マジックメイルの敵ではない。『剣嵐ブレード・ストーム』が剣を振りかぶった瞬間、俺は突きを繰り出した。


剣嵐ブレード・ストーム』は真空波を撃つことに慣れているためか、剣を振りかぶるモーションが人よりも大きい。その隙をついたのだ。


 とっさに突きを弾いた反応はさすがだが、その代償に彼の剣が宙を舞う。だが、それだけで終わりではない。


 さっと短剣を構えた『剣嵐ブレード・ストーム』目がけて、剣を横に薙ぐ。『剣嵐ブレード・ストーム』は引きつった顔をしながらも短剣で受け止めたが、さすがに短剣では耐えられなかったのだろう。短剣もまた彼の手を離れ、カラン、と試合の間リングの石畳に落下する。


 その光景に、一万人を超える観客がワッと声を上げた。


 そんな中、俺は『剣嵐ブレード・ストーム』に剣の切っ先を向けていた。


「終わりか? ……手刀で真空波を生み出せるなら、まだ続けても構わんが」


「残念ながら、そこまで器用じゃねえよ」


 『剣嵐ブレード・ストーム』は笑いながら答えると、一転して神妙な顔つきになった。


「……負けだ」


 そして、静かに手を上げる。それは敗北を認めた剣闘士の動作だ。一時は静まり返っていた観客が、堰を切ったように歓声や悲鳴を上げる。


 まるで闘技場全体が叫び声を上げているかのような大音声が振動となり、鎧ごと俺を震わせた。


『勝者あぁぁぁ! 『極光の騎士ノーザンライト』おぉぉぉぉ!』


 実況者が宣言すると、観客たちはさらなる熱気を生み出す。その割れんばかりの歓声に、俺は腕を上げて応え続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る