転生者だからって無条件に幸せになれると思うな。巻き込まれるこっちは迷惑なんだ、他所でやれ!!

@hiragi0331

転生者だからって無条件に幸せになれると思うな。巻き込まれるこっちは迷惑なんだ、他所でやれ!!

「ソフィア・グラビーナ!」

 突如響き渡る声に、周りは騒めいた。何事かと目を見開く者、無粋な、と眉を潜める者と様々だ。

 それを他所に呼ばれた本人、公爵令嬢ことソフィア・グラビーナは凪いだ海のような涼しい顔のままだった。

「何ごとでしょうか、アンドレア様?」

 名を呼ばれた、エクスル国第一王子兼ソフィアの婚約者であるアンドレア・セルッティは燃えるような目でソフィアを睨みつけている。その傍らには、男爵令嬢であるエリカ・ランベルティが肩を抱かれていた。婚約者を差し置いて……いやそれ以前に男爵令嬢が公爵令嬢に楯突くような真似をするなど身の程知らずもいいところだ。下手をすれば不敬だと一家取り潰しの可能性があるというのに。

 が、アンドレアはそれを窘めるどころか、その肩を抱く腕に力を込める。まるでか弱き姫君を守る騎士のような構図だ、なんて誰かが聞こえないように囁いた。

 さらに宰相の子息であるエミリオ、騎士団長の息子アレックス、公爵子息のマルクスが護るかのようにその周りを取り囲んでいる。もちろん視線はソフィアを睨みつけて。この方々もまた己の婚約者を放っておいて何をやっているのだろう、とまた誰かが囁いた。

 ……が、そんなものは渦中の方々には目にも耳にも入らないらしい。アンドレアは大きく腕を振り下ろし……随分と芝居がかった仕草だ……大きく口を開けた。

「お前のような嫉妬深く意地の悪い女には失望した!」

「何のことでしょうか? 身に覚えがありません」

 あくまでも冷静なソフィアに、アンドレアの顔はますます怒りに染まる。

「身分を盾に、エリカに冷たい言葉を浴びせ、あまつさえ暴力までふるったそうだな!」

「アンドレア様……」

 そう囁いて青い瞳を潤ませるエリカのストロベリーブロンドを、アンドレアは安心させるかのように優しく撫でる。他の令息たちも「大丈夫だよ」「エリカは俺たちが守るから」などとまるで型に嵌ったかのような台詞を吐いた。

 「もう一度言いますが、身に覚えのないことです」

 その光景に何ら興味を示すことなく、ソフィアは凛としたままの姿でそう言った。……まるでスポットライトでも浴びているかのようだ、とまたまた誰かが囁く。

「まだ白を切るつもりか、まあいい。私アンドレアはソフィアとの婚約を」

「そこまでです」

 アンドレアの台詞を、静かな声が遮った。見れば、式典用の甲冑に身を包んだ護衛騎士たちがずらりと並んでいた。その中でも一際豪奢な甲冑に身を包んだ騎士が、続けて口を開く。

「セルッティ殿下、並びにソフィア様。そのようなお話は、このような場ですることではございません」

「なっ……! たかが騎士風情が私に口答えをする気か!?」

「口答えなどとんでもございません。ただ、卒業という晴れの日を汚すような言動は王族として……いえ、知慮深い人物がするにはいかがなものかと存じますが」

 あくまでも冷静な騎士の言葉に冷静になったのか、アンドレアは改めて辺りを見渡した。どの顔も一生に一度の卒業パーティを台無しにされた怒りと失望で満ちている。口に出さないのは、相手が『王族』だからだ。逆を言えばそれだけにしか過ぎない。

「一室をご用意させていただきました。ご移動をお願いいたします」

「し、しかしっ……」

「ソフィア様、並びにそれぞれの御子息のご両親の方々、そして陛下と王妃様がお待ちです」

 ざわっ、とホール中が騒めいた。渦中の人物たちの顔が、見る見る内に青ざめる。

「案内してさしあげろ」

「はっ」

 騎士たちは頷き、たちまちの内に彼らを取り囲んだ。

「こちらへ」

 有無を言わせぬ響きに、彼らはぞろぞろと歩き出す。そうして全員が会場から出た後、騎士団長が深々とお辞儀をした。

「皆様、失礼いたしました。この先は誰の邪魔も入らぬよう我々が目を光らせておきますゆえ、学園での最後の日をごゆるりとお楽しみください」

 その言葉に、ほっと安堵したような空気が流れる。騎士団長がドアを閉めたのを合図に、楽し気な騒めきが戻った。

 その中を静かに擦り抜けて、バルコニーに出た人物が一人。

 今宵は満月。月明かりが綺麗に整えられた庭園を静かに照らしていた。

 それに目を細めながら、静かにグラスを傾けていると。

「ルチアナ」

 名を呼ばれ振り向けば、そこには親友のカタリーナがグラスを片手に微笑んでいた。

「お疲れ様」

「いいえ、そんな……。カタリーナこそ、お疲れ様」

 そうルチアナが返すと、カタリーナは静かに隣へと歩いてきた。その長い紺色の髪が艶やかな光を帯びているのに目を細め、ルチアナは口を開く。

「貴方の協力があったからよ。……まさか信じてくれるなんて思ってなかったわ」


「私が『ニホン』という国からの『転生者』なんてこと」


 それにカタリーナは小さく笑ってみせた。

「正直、半信半疑だったわ。でも、貴方の言った通りに『エリカ』という名前の令嬢が編入してきたのだから、信じるしかないわよ」

 ルチアナは困ったように微笑む。ヒロインにデフォルトネームがあって良かった、と内心で胸を撫でおろしながら。

 まさか生前好きで読んでいた『転生もの』に巻き込まれるとは思わなかった。しかもプレイしたことがある乙女ゲーム『乙女の紡ぐ祝福のブーケ』の世界に。

 それを物心付いた頃に、ふっと記憶が溶けだすかのような感覚で思い出した時は「うわあ、マジかよ」と頭を抱えた。ただ自分の立ち位置がヒロインや悪役令嬢、攻略対象の婚約者など重要な立ち位置ではない、と分かった時は少しばかり胸を撫でおろしたが。ただ身分的には伯爵令嬢という位置にいたため、別の意味で苦労するだろうな、とげんなりもした。

 ただこの事は両親には言えなかった。理由はエクスル国の唯一神であるティオー神の教えに背くことになるからだ。その教えとは、善人ならば天界へ、悪人ならば冥界で裁きを受ける、というシンプルなものだ。輪廻転生などという言葉はもちろん、そのような考えすら存在しない。そんなティオー神の敬虔な教徒である両親に「私、転生者でーす!」なんて冗談でも言ったら最後、取り返しの付かないことになるのは想像に難くなかった。

 ……が、この事を自分一人の胸にしまいこんでおくことは耐えがたかったし、平穏な学園生活を送るためには協力者が必要だと考えたルチアナは幼馴染兼親友のカタリーナだけにこの『秘密』を打ち明けた。

(やっぱり半信半疑だったんだ……けどまあ、結果オーライってことで)

 ルチアナはそう結論付けて、果実水を一口飲んだ。

「本当に大変だったわね。同じクラスになったばかりに巻き込まれてしまって」

「ええ……。正直言ってやりたかったわよ」


「『他所でやれ』ってね」


 ルチアナの令嬢らしからぬ言葉遣いに、カタリーナは苦笑するだけだ。

「普段からあちこちうろうろして身分差関係なく声をかけて……、見かねて注意なさった方もいらしゃったけれど『はい』の一言だけで済まされたそうよ。身分の高い人との婚姻を望んでいるというのに、将来の敵を作ってどうするのかしらね?」

「何も考えてないんでしょう、自分は『ヒロイン』なんだから」

 ルチアナは肩を竦めてみせる。エリカが転生者ではない、もしくは転生者であったとしても常識的な人物であれば同じクラスの一員として扱っていただろう。しかし残念ながら所謂『転生ヒドイン』な彼女は、平穏であった筈の学園生活をこれでもかと引っ掻き回してくれた。ちなみに『転生者』だと気付いた理由は、偶然にも教室で『上手くいかない……やっぱり好感度アップアイテムないとキツいよね』とぶつぶつ呟いていたのを聞いたからだが。

 だから成績が底辺だろうがクラスメイトから不興を買おうが、所謂『攻略対象』の子息たちが軒並み籠絡したのか、とも納得した。

「わざと転んだり、苛められたと泣きついたり」

「おかげで濡れ衣を着せられそうになったのは数えきれませんわね。学園のイベントにも出しゃば……いえ率先してお声をあげられるせいで、話が全く進まなくなったこともありましたし」

 そのおかげ(?)でエリカ以外のクラスメイトの結束が固くなったのは皮肉な話だと苦笑しあう。

「セルッティ殿下たちは、何故エリカ様の話を疑いもせず信じたのでしょう?」

 カタリーナの疑問に好感度アップアイテムのせいだよ、と答えようかと思ったがルチアナは「さあ?」と小首を傾げるに留めておいた。あんなチートアイテムに妙なものが入っていない訳がない。知らない存じないを貫いた方が良いに決まっている。

 が、売っている場所は知っていたため、匿名で警備隊に報告を垂れ流しておいた。ついでに足繫く通っている令嬢がいることも。今行われているであろう『話し合い』の場にこの『情報』は十中八九出るだろうが、知ったことではない。

(つーか、全員に使うとは思わなかった。そういえば逆ハーエンドがあったけど実行するなんて)

 行動力『だけ』は凄い、と逆に感心する。というか逆ハーエンド迎えた後どうするつもりだったんだろう、と思わなくもなかったが、今となっては詮なきことだ。

 そして。

「ソフィア様もね……。本来ならセルッティ殿下を諫めなければならない筈なのに」

「ご自身も浮気に忙しいなんて、あり得ないわよね」

 庭園の一角にある温室。そこで隣国であるヒビスク国からの留学生イアン・ディズレーリと『2人きり』で会っていた、しかも数回ではなく幾度も、ということは公然の秘密だった。知らないのは本人ばかりなり。

(で、ソフィア様も『転生者』とか……。一体なんなんだ、これ?)

 流行りを詰め込めば良いってもんじゃねーぞ! と分かった時は額を押さえたものだ。そして分かったのはまたもや偶然、ソフィアが『隠しキャラの攻略は順調ね』と呟いているのを聞いてしまったからだ。

 二度も偶然が重なるとは考えられない、これはもう必然だ。もしや自分に宿った『転生者特典』みたいなアレな能力(?)のせいなのか、だとしたら全く嬉しくな……いや、まあ結果的に卒業パーティを台無しにされなくなったから良しとしよう、うん、とルチアナは心の中で納得することにした。

 ちなみにこのことも匿名でランベルティ家、ディズレーリ家に報告しておいたため以下略。その内イアンも『話し合い』に呼ばれるだろう。と、思ったら騒がしくなった。どうやら呼ばれたようだ。

「カタリーナ、本当に協力してくれてありがとう。私一人では無理だったわ」

「いいのよ。私も平穏な学園生活が送りたかったし……結局、防ぎきれなかったけれどね」

 ゲームのルートを思い起こし、それと並行して情報収集。苛められた、と濡れ衣を着せられそうになった令嬢や公子のアリバイの証言をし、さらに助言をしてクラス内の結束をより強いものに。もちろん成績を落とさないように勉強も手を抜かず。正直「何で私がこんな気を使わないといかんのじゃ」と自棄になりそうになったり、挫けそうになったこともあったが、親友のカタリーナが傍に、そして協力をしてくれたからこの日を迎えられた。もちろん、クラスメイト達の力もある。

 周りに恵まれて良かった、とルチアナは胸が熱くなるのを、ぐっと噛みしめて微笑んだ。

「カタリーナは、フェリックス様の元へ行くのよね?」

「ええ。結婚はセルジュ様の領地に移って、1年程勉強してからよ。式には来てくれるかしら?」

「もちろんよ」

 大きく頷けば、カタリーナは嬉しそうに微笑む。が、少しばかりそれが曇った。

「ルチアナは、留学に行くのね。海を越えた南の……」

「ええ、バラヌス国に。あの国にあるブドウ栽培の独自の技術と、新種の開発のためにね。これで少しでも領地が潤えばいいのだけれど」

 学校の勉強だけではなく、外国語を平行して学ばなければならなかったが、領地のためとあらば泣き言は言ってられなかった。それに話せる、読めるようになればなるほど楽しくなるものだし。

 ルチアナが微笑んでそう言うと、堪え切れなくなったのかカタリーナの目からぽろ、と涙が零れ落ちた。

「……寂しくなるわ」

 その言葉に、ルチアナの胸が締め付けられた。込み上げそうになる何かを堪え、白いハンカチでカタリーナの涙をそっと拭う。

「私も、カタリーナに会えなくなるのは寂しいわ。……お手紙を書くわね」

「ええ、私も書くわ。何通もね」

 顔を見合わせ、ふふっと笑い合い。

「遅れたけれど、乾杯しましょう」

「そうね、無事に卒業できたことに」

 2つのグラスが、月明かりに掲げられ。

「「乾杯!」」

 チン……!

 澄んだ音が、鼓膜に心地良く響き渡った。


(終)

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