金田さんと黒田さんと僕
はっしー
第1話 焼きそばパン
「焼きそばパン買ってこい」
昼休みになり昼食を取ろうと弁当を広げようとしたとき、隣の席の金田さんが僕を見て、いや睨みを利かせて言う。
「早く行ってこいよ。売り切れるだろ」
「......はい」
聞こえてはいたが僕に向けて言っていることだとは思わず斜め後ろの男子生徒を見ると静かに何度も頷いていて、そこでようやく僕に言っているのだと理解した。
買いに行く際お金はどうするのか、聞こうとしたがこれ以上遅くなるとさらに機嫌を悪くする可能性があるため、黙って購買へ。
「12時10分までに戻ってこいよ」
教室を出る際そんなことを言う。
しかし時間を確認すると現在12時5分。
ここから購買まで5分はかかるのでこの時点で無理難題だ。
そんな無理難題を課してくる金田さんは170cmはあるだろう身長に、金に染めた長髪、鋭い切れ長の目で言いたいことははっきり言い他者を近づけないオーラを放っている。
そんなクラスの女王に僕が抵抗できる訳もなく言われたことに従うしかないのだ。
もちろん、言いたいことが無いわけではない。
なぜ自分で行動しないのか、それが人に物を頼む態度なのか、なぜ僕なのか、他にも色々あり、正直腹は立つが言う通りにするしかなく、何よりこんな風に思っている事があるのに本人に言わずただ心の中に留めておくことにしか出来ない自分に一番腹が立つ。
――――
購買はお昼時ということもあり、パンを求める生徒であふれている。
僕はその中をかいくぐり何とか目当ての焼きそばパンを手中に収め、急ぎで教室に戻る。
時計を確認すると、12時20分。
すでに10分遅れている。
額に汗を滲ませ教室に着くと、先程よりさらに睨みを利かせて僕を見ている金田さん。
「......これ」
「遅い」
恐る恐る渡すとやはりと言うべきか、不機嫌に顔を歪め、雑に受け取り食べていく。
僕はそこでお役御免となり、ようやく昼食のお弁当にありつけることに。
しかし食べている最中隣から視線を感じ見ると、金田さんがじっと物ほしそうに僕の弁当を眺めていた。
「食べる?」
その視線に耐えきれず聞くと先程までの睨みを利かせた目では無く、輝きに満ちた目をしていた。
「その卵焼きくれ」
「はい...」
僕は最後に食べようと取っておいた卵焼きを箸で掴み、金田さんに近づけて気がつく。
金田さんは箸を持っていない、だからといって手に取って渡すのは衛生上あまり良くない。
つまりこのままだと僕が箸で掴んでいるこの卵焼きを、金田さんの口に運ぶ事になる。
どうしたら。
「早くしろよ」
僕が考えていることなど気にしてないのか思考を巡らせていることに苛立ったのか、怒気を含んで言う。
意を決し。
それを金田さんの口に運ぶ。
金田さんはそれを一口で食べゆっくりと咀嚼したあと。
「おいしい...」
言って機嫌を直したのか僕の後ろに座っている黒田さんと楽しそうに会話を始める。
因みに黒田さんはそんな僕と金田さんのやりとりを何も言わずただじっと見ていた。
――――
放課後。
教室では金曜日ということもあり、土日の予定を話し合っている生徒やこれから部活の行く生徒でまばらだ。
そんな様子を横目に静かに教室をあとにしようと席を立つ。
「明日暇だろ。ちょっと付き合え」
隣からそんな声が聞こえてくる。
気にすること無く歩き出した時、明らかな苛立ちを含んだ声が聞こえてくる。
「聞こえなかったのか」
そこで初めて自分に話しかけているのだと気づく。
「な、なに」
「なに、じゃねえよ。明日暇だろ」
「え、明日...ひー」
「ちょっと付き合え」
暇ではないと伝えようとしたが遮られ、強引に話を続ける。
「また夜でも連絡する」
「は、はい...」
それで話は終わったのか何も言ってこないので、教室をあとにしようと歩き出す。
「ちょっと待て」
終わったかに思われたがまだ何かあるらしく足を止める。
すると金田さんは何か言いたげに口をもにょもにょさせ、視線を彷徨わせていた。
普段の金田さんからは想像も出来ないその姿に何事かとその様子をじっと見ていた黒田さんに視線を向けるが私にも分からないと両手を顔の前にあげ、かぶりをふる。
しばらく待っていると口ごもりながら、聞こえるか聞こえないかほどの声量で。
「連絡するんだから、交換しろよ...」
「う、うん...」
言いながらトークアプリのQRコードをかざす。
すると友達に追加しますかと表示されたので「はい」を選択。
「夜。連絡するから」
「う、うん...」
言って今度こそ教室を後にする。
――――
自転車をこぎながら初めて見た金田さんのしおらしい姿に困惑しながら家ではなく、本屋に向かう。
友達がいなかったり金田さんにコキ使われて大変だけど何とか乗り越えられる理由があった。
それはラノベを読んだり、ゲームをしたり、アニメを観たりと、楽しみがあるから。
クラスに話す人がいなくても、ゲームでオンラインに潜れば話は出来るし、授業中や休み時間もアニメの続きやラノベの考察をすれば1人でいる時間も苦ではなくなる。
むしろ僕には有意義な時間を過ごして言ると言える。
そして今日は僕が愛読しているラノベの新刊の発売日。
浮き足立つ気持ちを抑えながら、自転車をこぐ足を回転させる。
――――
「あった...!」
ラノベコーナーに行くとさすが人気作なのか大々的に並べられていて、すぐに手にする事が出来た。
手にした瞬間気分が高揚したのを感じ、購入を済ませ帰路につく。
道中もうすぐ住んでいるアパートに着くという所で近所の公園に1人でしゃがみ込む少年の姿を見かける。
早く帰ってラノベを読みたい気持ちもあるが周りには誰もおらず、見過ごす訳にもいかずとりあえず話だけでも聞こうとその少年に近づく。
「君どうしたの。1人?」
こう言うときなんて声をかけたら良いのだろうと今更気づき、若干うわずった声が出たが、少年はふさぎこんでいた顔を上げ、僕を一瞥する。
目には涙を浮かべていて、何かがあったのは確かだろう。
「何かあったの?お父さんか、お母さんは」
「...いない」
少年は話を続ける僕を訝しんだが、涙が浮かんだ目を服の袖で乱雑に拭い言葉少なく答えた。
「1人で遊んでたの?」
「ともだちと...」
表情は暗いものの、僕の問いに言葉少なくではあるが答えてくれるので、なんとなく状況が掴めてくる。
「その友達と何かあった?」
その問いは少年の核心を突いたのか、肩をピクと跳ねて俯きながら話始める。
「公園でともだちと遊んでたけど、言い合いになってみんな帰っちゃった」
「話してくれてありがとう」
話を聞く限り友達とこの公園で遊んでいたが何らかの理由で言い合いになり、ショックを受けて泣いてしまったということだろう。
理由は分かったが少年はもう遊ぶ気分でもないだろうし、家に帰った方が良いだろう。
「家は分かる?」
促すと少年はその短い指を僕が暮らすアパートをさす。
「一緒に帰る?」
この距離なら1人でも帰れるかも知れないが、少年の精神状態を考えると一緒にいた方が良いと思い聞くと小さく頷く。
「よし。帰ろう」
少年の気分が少しでも上がるように明るく言うと、伝わったのか出会った時より少し表情が明るくなり、僕の手を引いてアパートに歩き出す。
小学校低学年ぐらいの少年に歩幅を合わし、アパートに着く。
「名前は?」
「くろだ」
そういえば聞いてなかったと、このタイミングで聞き一階のエントランスで「くろだ」を探す。
1つずつ見落とさないよう見ていき、やがて「202黒田」を見つけ僕の隣の部屋だと分かる。
――――
「ここで合ってる?」
「うん」
部屋の前に着き、黒田少年に確認すると返事をし、頷く。
一応家の人に事情を説明した方が良いだろうとチャイムを鳴らす。
しばらくするとパタパタと、スリッパの音が中から聞こえ家に主が出てくる。
「あれ、小田?」
家の人に挨拶しようと喉から出かかった所で名前を呼ばれ、出かかった声が引っ込む。
中から出てきたのは同じ制服を着た、席が後ろの黒田さんだった。
「黒田さん?」
状況が掴めずお互い顔を見合わすが僕の手を掴んでいる少年に気づき察する。
「おねえちゃん!」
少年は玄関が開いたと同時に勢いよく抱きつきしがみつく。
少年に抱きつかれた黒田さんは何かを言おうとしたが諦めたのか、ため息を吐く。
――――
「で、ここまで連れてきてくれたと」
「う、うん。そうだね」
事情を説明し、僕は帰ることに。
黒田さんに見送られる形でそのまま僕の部屋でもある隣の「201」の扉を開ける。
「いや、ちょっと待って」
「ん?」
それまで見ていた黒田さんが待ったをかける。
「隣の部屋なの?」
「......あ」
何の気なしに部屋に入ろうとしたがそこで僕も気づく。
「偶然だね。あはは」
渇いた笑いと共に言うと黒田さんはあきれたような表情を浮かべ「まあいいや」と言い。
「今日はありがとう。弟がお世話になったよ」
「い、いや。それじゃあ...」
言って部屋に入ろうとすると。
「ばいばい」
小さく手を振る少年。
それに僕も手を振り今度こそ部屋に入る。
――――
その日の夜。
晩ご飯を食べ、自部屋で買ったばかりのラノベを読んでいると、携帯が鳴り、確認すると。
(明日13時。ショッピングモール正面入り口集合)
絵文字も何もない端的な文字がトークアプリに表示されていた。
色々あって忘れていたが確かに今日、金田さんに言われていた。
(了解しました)
返事に悩んだ末簡潔に返した方が良いだろうとこの文を送った。
「そうだった...」
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