第35話 10日目:ヤバい回復薬


「自分、双月セツナっす……えっと、トモムラ先生、でいいんすよね?」


「先生は勘弁して下さい……」


「えっ、なんか、シナリオを書かれた、方って……」


 運営のクソ野郎……。

 この世界に転移した時に、馴れ馴れしくしやがって。

 やはり、他のプレイヤーにも俺はその認識になってるじゃあないか!

 このままじゃグル扱いだ、ちくしょうめ!!


「い、いえいえ、たまたまシナリオのコンペに通って、一部の設定作ったりしただけです。端役も端役ですよ」


「そう、なんスか? すみません、そう言う業界のアレに疎くて……」


「いえいえ、僕も素人同然なんで」


「そう、スか……」


「………」


「………」



 え? 気まず、普通に気まず。


 俺、もしかしてコミュニケーション能力低い?


 いや、違う違う、俺はコミュ力高いはずだ。

 この沈黙は仕方なくねえか!? 俺のせいなのか?


 クソ、容姿が中性的かつ、髪が長くて脳が混乱する!!


 髪長! 顔小! 肌白!


 本当に同じ男か?

 俺、この子と一緒に風呂に入るのはなんらかの条例に違反するんじゃあないか?


 ――いっそ、風呂を出るか? 

 いや、なんかそれは逆に意識しているような……。

 待て、そもそもこの子、なぜ、今、俺が風呂に入っているのにわざわざ……。


「……」


 この、何かを言いたそうな美少年フェイス。


 ……そういう事か。

 この子、双月セツナ君は俺を責めようとしている!!

 まずいぞ。誤解を解かないと……!

 俺は、運営側の人間じゃないと!!



「あ、あの……トモムラさん、でいいんスかね」


「あ、ああ、それで構わないです、双月さん」


「あ、オレ、いや、自分の事はセツナって呼び捨てでいいっす。目上の方にさん付けされるのは申し訳ないんで……」


「いやあ、そういう訳にも……」


「いいっす、セツナで」


「あ、はい……じゃあ、セツナ君」



 え、やだ、この子、なんか怖い……?


 さ、さすが、有名人……なんか凄みがあるぞ??



「トモムラさん。……あの、ウェル、自分のワイバーンに聞いたんすけど、トモムラさんがオレを助けてくれたんスよね?」


「あ、ああ、結果的には」


「なんでっすか?」


「え?」


「こんな世界っす、これはゲームじゃなくマジで命がけの異世界っすよ。トモムラさん、オレのリスナーとかっすか?」


「い、いや、寡聞ながら、Vtuberの界隈には疎くて……」


「っすよね。なんか、雰囲気がファンの人って感じじゃないっす、でもなおさら、なんでですか?」



 赤い瞳が、俺をじっと見つめている。

 エルマといい、この子といい、顔のいい人間の赤い目は迫力があってやばい。


「トモムラさんはライバーでもないっすよね。オレのファンでもない、オレと関係ない人のはず。オレ、ゴブリンに殺されかけたんす。悪魔みたいな奴もいて……決して、簡単な事じゃなかったはず、なのに、なんで、オレを、見ず知らずのオレを助けてくれたんすか」


 試されている……。

 おそらく、この返答を間違えれば、非常にまずい事になる気がするぞ……!


 俯瞰俯瞰俯瞰俯瞰俯瞰。

 今、俺はこの子にどう見られるべきだ?


 そうだ、あいつ。昔の友人、あいつならこんな時なんて言う?


 あの性悪ニヒル天才女なら――。



 ――別に、関係ないよ、アタシは――。



「――ひ、人として当然の事をしたまでだよ、セツナ君」


「――」



 双月セツナが固まる。

 浴場には、岩壁から流れ続けるお湯の音だけが響く。



 沈黙を破ったのは、双月セツナの声だった。



「そうか」


 納得の声、か?

 俺は内心で胸を撫でおろして――。




「そうか、やっぱりアンタが俺の英雄なんだな」


「ぇ?」


 おい、今、なんて言った?



「英雄、英雄、英雄、ずっと、ずっとあこがれてたんだ、オレ」



 双月セツナが、何故か熱い視線を送ってくる。



「アンタの動画を見た……この世界にきて最初の日だ。オレ達がなんも出来ずに、ただ家に引きこもって怯えてる中、トモムラさん、アンタだけは前を見ていた」


「え? な、何の話?」


「知らねえとか言わせないっすよ、ムカデ退治っす」


「ああ、アレ…………ん????????」


 ん?????????????

 初日のムカデ退治……????

あ!!!!


「そ、そういえば、俺の動きは配信されているんだった……」


「そうっすねオレ達Vtuberと何故かトモムラさんはこの世界での行動や生活が常にライブ配信されてんすよ」


色々起こりすぎて完全に記憶から消えていた。

おい、じゃあ今の状況なおさらまずいじゃあないか!!



「チュート――ッ」


 チュートリアルを呼ぼうとしたのを我慢。

 今、運営との繋がりが疑われているこの状況で、あの愉快犯チュートリアル野郎を呼ぶのは非常によろしくない気がする。



「……トモムラさん、すげえ、綺麗な目をしてるすね……なあ、もっとよく見てもいいすか。オレ、アンタと話してみたかったんだ」


「ひっ!?」


 セツナがこっちに近づいてくる!

 小さな肩がぶつかりそうな距離だ!


「オレは駄目な男だ。妹を守ってやんねえといけないのに、なんもできず、一緒に怯えて。考えもなしに皆を巻き込んで、勇んで、皆を危険な目に遭わせて、勝手に死にかけて……なあ、教えてくれよ、オレとアンタ、何が違ったんすか? アンタはどうして、そんなにかっこいいんすか? あは……なんか、オレ、おかしい、ドキドキする……」


 な、何かが、不味い!! なにがなんだかわからんが、とにかくマズいぞ!

 蕩けた赤い目、白い肌は桃色に染まっている……



「……ハァ、ハァ、トモムラさん……自分、オレ、なんか、変なんす。アンタを見てると。胸が、熱くて」


「ひえ!!」


 だが、待て。

 紅潮した顔、荒い吐息。支離滅裂な言動。


 これは――。


「トモムラさん、オレ、本当に変なんすけど、やばい……見てほしいのに、見てほしくないっていうか、オレ、アンタに、教えてほしいんだ、英雄を、なんで、オレ、オレは普通だったのに、アンタの顔を見てると、胸が、いろんな所が切なくて……」



「毒か……!?」


「……えっ?」


「セツナ君、いったん落ち着け! 君は今、毒に侵されている可能性がある!!」


「え、え? ど、毒?」


 いや、もう間違いねえ! 毒、毒!

 きっと、ゴブリンの巣か、フランシスの麻痺毒の後遺症かなんかだ!


 なんで、お前、異世界まで来て妙に色っぽい男に言い寄られないといけないんだ、冗談じゃあないぞ!!


 それに最悪の最悪の事態が1つ!!


 今、


 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。待て、待ってくれ! 

 こんな美少年とほぼゼロ距離のアラサーの浴場シーンはまずい! 

 いや、誤字じゃなくて!!


 他の人間にもし、この状況が視聴されているというのならば――。


 俺の世間体がこのままで、終わるッ!!


「スキル毒解析、使用!!」


「えっ?」


 セツナ君の顔の前に手を掲げる。

 だが……


 ~~~~

 スキルの使用条件を満たしていません。

 毒解析は己の体内にある毒しか適用されません

 ~~~~


 駄目か……!

 毒性解析の使用条件を満たせない……!

 

 ん?いや、 待て……。

 あのスキルと組み合せば、もしかして――!



「スキルツリーシステム!! 経験値を使用し、新スキルを獲得希望だ!」


 選ぶスキルは――。


 ~~~~

 スキルツリーシステム適用

 外典人類史検索、該当発見

 ホモ・アイシス定向進化DNA模倣

 対神機能名”瞳術”

 DNA情報書き換え成功――

 

 スキル”翡翠眼”定着

 ~~~~


「”翡翠眼”!!」


 ギッ、目に一瞬引きつるような違和感――無痛薬のおかげか、痛みはない!!


「……え、トモムラさん、その目……すげえ、宝石みたいだ……」


 ぽーっ、とした顔のセツナ君が固まっている、チャンス!! 

 これ以上の肉体的な距離の接近はごめんだ!



「翡翠眼+毒解析=毒見分どくけんぶんの術!!」


 見える、見えるぞ!!

 セツナ君の身体、胸のあたりに、なんか、ドス黒と濃い緑色が混じった光が!!


 なんだ、アレは!!


 おのれ、ゴブリン! フランシス! なんて酷い事を!!

 一体、双月セツナに何をしたんだ!!



 ~~~~

 毒見分の術成功

 双月セツナ:中毒状態

 中毒判別:心酔中毒

 中毒原因:の副作用効果

 毒見分の術成功

 回復薬には作成者への心酔、盲愛、偏愛を促す副次効果があります

 ~~~~


「……んんん??」


 え、マジで?

 ……誰だ、こんな薬作ったの?? 


「……俺じゃん」




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