第37話 2人の主人公


「……つまり、君はその星の塔とやらを攻略し、転移者全員を元の世界に返す事が目的、と言う事か?」


「はいっす」


「なる……ほど……」


 双月セツナの話を聞き、腕を組む。

 参った、この子、普通にただ、ただ、善人だ。


 大広間のソファ席、机を挟んで対面に座る彼が口を開く。



「あの運営は信用できないっす。でも、全員を元の世界に返す事が出来る唯一の可能性が星の塔の攻略です。オレはその可能性に賭けたい」


 まっすぐ俺を見る双月セツナの顔。

 おそらく、嘘はない。

 彼はつまり、他のプレイヤーの救済の為に行動している訳だ。


 自分の生き残りのみをまず考えた俺とは恐らく根本的に考え方や生き方が違う人間なのだろう。


 だから、シンプルに気になった。


「何故、君がそんなに背負う必要がある?」


「……」


「君の怪我や負傷度合いから見て、相当痛めつけられたのが分かる。怖い思いもしてるだろう。この世界は、想像以上にハードな世界だ。リアルな異世界転移ファンタジーがどれだけ恐ろしいものか、君はもう知っているはず」



 双月セツナが、わずかに目を開く。

 ああ、俺は我ながら性格が悪い、最低といってもいいだろう。


 今、俺は彼に興味を抱いている。

 彼自身にではなく、他人の為に命を賭ける事が出来る人間という属性に。


「それでも、君は何故、他人の為に命を賭ける? 君じゃなくてもいいんじゃないか?」


「自分、いえ、オレがライバーだからっす」


「……どういう事だい?」


「……恥ずかしい話すけど、オレ、ほんと今まで何してもダメな奴だったんす。学校にも馴染めなくて、バイトしても仕事の覚え悪くて、人が、社会が怖くて……」


 友村友人。

 ここで止めるべきだ。

 この姿やこの話は配信されている。

 他人の心の柔らかい部分にぶしつけに触れる事ほど、恥ずべき事はない。


 ああ、だが、俺は――本当に、最低だ。


「……いつのまにか、外に出るのも怖くなって……自分は誰にも必要とされてない人間なんだって思ってました。なんで、オレは何をしても、ダメなんだろうって」


 俺は、双月セツナの言葉を止めない。


「でも、これ。Vtuber、配信って仕事に出会って……こんな、オレでも、誰かの楽しみとか、励みとか、誰かの役に立てる事がわかったんす。オレが配信する事で、誰かが楽しんで、それで、明日も頑張るかって……オレは、この仕事に出会って初めて、誰かの役に……誰かに必要としてもらえたんす」


 セツナがまっすぐ、俺を見る。

 積み重ねている人間の目だ。

 自分の行く先、なすべき事、それらの為に苦しい事もきつい事からも逃げなかった人間の目。



「オレの仕事は、誰かを楽しませる事。でも、これは、この世界は違う。オレ、バカなんすけど、なんかこれは違うって思うんす。いきなり連れてこられて、訳も分からない内に命がけの冒険をさせられて……事務所の仲間や友達は、オレが巻き込んだ人もいます。オレはオレの責任を――」


 人形のような容姿の少年が、いずまいを正す。

 一瞬、唇を震わせそれでも、俺をまっすぐ見て。



「やらないといけない事を、やりたいんス」


「…………良いね」


「えっ?」


「あっ、ゴホン、失礼、成程、事情はなんとなく、君の人となりも理解した」


 いかんいかん。ついテンションが上がってしまった。


 、マジかよ。

 本当にこんな人間が現実にいるのか?


「えと、あの、友村センセイ?」


 主人公だ、まさに。

 なすべき事を定め、それを成す。

 そこに自分の保身や打算もない。

 彼の言葉が嘘ではない事は、彼の行動、ゴブリンにつけられた傷がそれを証明している。


 ――俺とは違う本物の主人公。

 かっけえ……。

 応援してえ~……。折れないで欲しいなァ~……。



 どうしたものか、俺はすでに彼のファンになりそうだ。

 だとすると、本当に回復薬のあの副作用がノイズで仕方ないな。

 なんなんだよ、あの薬は。



「……何か、俺に力になれる事はないか?」


 決めた。

 当初の目標を修正しよう。

 俺はこの世界で生き残る、同時に、双月セツナを生かそう。


 彼がこの世界で何を為すのか。

 気になってしまった。



「え、と、友村センセイ?」


「さっきも言ったが、先生はマジでやめてくれ。トモムラで構わない」


「え……あ、じゃ、じゃあ、トモさん、とかでいいっすか?」


「ああ、問題ない。それで、さっきの話だが、回復薬の話……」


 セツナが回復薬という言葉を聞いた瞬間、表情を引き締める。

 彼の顔が心なしか赤いのは、もう気にしないでおこう。



「っす。あの、俺ら、攻略組は星の塔に挑戦して、1階で敗走しました。原因はオレらの意識の低さと甘さっす。それと同じくらいあと1つ。この世界のがゲームとまるで違う事でした」


「ゲームと違う、か。どういう意味だ?」


「…………オレら、攻略組は最初、この世界はファンタジーRPGの延長だと心のどこかで思ってました。だから、すぐに気付かなかったんです。この世界のゲームとの一番の違い――””が乏しい事に」



 ~~~~

 の情報の一部が更新されます・

 ・あなたは本格ファンタジーの信奉者だ

《――う~ん、やっぱさぁ! あんま気軽に回復とかしてほしくないな……こう、本物を感じて欲しい!》

 ~~~~


「ふむ……ん?」


 ……なんだ、今の?

 視界にあるメッセージボックスが現れた瞬間、声が聞こえたような……。


「と、トモさん?」


「あ、ああ、すまない、続けてくれ。双月君」


 今は彼の話に集中しなければ……だが、今聞こえた声、物凄く聞き覚えがあるような。


「り、了解っす。どんなゲームでも、特にこういうファンタジーだとお約束みたいになってるっすけど、HPとか体力が減ったら、絶対回復手段ってのがあると思うんすよ。回復魔法だったり、ポーションだったり、だったり」


「あ、ああ、そうだ――」


 ~~~~

 の情報の一部が更新されます・

 ・あなたは重度の設定厨だ

《――せや!! 回復薬を違法薬物って事にしちまえば簡単に回復出来ないな! ……はい! シナリオ決定っ!》

 ~~~~



「――な”!!??」


「え!? ト、トモさん!?」


 つい立ち上がってしまった。


 おい、待て、待て待て待て待て。


 このメッセージと共に、流れてくる声、これは……。


「お、俺、俺の、声だ……」


「ぇ……? ト、トモさん??」



 目をぱちぱちを瞬きするセツナ。


 おい。待て、もし、彼ら攻略組の失敗が――この世界の回復手段が乏しかったせい、だとしたら……。


 フランシスが回復薬の存在を、まるで見た事もない物を見たような反応をしたのも。


 ワイバーンが薬師に対して過剰に反応していたのも。


 セツナがこの世界の攻略の為に回復薬の作り方を求めているのも。


 まさか、回復薬にあんな副作用があるのも……



「お、俺の、せい……」

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