総集編ある探偵の虚構事件簿ー探偵再始動ー

狂歌

本編

 ページ1自殺願望少女


 時々色々考えてしまう。

 この世で一番苦しまず、手っ取り早く死ねる方法はないかと。

 これを時々考えるんだけど、結局いつも同じ考えに辿り着く。

 よく使われるのは、首吊りや入水に薬、それに飛び降り。

 首吊りは、うまくやれば、一瞬で苦しまずに死ぬことがあるけど、場所を探すのが一苦労だし、もし見つかったとしても、遠すぎるから却下。

 入水は手っ取り早い……が溺れ死ぬのはとてつもなく苦痛だそうだ。

 例える事すら、できない苦痛を味わいながら死ぬのは流石に嫌なのでこれも却下。

 なら薬で逝くのは?

 これは気持ちよく殺してくれるけど……買うのが困難すぎるから却下。

 と、したら最後に残った死に方は飛び降りだけど、これもダメ。

 飛び降りた寸前はもう解放された感が出てくるが、落ちた後運が悪すぎると、激痛だけ味わって、病院で生き返すかも……。

 そして災厄、機械に繋がれて一生起き上がれない。

 だからこれも論外。

 これらすべてを選択肢から消し、導き出した答えは、薬からの入水……睡眠薬を飲み干して、眠気に襲われ、気を失った瞬間、水に飛び込めば、苦しまずに死ねる。

 薬は偶然だが家にあった睡眠剤を使う。

 何個飲めばいいか分からないから2個持ってきて、ポケットにしまってある。

 場所は人に知られたくないので、人気が少なく、尚且つ死んだらすぐ流されるように真夜中の橋で。

 今までは考えるだけだった……けど、もう今は違う。

 だって、私……氷室は今、その橋から入水自殺を測ろうとしていたからだ。




 辺りが真っ暗な時間、隣の区へと続く橋の歩道に設置されている岩製の柵に一人の少女が座っていた。

 その容姿はまるで人形のような肌に、細々とした体で、強い風が吹いたら吹き飛んでしまうのではないかと思ってしまう。

 服装はどこかの学校の制服であった。

 その少女は無表情で何を考えているかわからないが、視線は一点をずっと見ていた。

 その見ている方向には、大きな川が流れていた。

 その川の少し先には大きな白い壁があり、そこから川の水が流れ落ちていった。


 数分後、少女はゆっくりと柵の上に立つと同時に心地いい風がヒューっと少女の体を通り抜けていく。

 勢いが強く少しバランスを崩せば、真っ逆さまに落ちるぐらいだ。

 履いていたスカートを押さえ、風が止むのを待つ。

 今から死ぬとはいえ、スカートの中を見られるのは正直恥ずかしい。

 少しして、風が止むと、腰まである髪の毛を手入れし、少女はスカートのポケットから一粒の薬を取り出す。

 自殺用に買っていた睡眠薬である。

 一粒飲めば、数分後には効果が現れ、プチンっと意識が消えるらしい。

 少女自身、まだ使った事がない。

 まさか、自殺のために使われるとは、製作者は思いもしなかっただろう。

 薬を少し見つめると恐る恐る口へと持っていく。


「自殺なんてしない方がいいですよ」

「……え?」


 まさに自殺しようとする後ちょっとの所で、後ろからとても優しそうな声が聞こえる。


 少女は少し驚きながら、少し顔を横にし、目で見てみる。

 

 さっきまで誰もいなかった場所にいつの間にか一人の人がいた。

 横目でチラッとみると、角度的に顔は見えず、首の下は確認できた。

 足まである黒のコート、その下は黒と白を基調としたスーツを着ていた。

 そして首には不思議な首飾りをつけていた。

 クリスタル状の飾りが吊るされており、そのクリスタルは青色をしており、とても綺麗な首飾りだった。

  


「……自殺? 何のことです?」 


 見ず知らずの通りすがりの男に指摘され、咄嗟に少女は誤魔化したが、男は微笑んだままこちらを見つめていた。

 ここで自殺をする事が当てられて、少女は少し戸惑っていたが、表情に出さず、やり過ごそうとする。

 流石に警察を呼ばれるのはこっちにも困る。

 せっかく人がいない時間を何とか探し出した為、ここを警戒されると、しばらく自殺できない。 


「何の事って……誤魔化してもダメですよ」


 そう言いながら、後ろにいた男が私の方にジリジリと近づいてくる。

 突然だった為私は少し身構える。

 私の隣に着くと、男は柵にもたれかかり、頬杖をし、私の目を見つめてきた。

 男の顔を見つめると、仮面がつけられていた。

 そして男の仮面の中にあった青の中に少し黒が混じった瞳を見つめている。

 そのままジッと私は男の瞳から、顔を見つめている。

 

「誤魔化してない……」


「……その手に持っている薬は市販で売っている睡眠薬、一錠飲めば数分後に効果が現れる優れもの」

「その為、自殺に使われる事が多くなった為販売中止になった」


「……」


 男の角度からだと、うっすらしか見れないのに、薬の性質を当ててくる。

 薬の詳細を当てられ、私は咄嗟にに持っていた薬をポケットに隠そうとした時、男が素早く私の手首を掴むと、自分の方に持ってくる。


「手荒な事をすみません……すみませんついでに、この手のひら……開いてもらってもいいでしょうか?」


 掴まれた手を引っ込めようとしたが、うまく力が入らず、引っ込めることができなかった。

 この細い腕のどこにこんな力があるのか、少し不思議に思ってしまった。

 そして、力を入れられているはずなのに、痛みが無く、不快な気持ちにならない。

 いきなり掴まれた私は少し驚いたが、少し考え、定番のセリフを呟いた。


「断る……」

「そう……ですか」


 すると、仮面の男はゆっくりと離すと、少し下がる。

 そう簡単に離すと思っていなかった雪季は少し驚き、表情に出るが、少し立ち、無表情になる。

 ここでは死ねないと思い、雪季は柵から降りると、置いていたカバンを持ち、歩き出す。

 少し歩くと、男が気になり、後ろをみると、仮面の男は雪季の方をずっと見つめていた。

 雪季はその視線を気にせず、また歩き始めると


「あ、そうだお嬢さん〜」


 走る音が後ろから聞こえてくると同時に雪季を呼ぶ声が聞こえ、また振り返ると、仮面の男が近づいててた。


「?……まだ何か用でも?」


 そう言い放つと、ものすごく嫌そうな顔をしながら仮面の男の方を見つめる。


「今から帰られるなら、送りますよ……夜は色んな人がいますから」

「お断り」


 仮面の男の提案を即座に切り捨て、早歩きで去っていく。


 仮面の男から離れて数分経つ。

 そそくさと歩き続けていると、住宅区の中心部へと来ていた。

 心地いい夜風が少女の体を通り抜けていく。


「……」


 今日死ねなかったなぁ……っと少し寂しげに思うと、ポケットにあった薬を取り出すと、じっと眺めていた。

 じーっと眺めていると、頭の中に一つの疑問が浮かぶ。

 あの時、少女の腕を掴まれた際、仮面の男は一切力を使っていなかったのに、何故振り払えなかったのだろうか。

 あの時掴まれた感覚ではなく、こう、まるで少女の腕が仮面の男と同化していた……そんな感覚だった。

 ふと、掴まれた場所の袖を捲り、見つめるとそこには掴まれた跡がなかった。


「……不気味……」


 そう呟くと、袖を直し、歩き出すと、後ろに違和感を覚え、チラッと横目で見てみると、誰かがつけていた。

 暗くて容姿はよく見えないが、少女はひとつ心当たりがあった。

 その心当たりとは先程の仮面の男であった。

 少女は小さくため息をすると、歩くスピード上げていく。

 どうせしばらくしたら離れるだろうと思い、家の近くまで歩くが、まだ後ろに気配を感じる。

 流石に家を知られたくなく、途中で道を変え、路地裏に入ると一気に振り返る。


「あの……いい加減にしてください、付き添い入らないっていいましたよね?……警察呼び……ます……」


 そこまで言うと、言葉が詰まった。

 少女の景色には、仮面を着け、黒のコートを着た男……ではなく、別の人物だった。

 普通ならここで人なら、安堵するが、少女の瞳に写ったモノは、果たして人と呼んでもいいんだろうか……。

 そのモノは容姿は人だ。

 ジーパンに白のTシャツを着たごく普通の人に見えるのだが、その上……頭部はこの世の物とは思えない形だった。

 首には自殺で使用したのか、首吊り用のロープが巻きついており、顔面は黒い塵状のモヤがあり、そこから不自然に目や口などが出たり入ったりを繰り返していた。

 未知なる生物を見た少女は恐怖の表情をし、ゆっくりと数歩後ろに下がる。


「な……何……貴方」


 何とか声を絞り出す事が出来、質問する。

 すると、怪物は少女の方をジロっと、まるで獲物を見るかのような目で見つめる。

 その視線を向けられ、少女は無意識に鳥肌が経ち、悪寒が現れ始めた。


「〇■■■?」


 突然怪物の方から声が聞こえたが、何を言ってるのか、理解が出来なかった。

 何かこの世界の言語ではなく、全く未知の言語で喋りかけていた。

 少女は恐怖でゆっくりと後退りをすると、逃げると察したのか、先ほどの言葉を言いながら、こちらにジリジリと近づいていた。

 

「……に……逃げなきゃ」


 流石にこのままではヤバいと思い動こうとするが、足がゆうことを聞かず、震えている足を思いっきり少女は叩くと、前を向き、走り出す。

 少し走り出し、角を曲がり、振り返ると、さっきの怪物が追いかけてきていた。

 追いかけてくると知ると、少女はまた走り出す。

 少し走りすぎて、息が上がり、目の前がクラクラっとし出していると、瞳に建設予定のマンションがあり、そこに逃げ込む事にした。

 建設ならば、隠れる場所はたくさんあり、凌ぐ事もいい。

 少女は出来上がっていた一室に入ると、息をひそめる。

 

「○◼️◼️◼️?」

「ッ!」

 

 しばらく身を潜めていたが、扉の方から怪物の声が聞こえ、一瞬、少女はビクッと体をびくつかせると、息を止める。

 ドクンドクンと静寂した世界で自身の心臓が大きく聞こえる。

 チラッと扉に備え付けられていた窓を見てみる。


「?!」


 扉の前に、怪物が立っており、ドンッ!と扉を叩きつけていた。


 少女は目をつぶり、耳を塞ぐ。


 私はなんで……なんで隠れているんだ?。

 その時だった。

 頭の中にその言葉が生まれた。


 私は死にたかったはずだ。


 自分じゃ死ねないのなら、誰か……そう例えば今扉の前にいる怪物に。


 すると、少女はゆっくり立ち上がると、フラフラと扉の前にあるきはじめる。


「〇■■い?」


 扉に近づく度、怪物の言っていた言葉が理解出来てきた。


「〇■たい?」


 そう……貴方は、私を。


「〇にたい?」


 私を……この灰色がかった孤独な世界から


「死にたい?」


「殺してくれる?《救ってくれる?》」


 その瞬間怪物は不気味な笑いと笑みを浮かべ、扉越しから少女を見つめていた。


「救うよ」


 その言葉を聞いた時、少女の目は正気を失い、ゆっくりと、扉に手をかけようとする。

 怪物は扉が開くのを今か今かと待っている。

 その時だった。

 怪物は何かを察知したのか、勢いよく、横を見る。

 そこには、1人の仮面をつけた男がいた。


「やはり……尾行して正解でしたね」

「?……ッ!」


 怪物はその人間を見つめるやいなや、体から危険信号が発信し、一気に仮面の男から、離れる。


「……夜、人気が居ない道路に現れ、死にたい人に恐怖を覚えさせ、密閉された場所にその人物を入れる」

「そして、ゆっくりと恐怖を与えると、音を立てて、暗示……そして人に死を強調する。」

「キサ……マ……ナニモノ」

「……通りすがりの探偵ですよ」

「タンテイ……」

「何故、死を強調させ、殺そうとする」

「シンダホウガ……スクイニナル……ダロウ」


 怪物の言っている事は……情けないが、少しわかる……。

 死は救済だと掲げている人達は大勢いる。

 だが。


「死にたい人間に救いを与えるのなら、死んだ方がいい……一理あります……ですが」

「……死を強要……それは救いではない」


 その時、腹にも響くような咆哮を出し、鋭い無数の眼球が探偵を見つめると、怪物が探偵目掛けて、高速ダッシュで接近する。


「そんなものはタダの幻想……あなたの思想の押し付けです」

「うガァぁぁぁぁ!!」


 怪物が探偵とそんなに遠くない距離に近づいた時、二発の発砲音が辺りに響き渡ると同時に、怪物が探偵を通り過ぎていく。

 しばらくそのまま両者振り向かず、その場で止まっている。

 次の瞬間、怪物の方から何かが崩れる音が現れ始めた。

 その音を聞いた探偵は咄嗟に取り出した銃を懐にしまうと、怪物の方を向く。

 崩れる音の正体は、怪物の体が崩れていく音だった。

 しばらくし、完全に塵と化した。

 その姿を見届けた探偵は、怪物がいた場所に合掌し、お辞儀をし、少女の元に行く。

 少女がいた場所の扉を開けると、気を失い、床に倒れ込んだ少女を発見し、抱き上げると、その場を去っていく。


 ページ2その瞳、深き闇


 怪物の完全消滅を見届けた僕は、少女がいるであろう部屋の前にくると、扉を開ける。

 扉を開けてすぐ目の前に少女が気を失って倒れていた。

 少女の手にはロープがあったが、怪物から作り出されていたので、怪物と同じように塵となっていた。

 どうやら間に合ったようだなっと思いながら、そっと胸を撫で下ろす。

 このまま家に連れて行きたいが……流石に分からない。

 いや、調べる手段はあるが……。

 チラッと少女から少し離れて置いてあった鞄を見つめていた。

 鞄の中を探れば彼女の住所が書かれている物が見つかるはずだが、流石に女性……しかも見た所高校生か中学生ぐらいの体格だ。

 それにこの姿でこの子を抱えたら暁には、見た人に変質者と思われてしまう……まぁ否定はしないが。

 そうこう考えているうちに、遠くからサイレン音が響き渡っていた。

 多分先程の発砲音を誰かが聞いて通報したのだろう。

 ここに居たらまずいな……。

 僕は警察が到着する前に撤退しようと、少女の鞄と少女を姫様抱っこをし、急いでこの場を離れる為少し先に止めていたバイクに向かう。

 バイクに到着すると、バイクに着いているサイドカーに少女を乗せ、その場を離れた。

 しばらく運転し、僕の経営する事務所に着く。

 事務所はビルの中の一室を借りている。

 バイクをビルに備え付けてある駐車場に停めると、サイドカーに乗せていた少女を抱っこし、エレベーターで四階に向かう。

 少しして四階に着くと、エレベーターから降り、道に沿って真っ直ぐ進むと一番隅に扉があり、扉には、泉導探偵事務所っと書かれていた。

 事務所に少女を入れると、置いておいたソファーに下ろすと、机を挟んで1人用のソファに僕は腰を下ろすと、少女の目が覚めるまで待つことにした。




 〜少女〜




 五畳ある部屋の中、男の大きな罵声が響き渡ると、バンッ!と何かを叩くような音が聞こえた。

 それと同時に、私の視界は男の姿から、私の隣にあった鏡が視界に映り出した。

 映り出した鏡には傷だらけの私が写っていたのだが、真新しい傷がもう一個増えていた。

 その傷を見た時、私はさっきの音がなんの音か分かった。

 頬は赤く、勢いよく叩きつけられたせいか、少し腫れていた。

 どうやら殴られたと分かると、痛みで弱った体を起こし、男の方を見る。

 男は息が上がっているのか、荒い呼吸をし、肩を激しく上下に揺らしている。

 そして、男の目は血走っており、まるで薬物でもしているかのような。

 そして男はずっと何かを訴えてるかのような、口の動かし方をしていたが、何を言っているのか、私には分からなかった。

 それからしばらくお腹を蹴られたりと、暴力を振るわれていると、一瞬暗闇に戻り、少し光が入ってくる。

 ふと、目を開いてみると、見知らぬ天井が見えると同時にテレビの音が聞こえてくる。

 目を擦りながら、ゆっくりと体を起こすと、さっきまでのが夢だと認識する。


「お、やっと起きましたか」


 少女が聞こえた声の方向へと、顔を向けると、少女はその人物を見た事があった。

 それは、先程自殺をしようとした際止めてきた仮面の男だった。

 仮面の男は座っていたソファから離れると、飲み物を取りに向かう。


「……ここは」

「ん?……ここは私の事務所……だったものです」


 仮面の男が飲み物を持ってくると、甘いジュースを少女に渡し男は、ソファに座ると水を飲む。


「……事務所?」

「ええ……あ、まだ自己紹介まだでしたね」


 仮面の男が懐から一枚の紙を取り出すと、少女に渡す。

 どうやら名刺のようで、紙には泉導探偵事務所っと書かれていた。

 その名刺を見た少女は名刺と仮面の男を数回見ると、嘘だろ……っと訴えている目を向ける。


「泉に導くと書いて、泉導せんどうれいと申します……以後お見知り置きを」

「探偵……その格好で?」


 黎は不思議そうに首を傾げると、「怪しいですかね?」と、自分を見つめる。

 本人はどうやら、普通の服装だと思っているらしいが、一般の人から見ると、妖しさ抜群の格好である。

 どうやら黎本人はあまり気にしていないようだった。


「……まぁ……怪しい」

「なるほど……少し服を変えてみますか」


 いやそこ?っと心の中で少女はツッコミを入れる。


「……あ、そうだった……自己紹介されたので私も……私は氷室ひむろって言います」

「氷室さん……ですね、覚えました」

「にしても……無事でよかった」


 後数手、遅れていたら彼女はあの怪物の餌食となっていただろう。

 だが、口が裂けても尾行していた事は言えないな……と、心の中で黎は誓うのだった。

 すると、氷室は黎が用意した暖かいココアの入ったコップを持つと、少し口に運ぶ。

 

「あの……私が会ったあの化け物は……」

「あー、あの虚構物フィクショナーズは、私が祓っておきましたので、ご安心ください」

「え」


 少し驚いた声のトーンに少し困った顔の表情で漏らすと、不思議そうに氷室は首をかしげる。

 その姿を見た黎も一緒に首を傾げていた。

 その姿から察するにどうやら聞きたかった事と違ったようだ。

 しばらく氷室は腕を組むと、考える素振りをし、少し経った頃顔を上げ黎を見つめる。


「……フイクショナリーズって……なんですか?」

「フィクショナリーズとは、数年前から現れた謎の生物ですね、世界各国に現れ、どこに出るかも分からない……そして虚構という言葉通り、この世のならざる物達、いわば空想の存在がこの現世に顕現する……といった物です」


 今回氷室が出会ったのは、死んだ人間の魂が何かの恨みによって怨霊と化したフィクショナリーズだった。

 だが、だとすると、少し気掛かりがあるが、今は考えないよう、頭の片隅に置く。

 どうやら、氷室は箱入り娘なんだろうか……一般常識を知らないとは……っと黎は思ったが、それを口に出さず、微笑みながら問いかけられた質問を答える。


「……そうでしたか……」

「では、今日は夜遅いので、止まっていってください……朝に送りますから」


 そう黎が言うと、氷室は獣を見るかのような鋭い目つきで黎を見ると、ソファの後ろに隠れる。

 

「えっと……安心してください氷室さんはここで寝てください……私はそこの扉の前にいますので」


 そう言うと、黎は事務所の出入り口の扉を指でさすと、チラッと氷室の方を見つめる。

 そして、焦っていたせいか、声がうわずってしまった。


「……信用してないので、どうぞご勝手に」


 声がうわずってしまった事を呪いたい……余計警戒させてしまったらしい。

 その証拠に目つきプラス殺気が見えるくらい出ていた。

 その瞬間、黎は氷室の瞳と目が合う。

 その瞳は、深淵よりも深い闇で覆われており、何処か、不思議な感覚になる。

 そして、見つめているだけで、意識が吸い寄せられそうになるが、ブンブンと頭を振り、正気に戻る。

 その後、黎が事務所から出ていこうとする。


「あの……一つ聞きたい事が」

「?……はいなんですか?」


 氷室に呼び止められた黎は、ゆっくりと氷室の方へ顔を向ける。

 

「……なんで自殺しようとしてたのか……聞かないんですか」

「聞きませんよ……自分からね」

「……なんで……」


 そう言われると、黎はんーっと声を漏らす。

 少しすると。


「……人には言いたくない事の一つや二つありますからね……自分から言いたくなった時にいいですよ」

「実際僕にも言えない事の一つや二つありますからね」

「……」


 しばらく部屋中に静寂の空気が漂うと、黎が「では、おやすみなさい」っと言い放つと、事務所を出ていく。

 黎が出ていった後も氷室はずっと黎がいた場所を見つめていると、やっと我に帰ったのか、辺りを見渡す。

 

「……見た目に反して……いい人……信じても……いえダメ……人なんて信じても裏切られるだけ」


 その声には諦めの感じさせられる音程だったが、どこかしら、悲しさが混じっていた。

 そしてそのまま、氷室はソファに横になると、丸まって眠りにつく。

 

「……殴られるかな……明日」


 ページ3思いがけない来客


 朝日が事務所の東の窓に差し込み、暗かったリビングに三本の光が現れる。

 三本の光のうち真ん中の光がソファに当たると、そこで寝ていた氷室ひむろの顔に当たり、氷室は唸り出す。

 目が覚めたのか、ゆったりと体にだるさがありフラフラと起き上がると、壁にかけていた時計を見る。

 時間は朝の7時になっていた。

 時計を見た後、かけていた毛布を顔まで覆うと、二度寝をしようとする。


「……」

「氷室さーん?起きられましたか?」

 扉の向こうから、探偵――泉導せんどうれいの声が聞こえてきた。

 その声を無視して、再び眠りにつこうと氷室目を閉じた。


「氷室さん起きてるんじゃないですか……ダメですよ二度寝は」


 ……結論から言うと、二度寝を阻止されてしまった。

 どうやら布の掠れる音が聞こえたんだろうか……それか、返事が無かったせいか、慌てて、「大丈夫ですか?!」っと、朝には聞きたくない程の声の声量を出し、入ってくる。

 だが、布の音が聞こえたとしたら、耳がよすぎる。

 これじゃ寝れないな、と察した氷室は体を無理やり起こすと、脱ぎ散らかした靴を履く。


「……もう少し寝かしてよ……」


 朝早くのせいか、声が死んでおり、いつもの低音が更に深くなっていた。

 それもあるのだろうが、声のトーンからイラつきを感じる。

 相当朝が弱いのだろう。


「ダメですよ……早く出て、学校の準備をしなくては行けませんから」


 黎がいい切る直前に氷室の方を見つめると、氷室の表情は無表情のままだが、少し暗くなっているように感じた。

 それに、微弱だが、少し震えている気がした。

 少しして、震えが止まると、元通りの表情になる。


「……貴女にそこまで心配される筋合いはない……」


 いつもの無機質のような声色から、少し怒りを込めたようなトーンで言い放つと、黎を睨みつける。

 

「……そうでしたね……すみません」


 そしてしばらく、事務所内に重い空気が漂ったていた。

 ふと、時間を見ていると、もう少しで8時になりかけていた。


「では、氷室さんそろそろ」


 そう言いながら彼は、壁にかけていたコートを手に取る。


「……着いてこなくて結構です」

「……わかりました」


 これ以上言っても彼女は首を縦に振る事はなさそうと思った黎は、何も言わず、了承する。

 氷室はそのままソフアから立ち上がると、置いていた鞄を持ち事務所の玄関まで向かう。

 彼女がドアの取手に手を触れようとした。


「……氷室さん」


 さっきまでのとても穏やかな声がいま、真剣そうな声にかわった。

 だが、その声の中に優しそうな感じは残っていた。

 そう黎が言うと氷室はゆっくりと黎の方へ、顔を向ける。


「もし、何かあったら、私を呼んでください……絶対助けに向かいます」

「……絶対?……助ける?」


 ゆっくりと彼の顔に着いていた仮面を見つめると、チッと舌打ちの音が部屋中に響き渡る。

 

「……私を助ける……ね、あなたもゴミ《あいつら》と同じだったんだ……」

「あいつら?」


 先ほどの睨み付けが、さらに鋭くなり、イラついているのか何度も地面を蹴り付けていた。

 氷室の言い放つと、彼の胸ぐらを掴む。


「……あんな大人達と違うと思った私が馬鹿だった」


 掴んでいた手を勢いよく離すと、また一つ舌打ちをし、事務所を出ていく。

 掴まれた胸ぐらを整えると、彼女が出ていったドアを眺める。



 〜氷室〜


「……ただいま」


 事務所から出ていった30分後、実家にたどり着いた。

 にしても、帰ってくるのに社会人や学生の通勤時間にぶつかってしまい、人の波に飲まれていた。

 もう二度とこの時間に出歩かないどこ……っと心の中で決意する。

 家の玄関を開けると、履いていた靴を脱ぎ捨てる。

 リビングに足を踏み入れたその次の瞬間。


「ッ」


 横腹に強烈な痛みが襲うと同時に勢いよく壁に叩きつけられる。

 私はそのまま壁伝いで、地面に座り込む。

 

「おい……癒樹ゆき、何してたんだァ?こんな時間までヨォ!」


 男は私の名前を言うと同時に私のお腹に蹴りを入れ込む。

 男はまた酒を飲んでいたのか、手元にはお酒の缶を持っていた。

 私は少し咳き込み、男の方をじっ見つめた。


「ごめんなさい……伯父さん」


 息が上手く吸えなく、少しか細い声で言う。

 

「ごめんじゃねぇんだよ……俺がどれだけ待ってたかわかるか?こっちはなぁ……ずっと立ちっぱなしだったんだよ」


 自身の下半身を押さえながら言い放つ。

 どうやら今回は仕事とかのストレスじゃなかったようだ。

 

「ごめんなさい……」

「オメェはヨォ、それしか言えねぇのかぁ?!」


 伯父は持っていた缶を私に勢いよく投げつけてくる。

 缶は私の包帯が巻かれた眼帯に直撃すると、伯父は私の腰まである髪の毛を乱暴に掴むと、ひっぱりあげる。

 

「時間も守れねぇなら……もう一度体に教えてやるよ……その目のようにな?!」


 伯父はそう言い放つと私の顔面に数発、拳を入れると、そのまま私の顔を何度も何度も叩きつける。 

 地面に叩きつけられる度過去の走馬灯が流れ始める。

 しかし流れたのはロクでもない人生だった。

 学校では先生や生徒から過酷なじめ、伯父からの性暴力、本当の親からは捨てられた。

 せめていい思い出があって欲しかったなぁ。

 そうこうしていると、段々と視界がぼやけてくる。

 伯父に何発か貰った時私は先ほどの探偵–−黎の言葉が頭をよぎる。

 『絶対助けます』。

 助けますか……。

 すると、髪の毛が引っ張られる感覚がする。

 視界はぼやけてて良く見えないが、目の前には伯父がいる事は分かった。


「やべ、やりすぎたなぁ……まぁ口は動くだろ」


 伯父が歩き出すと、私の髪の毛を引っ張り、リビングの隣にある寝室に引きずっていく。

 そのまま敷いていたボロボロの布団に私を投げ入れる。

 これ本格的にヤラれるな……自身の死と貞操の危機を悟り、私は目を瞑った。

 本当……クソみたいな人生だった……もう思い残す事はない。

 嗚呼……やっと自由に。


「やめ……て」


 は?


「あ?」

「おね……がい……許して」


 何言ってんの……私は。

 私は……心の中で驚いた。

 自殺をしようと何度もあったこんな世界から、生活から自由になれるのに……。

 その時、私の頬に絶対に流れるはずのない……温かい液体が伝わってくる。


「く……くはは!いいねぇいいねぇ……こっちの表情が燃えるんだよなぁ!」


 伯父は私を勢いよく押し倒し、私の懇願などを無視して、私に襲いかかってくる。

 私は何度か抵抗しようとした。

 しかし、やはり大人と子供じゃ力の差がありすぎて、歯が立たなかった。

 挙句の果てに手足を拘束される。

 もうここまでか……そう察した。

 その時。


「あの〜すみません〜」


 玄関の方から男の声が聞こえてくる。

 その声を聞いた伯父は焦った表情し、玄関の方を見つめる。

 近所の誰かが通報したのかと思った伯父は私の口にガムテープを貼り付ける。

 押入れの中に放り込む際、伯父は「声出すなよ」っと言っているかのように私の目を見つめると、押し入れを閉める。

 

「あーい、すぐいきまぁーす」


 さっきまでのドスのきいた声から、優しそうな声に戻し扉の奥にいる男に返事を返す。

 その際に地面についてた血を拭き取ると、玄関を開ける。


「おあ!……な、なんですかあなた」

 

 玄関を開けると、そこには仮面をつけた男が立っていた。

 男は、扉が開いた事に気がついたのか、下に向いていた視線を伯父の方へと向ける。


「あ、どうも〜……私はこういうものでして」


 そういうと、スーツの懐から名刺入れを取り出すと、一枚伯父の方へと渡す。


「えーと……いずみ……みちびく?」

「あ、泉に導くと書いて、泉導せんどうれいって言います」


 その声の主は、来る事なんてない……男が、今玄関にいた。



 ページ4救い


 外で話そうと思ったが、長引きそうと思った黎はその後氷室の家へと上がり込む。

 玄関には靴箱はなく、靴がそのまま出しっぱなしであった。

 内装は木製の壁が囲んでおり、左右に1つずつ扉がある。

 廊下は直進的で、奥には扉があり、伯父と黎はその方向へと向かう。

 扉を開けると10畳あるリビングが現れる。

 リビングには特にこれといった物はなく、入って右側には棚がひとつ、左には机と椅子があった。

 机には酒の瓶が散乱しており、綺麗好きでは無さそうだ。

 それどころか、部屋を見渡すとあまり掃除が行き届いていない……では表せないくらい汚い。

「ささ、こちらへ」っとリビングに置いてある椅子に黎を招くと、椅子に座る。

 奥から伯父がお茶を出してくると、1つを黎の前に置き、もう1つを自身が座る席に置くと座る。


「これはご丁寧にありがとうございます」


 置かれたお茶のコップを手に取り、口に含む。

 冷蔵庫が壊れていたのか、置いてあったのか分からないが、ぬるく、なんとも言えない気分となる。


「えっと、それで探偵さんが何故ここに?」

「あ、実は昨日こちらの御息女を夜に見つけたんですが、意識がなく、それで少し預かっていて、朝起きたら自分で帰ると言い出し、心配になって……」


 話していて黎は自身の中で、あれ……これはたから聞いたらヤバい奴なのでは?っと思い、訂正しようとした。


「あ、それはそれは……うちの子が……」


 反応するかと思っていた黎は身構えていたが、塑像していたより、結構あっさりだった。


「来てもらって申し訳ないのですが、まだ娘は帰ってなくて、」

「あ、申し遅れました私は長谷川って言います」

「長谷川さん……ですね、よろしくお願いします」


 お互いに座ったままお辞儀をする。

 その後残ったお茶を黎が飲み干す。


「そうだったんですね……では少し待たせてもらってもいいですか?」

「え?……ええどうぞ」


 ちらっと黎が長谷川の方をチラッと見つめる。

 一瞬、長谷川の表情が曇る姿を見ると、彼の視線が少し、黎の後ろに設置されているドアの方を見つめている気がした。

 少しして黎の視線に気づいたのか、さっきのにこやかな表情に戻る。


「所で……その」

「?」


 長谷川から声がし、目で見つめる。

 チラッチラッっとこっちの様子を見ているようだ。

 しばらくしていると、さっきの続きを言い出す。


「あなた……本当に探偵……なんですか?」

「この見た目ですが、探偵ですよ」


 確かにこの見た目で探偵とは無理がある。

 どこの世界に仮面を付けた探偵がいるんだ。

 いや、いるはいるかもしれんが……。

 長谷川が不審がるのも分かる。


「探偵って事は……推理したり、事件を解決とかを?」

「いえいえ、今はそういう事はやっておりません」

「今は?」

「ええ、ちょっと諸事情で、探偵業をおやすみしておりまして」


 そう呟くと、照れくさそうに頬をかく。


「何故おやすみを?」

「……それは秘密です」


 そう黎が答える。

 その声には少し哀愁感があった。


「ですが、推理は出来ますよ」

「例えば……氷室さんの場所とあなたの所業とかね」

 今までぎこちなさそうな笑みを浮かべていた長谷川だったが、黎の一言で一変。

 目を見開き、表情が固まっていた。

 額にはひっそりと汗が流れる。


「な、何のことでしょうか?」


 そう呟くと、黎はつけていたネクタイを緩めると、「まず一つ」と言うと同時に一本指を立てる。


「私の推理の結果を」


 そう言い出すと私は考え出した推理を話し出す。


「まず氷室さんは間違いなく帰っています……では何故この家の中に居ないのかそれは何処かに隠されている」


 そう言うと黎はチラッと後ろの寝室に繋がる扉を見る。


「そして何故隠す理由は……長谷川さん貴方が彼女を虐待していて隠したのです」

「何を馬鹿げた事を……そんな証拠無いでしょう?私は氷室の事を可愛がってますよ」


 長谷川の声がさっきと同じく優しい声色なのだが、少しずつ怒りの声色になっていた。


「そもそも虐待した証拠や氷室がこの家に居るって証拠あるんですか?」

「……先程あなたは帰ってないと言いましたね?」

「え?……ええ言いましたけど……」


 長谷川が答えを聞くと、視線を長谷川から右側へと向ける。

 後を追うかのように長谷川も視線を追う。

 視線の先には特にこれといった物がなく、長谷川は首を傾げる。


「そう、帰ってないと言いましたね……でもそれだとおかしいんですよ」

「?お、おかしい?」

「ええ」


 黎は長谷川の急な変化を見て、確信する。

 氷室は……長谷川に虐待をされている。


「先ほど御息女の履いていたローファーを見つけました」

「ッ?!」


 すると、突如黎が立ち上がると後ろにあった棚に向かっていく。

 長谷川が「あ、そっちは」っと声が聞こえたが無視して進んでいく。

 到着し、棚を見つめると少し傾いていた。


「この棚の……後ろですね」


 棚の後ろをまさぐってみると、何か固いものが当たる。

 玄関に入った時靴箱がなく、玄関先に置いてある靴を確認した際彼女が履いていたローファーは無かった。

 しかし……ここにあった……氷室が履いていたローファーが。


「このローファーはレディース用で、しかも貴方と氷室さんの二人暮し……」

「え!?、なんでそこまで」

「この家、10畳くらいの広さでこの部屋で生活するには二人が限界……ああいえね、もちろん個人差はありますが」

「だ、だとしてももしかしたら僕も結婚してるかも」

「それはありません」


 即答すると、長谷川の手に指を指す。


「まず、貴方の手には結婚指輪がなく、跡もない」

「あ、あと貴方が虐待している理由……貴方の手にですが若干血の跡が付いている」


 長谷川の手を見つめてみると、微妙だが、うっすらと血が付いていた。

 それに気づいた長谷川は片方の手で隠す。


「次に、棚のすぐ床に凹んだ跡……棚の上には重たそうな物はなく、家を見渡してもそれらしき物も無い……」

「では……すみませんが寝室に」


 黎が寝室に入ろうと向かい、ドアノブに触ろうとした時、後ろから足跡がドンドンっと聞こえてくる。

 咄嗟に振り返る。


「グッ!」


 突如、黎の横腹に鋭い痛みが現れる。

 ゆっくりと横腹を見ると、鋭利な凶器……包丁が突き刺さっており、その先を見ていくと、顔が青ざめている長谷川が包丁の柄の部分を両手で持っていた。

 その時黎は刺されたと認識した時、痛みが増す。


「ふざけんな……ふざけんな……せっかく氷室ストレス発散っていう道具がきたっつぅのに……捕まってたまるかァ!!」


 長谷川の目は血走っており、焦点があっていなかった。

 息も上がっており、興奮状態に陥っている。

 長谷川が手を離そうとした時、黎が長谷川の手を掴み、離そうとしなかった。

 そして刺さっていた包丁を抜こうとせず、逆に深く突き刺す。

 その行動びっくりしたのか、「アア……何して」

 っと長谷川の声が聞こえたような気がする。

 そしてそのまま片方の手で長谷川を抱きしめる。


「……お辛かった……ですね」

「……え?」

「大丈夫……ですから……私は……貴方を悪者にしたりしません……まだやり直せます……だからね?」

「おま……え」


 黎の表情は見えなかったが、長谷川には、優しく包み込んでくれるような笑顔が見える。

 そのまま黎は意識が朦朧とし、地面へと倒れ込む。

 完全に意識が消える瞬間どこからか、氷室と長谷川の声が聞こえてくると、そこで意識が消える。


 ページ5 自殺願望少女事件記録


 部屋中にカタカタと何かを打つ音が事務所内を駆け巡る。

 事務所に設置していた机の上に少し古いタイプライターに向かって、黎が今回の報告書を書いていた。

 時折痛みが走るのか、横腹を抑える。



 氷室癒樹ひむろゆき性虐待未遂事件報告書


 事件日 令和6年4月5日金曜日


 制作・責任者泉導 せんどう れい


 事件の顛末

 私が長谷川さんに刺され、意識を失ってから1週間が過ぎ去ろうとしていました。

 私が意識を戻した際病室で目が覚めた私はすぐ横にやつれ顔の天沢あまさわ刑事と氷室ひむろさんが並んで座っていた。

 氷室さんは眠っているらしく、私の手を握っていた。

 その時私はびっくりし、振り払おうと思ったが、起こすのは可哀想だと思い、そのままにした。

 一方天沢は病室に備えついている窓を開け、懐からタバコを取り出す。

 そして1本のタバコを咥え、火をつけていた。

 個人的な意見だが、タバコは体に悪い為、そろそろ禁煙を進めた方がいいだろうか?

 しばらくし、私が目を覚ましたことを察知したのか、天沢がこちらを見る。

 そこからは他愛のない雑談を少しすると、事件の顛末を聞く。

 ちなみに私の傷は運が悪ければ死んでいたらしい。

 まぁそれはいいとして。

 私が刺されたあの後長谷川が慌てていると、氷室が出てき、2人で警察や救急車を呼び応急処置を施してくれたらしい。

 その後天沢刑事が到着し、長谷川さんは自首、氷室さんはそのまま保護する。

 その後裁判にて、長谷川さんは反省している為、情状酌量の余地がある事で禁錮5年の判決を言い渡されたらしい。

 これに関しては本当に良かった。

 一方氷室さんは今刑事課で保護している。

 以上を持って報告を終わる。


 そう書き込むと、私はゆっくりと机から立ち上がると、朝の日差しを浴び、コーヒーを啜る。

 これからも氷室さんは幸せに暮らしてくれる事を願いたい。

 今回、虐待を見つけられた時、運が良かった。

 全国では、世間に報道されていないだけで、たくさんの子供が命を落とす。

 その八割は虐待が多い。

 虐待をしてしまう理由としては、環境関係、親のその親が虐待気質だった。

 仕事関係、人間関係。

 と言った所だ。

 今でも何処かで虐待が行われていると思うと……胸が苦しくなる。

 出来ることなら……虐待を無くしたい所だ。

 そう浸っていると、扉をガンガンと叩く音が聞こえる。

 私は誰だろうと思い、 扉に向かう。


「はーい、どなた……です……か?」


 扉を開けた時、扉の隙間からチラッと髪の毛らしきものが見える。

 その髪の毛には見覚えがあった。

 そのまま扉を完全に開ける。


「……氷室さん?」


 そこにはまだ顔の傷が治りきっておらず包帯を巻いた氷室が立っていた。


「……おはようございます」

「あ、これはご丁寧に……おはようございます」


 そのまま綺麗なフォームでお辞儀と共に朝の挨拶を交わされ、私も同じように挨拶をする。


「……えっと今日はどうされました?」

「あ……一応……助けてくれたので……お礼と……後頼みがあって」

「頼み……ですか?」

「はい」


 その時、チラッと私の視界の端に何やら大きな荷物が見える。

 私は気になり、その方に目線を向けると、大きなキャリーバッグが置いてあった。

 私がここに来る時には無く、私が部屋の中にいる時も人の気配は感じなかった。

 だとすると、消却的に氷室さんのになる。



「……黎さん」

「は、はい」

「……私を住まわせてください」

「はい……え?……え?!」


 私は氷室さんの頼みを聞こうと決めており、どんな事でもはいっと言う準備をしていた。

 そして、その頼み事が聞こえた時、はいと言った時、その頼みをもう一度考える。

 あれ?住まわせて?

 私は今年に入って大きな声を出す。


 これが私と後の助手の氷室さんとの同居生活である。

 そして、この出会いをキッカケに、様々な出会いが始まる。


 自分らを正義と疑わない者達

 悪意を持った者。

 復讐を誓う者。

 愛に飢えてる者。

 夢を追い続ける者。

 ただ殺戮を楽しむ者。


 これは、ある事情で探偵業から降りた男の数奇な虚構事件を解き明かし、世界の真理を突き止めた彼の事件簿である。


 ページ6 愛は時として怖くなる 調査編


 あの後私は氷室さんに事情を聞くため、事務所の下にあるカフェへと訪れる。

 中に入ると店主と店員が一礼すると、私もお辞儀をする。

 そのまま窓がついてる席へ向かう。

 私が上座に座り、氷室さんは下座の方に座る。

 少しすると店員の野々宮ののみや華蓮かれんがお冷とおしぼりを持ってくる。


「いつもご利用ありがとうございます黎さん」

「いえいえ……えっといつものコーヒーで」

「はーい」


 持っていたメモ帳に書き込むと、野々宮は氷室の方に目線を向けると、「何になさいますか?」

 と、客に見せる接客スマイルではなく、本心からのスマイルを向ける。

 それが胡散臭かったのか、氷室の表情は変わらなかったが、雰囲気で嫌そうな感じがする。

 テーブルに置いてあったメニュー表に彼女が目を通していると、ある部分を見ていた。



「私は……」

「水だけで 」「メロンソーダをお願いします」


 氷室が水と言いかける寸前に重ねて、メロンソーダを注文する。

 注文をし終えると、野々宮は店主の方に向かっていく。

 それを見届けていると、前から鋭い視線を感じる。

 ゆっくりとその視線の方に向くと、氷室が私に睨んでいた。


「……なんでメロンソーダにしたの……」


 いつもの無表情に怖さを感じる……。


「いえ……さっきメニュー見てた時メロンソーダをジッと見つめていたので、飲みたかったのかな……と……イテ」


 机の下から怒りを込めた連続足蹴りを貰う。

 流石の痛さに止めようとするが、手ごと蹴り飛ばされ威力が上がっていく。


「氷室さんすみませんちょっと……氷室さん?」

「……」

「いや、あのやめ、やめて、辞めてくださ……ッ!」

「……あ」


 大きな声が出そうになるが、必死に耐え、当たった部分をゆっくり抑える。

 その場所は少し前に刺された場所の横腹に運悪く氷室のつま先が抉り込むように貫いた。

 一瞬肉が抉られる音と共に、昔の記憶の走馬灯が過ぎる。


「えっと……ごめん」

「い、いえいえ……大丈夫ですよ」


 謝ってくる氷室に声をかけると、コーヒーとメロンソーダを持ってきた野々宮が「あ、あの大丈夫ですか?」と言いながらこちらに寄ってくる。

 大丈夫ですよ……と言いかけようとすると、手に液体の感触がし、ゆっくりと手のひらを見てみると血がべっとりと付いていた。

 どうやら傷口が開いてしまったのだろう。

 驚かせまいと置いていたおしぼりを使って綺麗に拭き取ると、血がついてない方を上に向ける。

 運良く、黒スーツの上だった為あまり目立たないと思いそのままにする。

 大丈夫そうなのかな?っと野々宮がずっと見つめていた。


「コーヒーとメロンソーダ貰っても?」

「あ、す、すみません」


 どうやら注文した品を持ってきていたことを忘れてたらしく私が助言すると、持っていたお盆からコーヒーとメロンソーダを置いて戻っていく。

 その後私と氷室は事務所で話していた件を話し出す。




「……えっと、話を整理すると」


 話し合いから数十分。

 冷めるといけないと思った私は机に置いてあるコーヒーに手を伸ばし、1口、口の中に運ぶ。


「刑事の世話になりたくなく、施設にも入りたくなかったから、私の所に来たと」

「……そう」

「……えっと天沢あまさわ刑事には」

「黙ってきた」



 そう呟くと、私は小声で「うっそーん」と呟く。

 頼んでいたジュースを一口氷室が飲み込むと同時に氷室の後ろの席から大きい声が聞こえてくる。

 それに驚いたのか、ビクッと体が震えると同時に持っていたコップが落ちそうになり、私はコップをキャッチする。

 何事だ……と思いこっそりと後ろの席を見る。

 後ろには男女10人くらいおり、どうやら全員恋人関係らしい。

 二人を除いては。


「カップルの方々がはしゃいでるみたいですね……」

「……騒がしい」

「そうですね……」


 このカフェ全域に広がるぐらいの声量が発生しており、目の前の氷室は直接きているらしく。

 耳を塞ぐと、うずくまる。

 その時氷室の表情が苦しそうな顔になっていた。


「おい奏空そらー!人前でそれやめろっつてんだろ!」

「ええ〜いいじゃん減るもんじゃないし〜それにリクだって嬉しい癖に」

「……このお店……雰囲気いいけど……」


 その続きを氷室が言おうとした時、ゆっくりと人差し指を氷室の口元に持っていく。

 それに驚いたのか、目を見開くと、ゆっくりとソファの背もたれに倒れる。

 氷室さんが言いたい事は少し分かります。


「それ以上はいけませんよ……例え本心でも口に出していい事悪い事がありますからね」

「……先読みやめて……最後まで言わせてよ」


 ここ、「カフェ モーメント」は店の雰囲気や店主の深江ふかえしゅんの注文したら、数分で出てくる手際の良さに、この店の売りと思っている深江の相手を引き込んでしまうトーク力の強さ。

 流石としか言いようがない。

 それに、深江さんを見ていると安心させられ優しい雰囲気にときどき見せる男女問わず魅入ってしまう甘いマスク。

 これが人気の秘訣なのか、店内には私と氷室さんを抜いて、12人の男女に、フードを被った男がカウンター席に一人、そのほか数人の来客がいた。

 

「……まぁ結論から言うと……私は反対です」

「……なんでよ」

「私なんかの近くより、天沢さんの元にいた方が安全だし、あそこの課の人達は警察より優しい人ばかりですからね」


 「それに……」っと言った瞬間、玄関の扉が勢いよく開け放たれ、ついていた鈴が激しく鳴り響く。

 チラッと玄関を見つめると、雨が降っていたのか中着ている服や髪の毛がビショビショになった男性が入ってきた。

 店員の野々宮が入ってきた人物に近づこうとする。

 すると、野々宮が話しかけようとした途端、急いで鏡張りになっていた席に行き、外を眺める。

 その人物の表情には何かに怯えているように見えた。

 その後数分外を覗くと、カウンター席の一番奥に座る。


「……あの人……大丈夫かな」

「……少し様子をみに行きますか」


 そう私が呟き、立ち上がると先程開いてしまった傷口が痛み出す。

 流石に少々痛いですね……。

 抑えたい気持ちを我慢し、平然を装いながら男の方へ向かっている。


「いますぐ探偵を出してくれ!」


 その時、男がバンッ!っとカウンターを手のひらで叩きつけながら、声を荒げて探偵という単語を発していた。


「探偵……様ですか?」


 店長の深江は表情を変えず、チラッと俺に目線を合わせてくる。

 私はその視線に気が付き、首を横にふる。

 深江には一応探偵業を事は伝えている為、もしお客様が来た際はお断りしてもらうよう伝えている。

 流石に理由までは伝えてはいない。

 私は気付かれるうちに、自分がいた席に戻っていく。


「お願いします!今すぐに依頼したい事例があるんです!」

「申し訳ございません探偵様は現在休止をされており……依頼は受け付けていません」

「そこをなんとか!僕の命が危ないんです!」


 命の危機?

 そんな単語が私の耳に入ってきた時、私の意思とは関係なく、動きが止まった。

 それと同時に私の心臓部分にズキッ!と痛みみたいな感覚が走った。

 アァ……まただ……。

 この感覚は……久しぶりだ。

 私は、踵を返すと、男へと向かい、肩にトンと優しく手を乗せる。


「何かお困りでしょうか?」


「え?」と男が声を漏らし、こちらに顔を向ける。


「うわぁ!」


 すると、驚いたのか座っていた椅子から豪快に落ちてしまった。

 私は彼の手を掴み引っ張り起こしてあげると、椅子にすわらせる。

 

「あ、す、すみません……というかあなた誰?!」

「私はこの上で探偵業を営んでいる泉導 せんどうれいと申します以後お見知りおきを」

「ご丁寧に……俺は莎羽屋さはや亮駒りょうこまって言います……職業は小説を書いてます」

「莎羽屋さん……ですね先程聞いたのですが……命が危ないと?」

「は、はい……」

「もしよろしければ……お話伺います」


 そのまま私は彼の隣に座り、話を聞いた。

 莎羽屋の顔にはクマが出来ており、最近上手く寝れていないようだった。

 私は深江さんに自腹で彼に飲み物を渡してもらった。

 彼の話を整理すると、

 彼はりょーこまというペンネームで執筆活動しており、そこそこの売れっ子作家らしい。

 私も聞きながら検索してみたが、とても面白そうなタイトルが多く、暇な時見てみようと思った。

 で、肝心な事だが、ここ数日誰かに見られているらしい。

 それだけならまぁいいかと思っていた莎羽屋さんだったんだが、今日外でネタ探しをしていた時だった。

 視線が気になり、後ろを振り返った時、包丁を持った女性が立っており、何かをブツブツと呟きながら突然莎羽屋さんに襲いかかってきたという。

 あ、ちなみにクマが出来た理由を聞いたらどうやら取材の為、心霊スポットに言った後から眠れなくなったらしい。

 一応私は虚構物フィクショナリーかと疑ったが、それらしい気配は感じなかった為、一体頭の隅に置くことにした。


「にしても……ストーカーの心当たりとかありませんか?」


 そう問いかけると、莎羽屋が考える素振りをして思い当たる節を探していた。

 すると、何か思い当たったのか懐に入れていた携帯を取り出すと、Twitterの自分のアカウントだろうか、「りょーこまの部屋」というアカウントを見せてくる。


「実は……少し前、心霊スポットで撮った写真を上げたんですが……そこのコメントに不気味なコメントがあって……」


 私は莎羽屋さんから携帯を預かり、心霊スポットで莎羽屋さんの自撮り写真のコメントを1個1個見つめていく。

 チラッと氷室さんの方を見つめると、そっぽを向いて飲み物を啜っていた。

 どうやら私が断ったことが不服だったらしい。

 後で何か甘いものを奢りますかね。

 再度コメントの方に目を向ける。

 コメントには応援しているモノや考察している人に、アンチコメだったりと、多種多様な内容があった。

 しばらくし、ふとあるコメントに目が止まる。


【四日後】


「四日後?」

「はい……それしか書かれてなくて……それにちょうど四日なんです……この投稿コメが来てから」


 確かに……これは今日の事を考えると深い関係がありそうだが、虚構物では無いとすると……一般の人?

 だが、何度見ても、特段やばいものが写ってる訳では無い……それにもしそうならDMで削除を要求してくるはずだ。

 彼のDMにはそれらしいものは来ていない。


「ん〜……とりあえず依頼は追われているこの状況を何とかして欲しいと?」

「ああ!そうだ頼む!」

「……分かりました」


 そう言い、携帯を莎羽屋さんに返す。


「……私のお願いは聞かないのに、そっちは聞くんだ」


 私の隣にいた氷室さんがなんだかめんどくさい彼女風な事を言い出した……。

 それは気にしない事にした時、また玄関扉が開く音がする。


「ん?……?!」

「‎キャァァァ!」


 野々宮の耳をつんざく悲鳴が店内に響き渡ると、連鎖反応の如く、様々な人の悲鳴声が聞こえてきた。

 何事だと思い玄関をみつめる。

 すると、全身濡れた黒を基調としたスカート服、ロングヘヤーの片方三つ編み、その中には紫のメッシュが入っていた。

 その人物の淡い紫の瞳が、莎羽屋の方に向いていた。

 そしてその手には。


「包丁持ってやがる!」


 私の後ろにいた男子数名が女性を囲み出す。

 1人はどこからか竹刀を取り出していた。

 多分連れの女の子達を守ろうとしているのだろう。

 もしやと思い、莎羽屋の方を向くと、彼の顔は青ざめ、ガクガクと震えていた。


「深江店長さん今すぐ裏口からお客様を避難させて下さい」

「分かりました野々宮さん」

「は、はい!皆さんこちらです!」


 素早い手際の良さで店内にいたお客や氷室さん達を避難させた。

 今店内にいるのは私と12人のカップルとストーカーらしき人物だけになった。

 カップルらは逃げようにも玄関近くにいた為、動けない状態なのだ。

 私は彼らを逃がすため、彼らにちかづく。

 トンっと黒髪ツーブロの男の肩を叩く。


「?な、なんですか?」

「あなた方も早く裏口からお逃げ下さい」

「いや……でも」

「彼女の事は任せてください」


 すると、ツーブロの彼はチラッと多分彼女だろうクールな女性の方に目を向けると、再びこちらを見つめる。


「……わかった」


 私は彼らが逃げれるよう包丁を持った女性の前に立ち、彼らを逃す。


「あなた……りょーこまさんの携帯に触っていた人ね」

「え?……ええ触りましたが」


 最後まで言う直前私の頬スレスレに何かが飛んでくると、背後に何かが刺さる音が聞こえてくる。

 ゆっくりと、後ろを見つめると木の壁に包丁が突き刺さっていた。 

 投げる姿が見えない速度で投げつける……素人には出来ない芸ですね。

 女性の目を見てとみると、瞳孔が開きっていた。

 

「そう……そうなのね……許さないわ私の大大大大大大好きな人の物を……赤の他人が触れるは……極刑」

 

 グサグサと懐に持っていた包丁を取り出すと、玄関扉の縁を刺しまくっていた。

 流石に私でも怖くなってしいました……。

 どうにか大人しくなってもらうしかないですかね。


「あの……とりあえずその包丁を置きませんか?そしてその後はゆっくりとお話を……」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 次の瞬間、一気に私の方に走ってくると、包丁を私に突き刺そうと振り下ろしてくるが、その攻撃を腕で受け止める。

 すると、持っていた包丁をそのまま手から離すと、私の腹付近に来た瞬間、もう片方の手で包丁の取っ手を掴み、下から上に振り上げる。

 それを察知し、距離をとる。

 あー……これはダメかもしれないですね。

 話で解決したいのですが……仕方ない。


「すみませんが……いったんあなたには眠っていただきます」


 ページ7愛は時として怖くなる解決編

  一つ皆さんに問いたい。

 今私の目の前には、小説家「りょーこま」基、莎羽屋さはや亮駒りょうこまさんのストーカーが包丁を持ち、臨戦体制を取っていた。

 ストーカーの目には正気が宿っておらず、まるで何かに操られているみたいに。

 だが、自身の意識はある。

 多分、自身の欲が暴走しているだけかもしれない。

 さて、こんな人物の目の前にいる一般人の私が包丁を持った正気のない人間をどうやって対処するか。

 まぁ結論から言うと、一般人が刃物に立ち向かうのは無謀である。

 例えば、私が刃物を奪い、制圧するとしよう。

 まず、私が一気に包丁を奪おうと刃物の動きを見極める為集中する。

 いざ奪おうと隙を突いて奪おうとしても、がむしゃらに振り回されて最悪死に至る。

 それに、元々の話そういう武術を習得していないと、難しい。

 だが、幸いにも私はそっち系は少し経験している。

 っとしばらく見つめ合い、考えていると彼女がゆっくり動き出すとこちらにか向かって包丁を斬りつけにくる。

 刃の先端が私の頬に掠れる寸前に向かってきた方の右腕の第一関節部分のある部位で刃を受け止める。


「ッ」


 鋭い痛みが私の体中に駆け巡り、ドロドロと血が流れる感覚を味わう。

 そのまま包丁を振り払おうとした。

 その時だった。

 右腕が動かなくなっていた。


「腕の神経が……切れてしまいましたか……貴方……どうして莎羽屋さんを……」

「まずは右腕、次は……足の機能を奪って動けなくしてあげる」

「その後は貴方グサグサと突き刺して息の根を止めてから、そこの裏口にいる他の女を殺して私と先生は甘い時間を過ごすの……私と先生はね……相思相愛なの、コメントすれば私に必ず返してくれるの……これを愛し合っている以外になんと呼ぶのかしら……だからどんな時もどんな場所にいても、私は先生を追いかけるわ……だってもし、そこに女がいたら……殺せるから……だからね……邪魔しないでよ」


 私の質問に回答せず、自身の言いたい事を言っていた。

 回答するぐらいの正気はもうないようだな……。

 なら。


「申し訳ございません……少々……眠ってもらいます」


 私はとち狂ったのか、刺さっている腕を片方の手で深くまで突き刺す。

 それに驚いたのか、ストーカーは、はっと息を飲み込む。


「我流無手の構え……一番」


 そっと、ストーカーの腹に手を置く。

 その手に意識を集中させ、目を閉じる。

 体から何かが湧き上がってくるのを感じ、その何か、一気に手に持っていく。


「制衝撃」


 一気に手に集まったエネルギーを放出し、それが衝撃波となり、ストーカーの体を通り抜ける。

 それと同時にストーカーが苦しみ出すと、倒れ込む。

 制衝撃……それは体のエネルギーを衝撃波と変え、相手の当てている人体のその一部を後遺症なく、一時的停止させる私の技。

 後遺症がないとはいえ、正直あんまり使いたくないですよね。

 さてと……氷室さん達を呼びに行きますか。

 裏口へと向かおうと、ストーカーから目を離そうとしたその時。


「ん?……これは」


 私の視界に映ったもの……それはストーカーの後ろの首筋についた一つの傷だった。

 傷は横に一本線状の傷で、刃物で傷つけられたようだ。

 そして、そこから黒いモヤが出ており、私はゆっくりとそれに触れようとした。

 次の瞬間、その傷は治り始め、数分も立たずに綺麗さっぱり無くなっていた。

 私はこの現象には見覚えがあった。

 それは嫌という程……出来れば噂であって欲しかった。


「……これは……まさか……愛狂鬼あしゅうきが……」


 そう、世界中で災厄を起こしている者達……『二十の狂人トゥエンティ・マーダーズ』の一人……愛に執着した殺人鬼が……この街に……。


 ページ8愛は時として怖くなる事件記録


 小説家「りょーこま」莎羽屋さはや亮駒りょうこまストーカー事件報告書。


 事件日4月14日 日曜日


 制作・責任者 泉導せんどうれい


 事件の顛末


 場所は泉導黎探偵事務所の真下に位置するカフェ「モーメント」内。

 犯人はアカウント名「好きぴ大好きすぎ」、本名は牧江まきえ百合子

 事件は私が氷室さんとモーメントで話をしていた時、今回の被害者 莎羽屋 亮駒が現れ、それから数分経った後犯人の牧江容疑者が凶器の包丁を持ち、店内に入ってきた。

 最悪被害はなく、店内にいた客は私が裏口に避難、その後牧江容疑者を気絶させ、事態を収集。

 その後目覚めた牧江容疑者から犯行動機を聞き出したのだが、彼女曰くそんな事していないし、なんなら私がここにいる事事態びっくりしている。

 その後も到着した天沢あまさわ刑事に事情聴取をされていたが、未だわからずじまいだ。

 多分……というか確実だが、彼女は誰かに操られていた可能性がある。

 彼女の後ろ首に一本線の切り傷がついていた。

 これと同じ位置についた傷を私は知っている。

 これは連続猟奇殺人鬼「愛狂鬼あしゅうき」の仕業なのだ。

 愛狂鬼……彼女は神出鬼没、彼女はそう……好きになった人物を痛みつけ、それに耐えたものを恋人にしよう……そういう理由で何人もの一般人を殺してきた。

 耐えられなかったものは最後はその人の欲を引き出し、正気を失わせて、その欲で殺す。

 そして……彼女が気に入ったものは、牧江のようにどこかに一つ傷を入れ、正気を失くしていた。

 ここ数年は現れていなかったのだがも……何が目的か未だ謎である。

 話を戻して、その後は莎羽屋さんに直接謝罪し、了承。

 その後、天沢の話では、どうやら彼らの趣味が合い意気投合。

 今でも仲良くしているらしい。

 どんな事でも、ちゃんと謝れば、人は仲良くなれる。

 これが人間の良いところですね。

 あ、ちなみにそのついでに、雨沢さんに氷室さんを連れて行ってもらいました。

 私の所より、警察預かりの方が安心しますからね。

 以上を持って、報告を終わります。


 記録の断片 愛を求めた者の独白


 ???視点


 愛……それは誰もが持っている一つの感情。

 普段は人と人の恋愛で表したりする。

 けど……それは本当に愛なのかしら?

 皆口々に真実の愛だの運命で結ばれた愛だ。

 ……果たしてそれは本当の愛なんでしょうか?

 口々で語った愛なんて……心なんて残らない。


「ねぇ……貴方にとって愛は何かしら?」

「んー!」


 暗い狭い部屋の中、私は壁側にあるテーブル台の上に砥石が置いてある。

 その上で刃物を研ぐと、部屋中に研ぎ音と部屋の中心に置いてある椅子に座った私の人間好みの子がガムテ越しに嬉しそうに叫んでいた。

 楽しすぎたのか、彼女の目には涙が流れ落ちてきていた。

 私はその涙をぺろっと舌で舐めとる。

 やっぱり……人の嬉し涙はいい味するわね。


「楽しそうで……何よりよ……ちなみに私にとっての愛は……痛み」


 透き通るような私の愛用両小斧が研ぎ終わり、眺めていると私の片腕に傷をつける。

 その時、肉が裂ける素晴らしい感触と共に身体中に電気が通ったかのような感覚が私の体を襲う。

 その感覚に自身の体を抱きしめ、ブルブルと震えまくる。

 その行動に狂気を感じた人間好みは涙を流しながら、先ほどよりも楽しそうな声が漏らしていた。


「愛の中で一番愛と呼べるモノ……他の人間愛なき者は言葉で愛を伝えたり……男女の営みを愛と呼ぶものがいるの……でもね」

「それは偽りの愛なのよ」


 ゆっくりと彼女の膝の上に座ると、抱きしめそこから私の愛理論をつぶやき始める。



「そんなのは偽り……そんな行為してもね一人が愛してなきゃ……それは愛じゃないの」

「本当の愛は……対等なの平等なの……ならそれを踏まえると……愛とは痛みなの」

「普通は痛みは痛いだけどそれは愛がないからそう思ってしまうのよ……だからね愛を持って与える痛みは」


 ゆっくりと彼女の耳元に話かけ、吐息が届く所まで近づいた次の瞬間。

 彼女の耳にゆっくり噛みつくと、力を加え、耳を引き裂こうとする。

 その時、彼女の耳をつんざくような悲鳴と肉が裂ける音が部屋中に充満し、不協和音が完成していた。

 そして私は耳を引きちぎり、私の顔や服に彼女の血液愛汁がかかる。

 口に入った耳は器用に骨だけ取り出すと、顔についた一部の血を指で拭き取り、血を舐めとる。


「まさしく……真実の愛」


 そして口に入っていた肉を飲み込む。

 その瞬間また静電気が体中心地いいぐらいに伝わっていく。

 嗚呼……彼女の愛が……私の中の細胞と融合していくのを感じる。


「ただね……ただ痛みを与えるのではないの……その痛み一つ一つに愛がなきゃいけない」

「さっきもいった通り……言葉なんてなんの信憑性がない……全ては……痛み……だから私がするこの行為は……愛なの」


 気持ちよく私の愛理論を述べ、いざ彼女へと愛を聞こうと向き直る。

 だが、肝心の彼女はぴくりともせず、ぐったりとしていた。

 嗚呼……今回も……私の愛を受け止められなかったのね。

 可哀想に……ならせめて。


「私が貴方の愛を全て……食べてあげるわ」


 それが私「愛狂鬼」の愛よ。


 ページ9「意味わかんない」


 氷室癒樹ひむろゆき視点。



「意味わかんない」


 人一人が住めるぐらいの狭い部屋の中。

 不機嫌な私はお気に入りの抱きぬいぐるみを抱きしめ、心にざわついている考え事を晴らしていた。

 だが、いくらお気に入りの抱きぬいぐるみを抱きしめても晴れる事はなかった。

 カフェの後、あのヤクザ顔負けの刑事に連行され、元々暮らしていた一旦の仮家である名古屋警察署のある部署に使っていない部屋に帰ってくる。

 あのゴリラめ……私を出さない為に部屋の前に警察官を置きやがって……。

 聞くと、どうやらあの探偵さんが頼んだらしい……。


「……あの人……なんで人と関わらないようにしてるんだろう」


 あの探偵の事を思い出していた。

 いくら考えても意味わかんない……なんで探偵業をやめているのか。

 助けたい意志はある事はわかる……あのカフェで起こった事件を見れば……というか私を救ったこともか……。

 けど……なんだろう……違う意味がありそう。

 そして何よりわからないのは……彼の行動。

 彼の話だと、怪物……虚構物フィクショナリーズと無傷で倒したって聞いた。

 そんな人が一般の人の男の変哲もない攻撃を当りにいくなんて。


「なんだ嬢ちゃん……悩み事か」

「勝手に女性の部屋……入んないでよ」


 こんなむさ苦しい警察署の中でも、空気が澄んでて、心が落ち着く場所にゴリラが迷い込んできた。

 と思ったが、ゴリラはゴリラでも刑事の天沢あまさわ刑事だった。

 鍵はかけていたのだが、一体どうやって入ってきたのだろうか……。


「そりゃすまんな……ここ元は仮眠室だったんでな……癖でつい」


 声色は反省しているのは伝わってくるが、表情が表情はずっと強張っている。

 この刑事……あった時からこうだけど……こんな感じで一般人は怖がらないのだろうか。


「で……なんか困り事かい?」

「……あの……探偵さんが……ここが安全だからここに引き取らせたんですよね……このに」

「ああ……地上から地下五階に位置しているからな……まず侵入はされない」

「でも……虚構物フィクショナリーズが現れたり……」

「あ、それなら心配ない……公共の場にはそれ専門の奴ら特製の結界が貼られているから……それほど強い奴が来なければ」


 結界……よくやっている軌跡シリーズとかでは目に見えたりするが、実物はそういうのは見えないのだろうか。

 私は好奇心ですぐ近くの壁にゆっくり触れてみる。

 だが、その結界がある感覚がしない。


「あ、結界は壁の外側に貼られているから……こっちから触れてもなんも感じんぞ」


 その発言を聞いた私は壁から離れると、恥ずかしさがマックスになる。

 そして平常心を保ったまま、オキニのぬいぐるみに抱きつくと同時に天沢から「まぁ目にも見えないから触れてもなんも感じないぞ」っと聞こえ、耳まで真っ赤になってしまった。

 それを先に言えや……あのゴリラ。


「……さてと、俺は行くな」

「ゴリ……天沢刑事……用事があってここまで?」

「ああ……この下の虚構遺品アーティファクトがある保管庫にな」

「……何それ」

「あー……アーティファクトってのは、虚構物フィクショナリーズの物質版だな、アーティファクトは一つ一つに特殊効果があって、条件は様々だ」


 なるほど……いわば軌跡シリーズで言うと危険な物体か……てかなんで私ゲームで例えているんだろう。


「そんな物がなんで警察署の地下に……」

「一時的にここに保管しているんだよ……本来はそれ専属の奴らがある所に保管するんだ」

「あ……別の場所で保管しているんですね」

「そりゃそうだろ……どこから現れるかはわからない……ふとどこからか、現れてはそのアーティファクトが持つ固有能力を発動したりと……少々危ない代物をこんな民間人がいる場所に置けるか」


 そんなだらしない服装に人をなんとも思ってなさそうなまなこなのに……人の感情とかあるんだ。

 それを察したのか、突然私の前にゆっくりとだが、手を伸ばしてくる。

 私はその行動に心臓の鼓動が早くなり、治った傷口達が激しく痛み出してくる。

 呼吸も少し早く、少し息がしにくくな。

 私は力一杯目を瞑る。

 次の瞬間、私の前頭部に一つの温もりが現れた。

 暖かく、それでいて……心地いいまるで……お母さんのお腹の中にいる感じ。

 恐る恐る目を開くと、天沢刑事が私の頭を撫でていた。


「……こんな見た目だが、俺にだって正義がある……探偵のものとは違うがな」


 どうやら……私の考えがわかったらしい……。


「……てっきり力強く引っ張ると……思ってた」

「そんな事しないさ……そこまで心がない訳ではないよ」

「そう……覚えておく」

「……さてと、俺はそろそろ行く……またな」


 言い残し、私の……というか元仮眠室から出ていく。

 ふと、ある言葉が蘇る。

 天沢は探偵には正義がある……と。

 彼にも正義があるのか……いやこれは失礼か。

 でも……どんな正義なのか……少し興味ある。

 ……でも……これは私が知りたい事には結びつかない。

 なら……これはなんで……。


『あーあーマイクテースマイクテース……聞こえていますかぁ?』


 突然、テレビから音声が楽しげな声色の声が聞こえてくる。

 あれ……切っていたはずなのに。


「何……こいつ」


 テレビには警察署ここの正面玄関が映っており、そこに一人の人間がいる。

 だが、そこに映っている人物を見た私は少し不気味感を感じた。

 その人物は探偵と同じ仮面をしているのだが、その仮面には中央を境に黒と白で分けられ、黒は悲しげな表情。

 そして白は楽しげな表情で、真逆である。


『どうも〜私は今警察署の中から生中継してまぁ〜す』


 まるでサーカスをしているかのように踊ったり、身振り手振りを激しくしていた。


『中継を提供しているのは……サーカス団に属している二十の狂人トュエンティ・マーダーズの一人「道化」ことジェスターと申します」

「え」


 ページ10警察署襲撃 氷室視点 


「……二十の狂人トュエンティ・マーダーズって……何?」


 前にも言ったが、私はまともに勉強をしていない為、あまり世界情勢や一般常識を知らない。

 まぁだからあの時も知らなかったんだけど……。

 でも……映像から人々の叫び声、警察官が全員で拳銃を構えていた。



『指名手配犯の道化……今まで姿を現せなかったのに……何故今になって現れた』


 そこにいた制服警官の中にいた一人だけスーツ姿に髪の毛はオールバック、前髪の少しは片目にかかっていた。

 どう見ても他の人とは役職が上だとわかる。

 映像のオールバック警官がネクタイを少し緩めると、一歩前を出る。


『ん?あなたは?』

『私は捜査一課長を務めています蒼生そうせい 縢芽かなめ

『へぇ〜えらい人かぁ〜いやね……今回はちょっと新しく始めるの為の準備かな』

『パレード?……それは暴れるという解釈でいいでしょうか』


 そう告げると、ジェスターは体を震わせて、突然笑い出す。

 どうやら、合っていたらしい……。


『……まぁそう捉えてくれて結構ですよ……ではお話はここまで……これから始まるのはタネも仕掛けもありません』


 そう述べると同時に大きな手を打つ音がする。

 そしてゆっくりと自身の目の前に両手を持っていくと、手と手を交差した瞬間、両手に四本ずつ、ナイフが挟まっていた。

 よく見るナイフマジックと思っていたが、それとは少し違っていた。

 どこが違うかはうまく説明できないけど……テレビ越しでもわかる。

 普通ナイフマジックは手のひらを閉じ、手の甲部分に忍ばせているのだが、今回は違った。

 彼が言った通り……タネも仕掛けもなかった……。


『私の能力……それはこのナイフを無限に出せる能力と影の中を移動する能力です』

『さぁさぁ……ご覧あれ……楽しいショーの始まり始まりぃ〜!!!』


 その雄叫びと同時にジェスターは懐からスイッチを取り出すと、勢いよく押し込む。

 すると、警察署が激しく揺れ出し警報が鳴り響いていた。

 私がいる地下まで響いてきて、急いで机の下に隠れた。

 こうしていると、幼稚園の災害訓練を思い出す。

 まぁ今考える事じゃないけど。

 しばらくし、揺れが治り、机から出てくる。

 警報の方は以前と止まる気配がない。

 テレビを見てみると、さっきの揺れでテレビが映らなくなっていた。

 ここで隠れててもいいが……もしかしたら敵がこっちまでくるかもしれない。

 だったら、一旦、一階まで行かないと……。

 行動に起こそうと、ドアに近づいた次の瞬間。


「あら……ここから人の気配が」


 扉の向こうから聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。

 聞き覚えはないのだが、なんだかこの声が聞いていると、頭がぽわんとする感覚がする。

 まるで耳元でとろけるような声を囁かれているかのような……少し気を抜くと、ぼーっとしてしまう。

 なんとか保とうとし、内側の頬を噛み締める。

 すると、扉が突如凹むと、扉が盛大に破壊される。

 この扉確か鉄よ?……それを一撃で破壊なんて……どんな化け物が。

 煙が立ち込める中、その中から一つの影が見えてくる。

 そして徐々に煙が晴れ、そこに立っていたのは、一人の女性だった。

 その女性もジェスター同様に仮面をしており、柄はピエロの仮面をしていた。

 服装は赤を基調とした白が混じったドレスを着ていた。


「あら……こんな所に民間人が……どうした事でしょうか……座長からは一般人は一人も殺すなと言われているんですよねぇ……副座長も今別行動してるし〜……他の子達もこればよかったのに……あら?あなたいい悪夢見てそうね〜襲いたいけど……ん〜」


 どうしましょ〜と言いながら、自身の両頬を手で触り、身をくねる。

 どうやら、ここには座長と副座長がいるらしい……座長は多分一階にいるジェスターだけど……もう一人いるのね。


「動くな!襲撃犯!」


 さっきの破壊音を聞きつけてきた数名の警官が拳銃を取り出し、ピエロ仮面の女性に静止の声掛けをした。

 刹那。

 警官の動きが止まると、拳銃を落とす。

 警官達の目が白目になっており、意識がないとわかった。

 そしてピエロ仮面の女性が一人の警官の頬を触る。

 すると、警官の口から黒い塊が出てきていた。

 その塊の色は黒というにはあまりにも黒すぎた。

 底が見えない程の濃度、禍々しい程の瘴気。

 見ているだけでこっちも出そうな気分になる。

 大きさは大体ドッジボールぐらいだった。

 すると、ピエロ仮面の女性がその黒い塊を手に取るとその塊を自身の口へと運んでいく。

 まさか……あれを食うの?

 そう思い、食うわけないと思っていたのだが……その考えは見事砕かれた。

 なんとその塊を一飲みする。

 どうやって顎を外したんだ……。


「……ん〜美味しいわぁ〜……やはり警官の悪夢はとても美味」

「警察って日々トラウマになる事が多いから……比較的悪夢見やすいのよね〜」


 ここはセオリー通り……大人しく捕まるのがいい。

 まぁ隙をついて脱出して誰か助けを呼ぶ事はできる。

 けど別に私は人に興味ないし……助けたいなんて思わないしたがって……ここの人を助ける義理はない。

 それよりも……だ。

 彼女が使った……悪夢を食べられる体質……人間ではできない。


「?……あなた見るの初めて?異能ギフトは?」

「ギフト?」

「ええ……まさかギフト知らないの?」


 私は首を横に振ると、仮面で表情を見れないが……驚いてるだけは分かった。

 少しして、ゴホンと咳払いをする。


「まぁ……それは置いておいて……大人しくしててくれたら悪いようには……しないわァ」


 グイグイと氷室に近づいてくると、氷室は反射的に1歩、また1歩と後ろに下がる。

 今でも考えは変わらない……生きる意味なんてない……けど……自殺したいなんて感情は出てこない。

 なんだろう……でもこれだけは分かる。

 この人に私の悪夢を食われるのだけは……嫌だ。


「あなたの悪夢を……美味で甘美で」

「さぁ!私にィィあなたの悪夢ォーー」


 次の瞬間ピエロ仮面の女性の顎に強烈な痛みが走るを感じると同時に視点が天井へと変わっていた。

 その時、彼女は何が起こったのか認識出来ず自由落下の如く後ろに倒れ込む。

 は?……何これ?意味分からないわ……一体何が起こったの?……と彼女が心の中で呟く。

 何とか体を起こし現状把握をする。

 その時、彼女の仮面の中の瞳が大きく見開いた。

 それは、彼女が心の中で思っていたイメージが違う事が起きていた。

 彼女が氷室に対して思っていたイメージ……それは弱弱しく、そしていい表情をするいじめがいがある少女だと。

 だが、今のイメージは、私の顎を的確に蹴りあげられる強気な少女。


「な……そんな細々とした脚で……私をノックダウンですって?」


 驚愕と恐怖を混ぜた震えた声で呟くと氷室の足を見つめる。

 何が起こったかわからなかったが、とりあえず立ちあがる。


「あなたァ……おいたが……すぎるわよ」


 片手を氷室の目の前に持っていくと、何かがくると察し、身構える。

 その手から先程警官の口から出ていた黒い塊の色をしたモヤが現れていた。


「あなたに……とびっっっっっきりの悪夢を見せ……て」


 その時だった彼女の視界がぐにゃっと歪み始める。


「……は」


 その後吐き気が現れ始めていた。

 どうやらさっきの顎の打撃の振動が脳に達し、一時的な脳震盪が発生している。

 そしてついには足から崩れ始める。


「……昔、暇だったからそこら辺にあったキックボクシングの基礎を1度見てたの思い出して……やってみたけど……よし今のうちに」


 ピエロ仮面の女性から距離をとりながら、出口から出る。

 そのまま後ろを振りかえず、上の階に向かってく。

 そして一二階階上がった所で、息がしにくくなり壁にもたれかかる。

 うっぷ……運動しとけば……よかった。

 痛みとか感情は当の昔からなくなっているけど……体力はダニ以下。

 まぁそれは置いといて、ここまで来たけどどうしようかな……。

 下に行っても副座長と天沢刑事がいる。

 私が行っても……何の役にも立たない。

 だったら上。

 でも上にはジェスターって言う犯罪者がいる。

 ……でももしかしたら移動している可能性がある。

 つまり出口はガラ空き……って訳ないよね。

 だったら……上に上がって電話を探してどこかにかける。

 でもどこに?

 私が知ってる番号……。

 幼少期のクソみたいな思い出を振り返っていると、一つの番号を見つけた。

 それはあの探偵の電話番号だ。

 記憶の中は番号までは書いてなかったけど懐から探偵にもらっていた名刺を取り出す。

 そこに連絡先が載っていた。


「……今は……探偵に頼るしか……」


 少ししてまた揺れ始めると、ここに居たら危ないと思い、そのまま名刺を元の場所に戻し、休憩多めで上に向かっていく。



 〜ジョーカー〜


 クソ……あんな小さなガキにやられるなんて。

 氷室が去ってから少し経つ。

 油断したわ……脳震盪を狙われるなんて。

 と言ってもあれはビックリしたわ。

 昔見たキックボクシングを完璧に会得してるなんて……。


「ッ!」


 顎の具合を見ようと触るとズキッと鋭い痛みが私の身体中に響き渡る。

 細々とした体、何も宿ってない瞳、弱弱しい体だけど力があるって……益々虐めたいわぁ。

 口からヨダレが大量に出てくる。

 ボーッと氷室の事を考えていると、携帯の着信音が鳴っていた。

 私の好きな学生アイドルグループ「てんぷる」のお気に入り曲だった。

 この曲を聴くと……さっきまでのプンスカって気分が晴れる。


「はいもーしー」

「俺だ」


 うげ……お気に入りの曲を聴いて、電話を出て第一声に聞くのが、あの男なんて。

 この耳にこびりついてムカムカしそうな偉そうな低音ボイス嫌い。


「……何よ副座長」

「紛らわしい事は抜きで……今はゲットしたんだが」

「あーしたんですのね……チッ失敗すれば良かったのに」

「聞こえてるぞ……今そっちに向かってる急いで撤収だ」


 小さい声で舌打ちしたのに……この地獄耳が。

 にしても撤退?まだ警官皆殺ししてないのに。


「は?なんで?座長が決めたの?」

「いや……俺の判断だ」

「理由は?」


 その時、また酷い揺れと何かが壊れる音が響き渡り、男の声を聞き逃した。

「……い……おいジョーカー!」

「ッ!……ごめん……もう一度いいかしら?」

「……愛狂鬼がきやがった」

「は?!」


 愛狂鬼?!、あの女……数年見なかったけど……生きてたんだァ……。

 無意識に親指の爪を噛みまくった。


「……お前の気持ちは分かるが……今は撤収する事だけ考えろリーダーは今乱入者と遊んでるらしいぜ」

「……分かったわ」


 あの人らしい……。


「にしても……よく無事ね」

「逃げる際、何体か上のフィクショナリーズを放った」

「あんた……容赦ないわね」


 ページ11道化だって困惑する



 あれから数分。

 私は探偵に助けを求め、上へとこの長い階段……というか私の体感で感じているだけかもだけど。

 階段を上がって行くたび私の生まれてまだ汚れてもない純粋で健康な肺が徐々に運動という有毒が蝕んでいく。

 運動……やっぱ嫌い。

 さらに1分後。

 多分一階に続く階段が眩い光が輝いてくる。

 その眩い光を見た私は少し泣きそうになっていた。

 いや……もしくはすでに泣いているのかもしれない。


「……なんであなた泣いてるのよ」

「ッ!」


 突如私の耳に女性の声が聞こえてきて、まさかまだ敵がいたのかと思い、振り向き様、上段回し蹴りを喰らわせようとする。

 しかし、回し蹴りをその筋肉もなさそうな腕で容易く受け止められると同時に私が声を出そうとした時口元をもう片方の手で封じられる。


「しーッ!ご、ごめんごめん……驚かせちゃったね氷室ちゃん」


 受け止めていた足をゆっくりとおろし、人差し指を立てて口元に持っていき片目ウィンクする。

 仕草が可愛い……。

 って……あれ……この人なんで私の名前知ってるんだろう……どこかで会ったけ?


「あ、そうだった……会うのは始めてだよね……私は対異能課の調査員の雛菊ひなぎく巫実ふみです」

「あ、対異能課って………何?」


 ズコーッ!っと雛菊がひと昔前のずっこけ方をし、そのまま誤って階段から落ちる。

 落ちている時聞いてはならない音も聞こえてしまい少し心配になる。


「イテテ……あ、そんな目しなくても大丈夫ですよ〜私丈夫なので」

「そ、そう……よかった」

「さて……それにしてもこんな所で何を?」

「あ……ある知人に助けを呼ぼうかと……」

「知人?……この状況を収束できる方ですか?」

「まぁ……」


 収束は……多分できるかと思うが、できると言うのは何か違うしなんなら出来ないとなるとあの人を呼ぶのもおかしい……って思われるし。

 でも……あの探偵さんなら……解決してくれるかもしれない。


「あの……貴方は……何でここに?」

「えっと私はね……あの昔海外であった電波ジャック並みのウザイ事してきたあの道化の仮面を砕く為に」


 そう満円の笑みを含めながら物騒なセリフを言い放つ。

 この人……笑顔で怖い事言うタイプだったか……。

 にしても……あのイカれた道化を倒しにいくって……よっぽどの自信が。


「あ、自信とかないよ〜私は戦いたくないのに課長がやれって半ば脅されてね〜」

「は……はあ……」

「もし行かなかったら私の給料減給に一日酷い特訓されるの」



 涙目になり、うるうると伝えてこられると少し辛そうと感じてしまう。

 と言うか……泣くくらいならなんでこの仕事してるんだろうか……と珍しく私は哀れみの目をし、雛菊を見つめる。

 その視線に気づいたのかえぇ……と声を漏らした。


「何故に哀れみの目されてるの私?!」

「いや……聞いてて可哀想って思ったから」

「うっ……こんな小さい子にこんな目されるなんて……よし」


 そう言い放つと自身の頬を強く叩き、気合を入れていた。

 それを隣で見ていた私はその音と行動にびっくりし、ビクッと体を震わせた。

 そしてそこから自身のポケットから棒付きのキャンディーを取り出す。

 そのまま包まれていた包装紙を破り捨てると、その辺にポイっと捨てていく。

 私はそっとその包装紙を掴むとポケットに入れると同時にこの人物はもしかしてあのジェスターの手先なのではと疑ってしまう。

 普通刑事がポイ捨てなんてするのだろうか……


「よし……私のやる気が上がっていくる〜」

「じゃ……子供はここで大人しくしてなよ」


 そう言うと私の頭を少し撫でると上へと向かっていった。

 しれっと私の頭撫でていきやがった……。

 私は撫でられた部分を押さえながら雛菊が向かった先を見つめる。

 ここで待ってて……と残していってしまったが……もちろんここで待つつもりは毛頭ない。

 早く電話をもらって……あ。

 私の脳内にある事を思い出させてくれた。

 それはさっき雛菊に頼んで携帯をもらっておけばよかったと。

 なんか慣れない人だった為、そこまでうまく頭が回せなかった。

 ……この脳をじかで殴りたい……。

 まぁそれは置いておくとして早く上に行かなくては。

 そして私はまた歩き出し、少しのぼると一階に辿りついた。

 その時だった。

 私の視界に一階の部屋が見えた時……私は目を力一杯見開いた。

 それと同時に私の心臓の鼓動が徐々に早くなっていくにつれて呼吸が早く、浅くなっていく。

 運動をしすぎた……とはまた違っている。

 運動ではないとすると持病や病の物……とは違う。

 私は病気や持病など持っていない。

 至って健康……というのも違うかケガとか多いし……いまだに片目は見えないし。

 となるとだ……病でもなければ過剰な運動でもない。

 となると消極的に考えると私の視界に映っているモノだ。

 私の視界に映った景色は一言で言えばこの世のものとは思えないものだった。

 壁には何人もの警官の死体がナイフで手足を串刺しにされ、地面にはもう元の色が見えない程深紅の赤で染まり切っいた。

 そしてそこにトドメを刺すかのように地面に倒れている真っ二つになった刑事やどこかが破損してしまい内臓や骨が見えたりしていた。

 それを見た私は足から崩れると同時に視界が霞んでいった。

 限界に達したのか視界に映っていた色とりどりが消えていき、灰色とかした。


「……うっ」


 あまりの残酷な背景で私の体に収まっている胃の中にあった内容物が勢いよく込み上げると同時に吹き上がり私の食道まで上がってくるのを感じ片手で口元を押さえこむ。

 見るな見るな見るな……これは夢だ。

 私は天沢あまざわ刑事が帰った瞬間眠ってしまっただけなんだ。

 そうだ……きっとそのとおりだ。

 私はそう願い、目を閉じ心の中で起きろ起きろ……っと念じる。

 あと少しして目を開ける。

 そうすれば……この悪夢は収まって目の前に探偵さんが……。

 あれ……なんで私こんな辛い時に探偵さんの事を……。

 意味……不明。


「……だから待っててっていったのに〜」

「っ!」

「あ、目は閉じたまま意識を私の声を聞く為に耳に集中して」


 目を開けようとした瞬間、誰かに抱きつかれる感覚に襲われる。

 そして私の耳元に聞こえてきた声のおかげかさっきまでの過呼吸がゆっくりとだが落ち着いていった。

 その時、語りかけてきた声と静止をかけていた声を聴き比べると違っており、語りの方は男の声だった。

 もう一つは雛菊だとわかった。

 そして語りかけてきた声には既視感があった。

 その落ち着いた声、一言一言に例えられないこう優しさというには違う……けど一つ言えるのは悪い方ではない。

 そこまで考えると、私はある人物が浮かび上がってくる。

 その人物はさっきまで頭の中に出てきた人物だった。

 いや、それでもここにいる訳ない。

 これる訳ないのだから。

 私はそれでも少しの希望を持って、ゆっくりと目を開くと上へと目線を上げる。


「……嘘……どうやって……」


 馴染みのある仮面を見た時、私の消えてしまった色は元に戻る。

 私は言葉を捻り出し、何かいようとしたが、声がうまく出ず、戸惑ってしまう。


「あ、無理に声を出さなくてもいいですよ……ゆっくりとで良いですから」

「あ……えっと……なんで……ここに」

「ここにいる雛菊さんが携帯で教えてくれて……法定速度をぶっちぎりにきました」


 法定速度を破ってくるって……100以上でここまで来たって事?……えぐ。

 どんなドライビングテクニック持ってるんだ……この探偵。

 というか……それ現役の警官の前で言う事かな……現に今後ろにいる警官の風上にもおけないであろう人が笑顔だけど怒りのオーラを撒き散らしている。



「泉導くーんー……君ぃ〜」

「あ……えっとその〜」


 あははっと探偵が苦笑いを多分しながら後退りをすると、それを追いかけるように雛菊がずずっと追いかける。

 二人のやりとりを見ていると、今危険な状況なのに少しほっとしている私が心の中にいた。

 少し戯れあっている二人を見つめていると、偶然視界に死体が映ってしまい……完全の吐いてしまった。


「オエぇ」

「「あ、氷室さんが吐いたァ!!」」


 一度見ただけで……慣れるものでは……なかった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 氷室の介抱を済ませた黎は吐きつかれた氷室を階段の壁にもたれさせた。

 ほっと息を吐くと黎が着ていたコートを床に敷き、抱き寄せていた氷室をそっとその上に置く。

 うっぷと、吐く寸前になってる氷室だが、先程ほとんどの胃の内容物を吐き出してしまった為、吐きそうになると苦しさだけが残っていた。


「辛そうですね……まだ吐きそうですか?」

「……ぜ……んぶ……吐いた」

「そうですか……また吐きたくなったら我慢せず」

「ん……了解」


 そう言い放つと震えた手で弱弱なOKマークを作る。

 この光景を暖かい目で見ていた黎と雛菊は普通はこの反応が普通なんだろうっと思い始めていた。

 そして心の底で私達は慣れすぎてしまった自分自身に驚愕すると同時にやっぱこれが普通だと疑心から確信へと変わってしまった。

 一般の人がこんな光景を見たらあんな風になるのは当然だろう。

 かく言う黎自身も吐き気はないが、こんな事をした者達に怒りを覚えていた。

 怒りはあるものの、心のどこかには彼らはまだやり直せるという自分がいた。


「まぁ……緊急性があったし不問として……泉導くん現状この警察内にはジェスター一人」

「一人?他の仲間は撤退を?」

「ええ……天沢曰く追いかけようとしたら、上虚イリハド級のフィクショナリーズが数体現れたらしく、応戦してる隙に逃げられたらしい」


 この警察署の地下深くにはアーティファクトがあるのだが、中にはフィクショナリーズが保管されている物もあり、多分逃走の際そのアーティファクトを壊し、出てきたのだろう。

 そもそも結界の内側ではフィクショナリーズは生まれるのは極めて難しい。

 仕組みはとっても簡単で、結界にはフィクショナリーズの元となる虚構物質「フィクション」を入れないようになっている。

 これを貼っていれば安全……という訳ではないが、少しは押さえてくれる。

 それを考えると、少ししか入ってこない物の為イリハド級が顕現する事はありえない。


「となると……ここにいるのは道化のジェスターだけとなりますね」

「そだよ〜皆を騙す道化師ことジェスターしか今ここにしかいませーん」


 ここにいる自分らの敵の名を挙げたその次の瞬間だった。

 氷室や雛菊の声色に合わなず、それに自身の声とも違った第3者の中性の声が黎の後ろ……警察署の玄関の方から聞こえてきた。

 雛菊と氷室はその後ろの人物を見たのであろうか、氷室は目を見開いたまま固まっていた。

 雛菊の方は氷室と同じく目を見開いているが、相手に悟られぬよういつでも動けるように警戒していた。

 その反応を見た黎は誰が後ろにいるのか察し、恐る恐ると振り返ってみる。

 そこには受付のテーブルの上に足組みをして座り、三本のナイフでお手玉をしていた。

 二人の反応、それにそれが誰であるかを決定付けるジェスターの仮面。

 黎自身実物を見るのは始めてであり、内心驚いていた。


「貴方が……道化の……」

「ん?」


 黎の声に気づいたのか、危険なナイフ手玉をしながらそちらに首だけで見つめる。

 すると、ふっ……と声を漏らすと、持っていたナイフを的確に天井に横一列になるよう投げつける。

 なんという器用さだろうか。

 サーカス団と名乗ってはいたがまさか本当にサーカス出身の者だろうか……と三人同じに思っていた。

 そして元々被っていたのであろうハット帽子を被り、よく紳士の方がやる右足を左足とクロスさせ、そのまま腰を折ると同時に右手を左胸前に添え、逆に左手を自身の背中に持っていく。


「僕が二十の狂人トュエンティー・マーダーの一人道化のジェスターと申します」

「お会いできて光栄ですよ……さん」


 不殺探偵……その単語を聞いた時、氷室と雛菊が同時に首をかしげると、はてなマークが見えそうなる。

 どうやら二人はその単語を知らないのか、二人顔を見つめ誰の事だろうと考えていた。

 黎自身もその通り名を知らず同じ反応になったが、探偵と付いていた事から自身の事だと気が付いた。

 そのまま仮面に隠れていたが、自分にそんな通り名があったと知った彼は恥ずかしくなり、赤面していた。


「あの〜そんな通り名の人いませんけど〜?」

「え?いやいや……今ここにいるじゃんほらそこの」

「それよりジェスターさん話し合いをしましょう」


 流石にバラされるのが嫌だったのか、ジェスターが指を指すと同時に全部言い終わる前遮っていく。

 遮った時、ジェスターの体の動きが止まる。

 遮られて驚いたのかはたまた話し合おうという黎の提案なのか……えっ……と小さく声を漏らし、驚いていた。


「……話し合い?……何いってんのキミ?」

「泉導君何いっちゃってんの?!」


 謎の提案にジェスターだけでなく、雛菊や氷室までも困惑してしまう。

 ちなみに言った本人は平然とし、相手の反応を待っていた。

 しばらくし、考えすぎたのか自身の頭を掻きむしり、どこか裏があるのかとジェスターは思考を巡らせていた。

 だが、これは考えても出てはこないのだ。

 なぜなら、この言葉に裏はなく、ただ純粋に、ただただ素直に話し合いがしたい。

 困惑するのも無理はない。

 この男……正気なのかっとジェスターは思ってしまう。


「とりあえず……どこか腰を下ろして話しませんか?」



 ページ12殺人鬼とお殺し合い(お話し合い)


 話し合い……それは古来より人同士の小さないざこざや喧嘩、はたまた世界を揺るがす戦争だったりと行われてきた和解の手法の一つ。

 この手法はどこでも使われている。

 だが、今警察署内である人物が話し合いをしようと持ちかけていた。

 その人物は探偵をしている男泉導せんどうれいと、提案を聞いて驚きを隠せず放心状態になった殺人鬼 二十の狂人トュエンティー・マーダーの一人道化のジェスターだった。


「……いや……いやいや!!泉導くん何言ってちゃってんの?毎回君の奇行行動見てたけど……殺人鬼に話し合いで解決とか……そんな探偵見た事ないよ?!」


 最初に沈黙を破った雛菊が声を少し大きめに言いながら黎に近づく。

 そして黎の表情を見ようとのぞいてみが、仮面をしている事を思い出し、踏みとどまる。

 だが、雛菊の反応は当たり前である。

 こんな危機的状況になっていきなり犯人と話し合いをして解決なんて聞いた事ない。

 その反応は氷室も同じだった。


「い、いや僕最初っから暴力行使はしたくないんですよ……それに彼は話し合いが出来そうだなぁーって」

「……ぷ……ぷははははは!」


 黎の発言を聞いていたジェスターがしばらく沈黙していたのだが、何かツボに入ったのだろう。

 突如腹を抱えながら笑い始めていた。

 突然の爆笑に黎や氷室、雛菊が顔見合わせる。

 少し笑った後、笑いで息が切れたのか近くにあった壁に片手を置いて息を整えていた。


「あー……やっぱ君面白い……」


 そう言いながら悠々と受付テーブルに近づくとドスッと上に乗っかる。

 どうやら黎と話すのが楽しみなのか、足をバタバタとさせながら黎に向かっておいでおいでとしてきた。

 その姿はまるで新しいおもちゃを待っている子供のようだった。

 手招きに招かれるかのように黎がジェスターの前にくる。

 すると、ジェスターが黎の耳元に顔を近づけ、小声で話し始める。


「君とは話したい……けど」


 一度、視線を見つめていた黎から雛菊の方に向く。

 視線を合わせるとすでに彼女は見つめていたのだろう。

 ジェスターがこちらを見つめた時、何か背中が疼き始めた。

 その時雛菊は自身が恐怖に支配されているのだと分かり、紛らわす為か、下唇を力強く噛み締め、恐怖をかき消していた。


「話してる時間はないんだ……君のお友達が今まさに飛びかかって来そうだからさ」


 そう言われ、チラッと視線だけを雛菊の方に向けると、ジェスターが言う通りだが。

 一見普通の佇まいのように見えるが、腰に隠している愛銃を抜けるようにとスタンバっていた。

 どうやら彼はここから逃げるつもりらしいが、多分無理だろう。

 いや無理と言ったが訂正しよう。

 一かバチかでジェスターが逃げれるかもしれない。

 何故かと言うと最初雛菊から聞いた情報によれば、ここにいた警官全員はジェスターに拳銃を向け、いつでも発砲ができる状態だった。

 そしてジェスターがショーを始めたと同時に銃撃戦が始まったのだろう。

 玄関方面を見ると、無数の銃痕の後があった。

 玄関扉はガラス張りになっていたが、そこだけ銃痕はなかった。

 多分だが、ジェスターがそこだけ影の能力で警官に注いだのだろう。

 それを踏まえると彼女の専門分野の早打ちで仕留めようとしてもジェスターは全てそれを避けて反撃をしてくるかもしれない。


「またいずれ話そう……探偵君……僕を止めてみな」


 ジェスターの影が少し動いたような気がし、影に目が映ったと同時に数発の銃撃音と硝煙の匂いが黎の後ろから匂い、聞こえてくる。

 ジェスターがいた場所の壁には撃った数の銃痕があった。

 

「ッ!」


 外した事を確認した雛菊はすぐさまにジェスターの行方を探すとなんと天井の影から上半身だけだしてこちらを見つめていた。


「僕はジェスター……サーカス団の座長……これからよろしく」

「逃すかァ!」


 影に吸い込まれていくジェスターを必死ににがさんと強張った顔付きになった雛菊がお得意の早打ちで撃ち抜こうとする。

 だが、時すでに遅くもう逃げられていた。


「しまったァ!犯人逃してアーティファクトまで……」


 うあぁぁぉぉぉ!っと項垂れながら髪の毛を掻きむしりながら悔しがっていた。

 それから10分後、他の署から来た応援が到着したのかパトカーのサイレン音が聞こえいくる。

 流石に部外者の黎がここにいると犯人に疑われるかもしれないと項垂れていた雛菊が我に帰ると共に察し、急いで黎とついでに氷室を裏から逃して、事なきを得た。

 こうして警察署襲撃事件が終わった。



 ページ13 警察署襲撃事件記録


 愛知県警察署襲撃事件報告書


 事件日4月24日 水曜日


 制作・責任者 泉導せんどうれい


 事件の顛末


 あの後私と氷室ひむろさんは裏口から逃げると、置いてあったバイクに氷室を乗せて一旦事務所へと向かった。

 着いて早々疲れていたのか彼女はぐっすりと眠ってしまった。

 私はとりあえず彼女をソファに横にすると、私も少しソファに座り、少し休憩している事数十分。

 刑事の天沢あまさわ刑事と対異能課の雛菊がやってきた。

 事情を聞くと一通りの事がわかったらしく、念の為報告に来てくれたみたいだった。

 被害は犠牲者は五千人の警察官が犠牲になったらしい。

 そのうちの何人かは意識があるものの夢から醒めない警官がいるらしい。

 どうやらテミスの誰かの仕業であるらしい。

 それ以外は座長のジェスターと副座長の仕業らしい。

 それと上階に民間人と捜査一課長の蒼生そうせいが人質となっていた。

 どうやらジェスターは攻撃してきた者だけを殺していたらしい。

 それに地下からアーティファクト一個盗まれたとか。

 そしてサーカス団のテミスは姿を消してしまい捜索を一時やめる事にしたとか。

 彼らが何故警察署を襲撃し、アーティファクトを盗んだのか……それは謎に包まれてしまった。

 また話そうと彼は言ってくれたのだが……彼とはまたどこかで会える……そんな気がしてやまない。

 それとこの事件を知った上層部からえらくお叱りが来そうで内心二人は胃がズキズキしているとか……まぁ確かにあの人からの説教は私だって逃げ出したいです。

 諸々の報告を終え、天沢達が出ていこうとした時。

 天沢が「今警察署危なそうだからお前のところで面倒を見てくれ」っと残し、私の静止を無視して去っていってしまった。

 まぁ……今回の事を考えると、確かにここに住ませたほうがいいのかな……と考えるようになりました。

 と言う事でしばらくは私が面倒を見る事と無なりました。

 以上報告を終わる。









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総集編ある探偵の虚構事件簿ー探偵再始動ー 狂歌 @kyouka00

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