ニルヴァーナの鯨

西野ゆう

第1話 罪の中の罪

「おい、ウソだろ」

 ヌルッとした感触なのに、皮膚がチリチリと痛む。その液体の出どころを探し出して強く抑えたが、指の間から嫌な臭いをさせながら液体は流れ続けた。

 熱い。

 手のひらが、とてつもなく熱い。

 この臭いは液体のものか、俺の溶けてゆく手のものか。

「返事、しろよ。応えろよ。クジラの国に行くって言ってたじゃないか。約束したじゃないか。これで行けるって笑ってたじゃないか。死ぬなんて、聞いてない」

 言葉を発するごとに、液体は勢いを増して溢れてくる。骨までも指先から溶けてゆく。

「なあ、シャディム。応えてくれよ」

 俺の声は聞こえているのだろうか。

 ああ、シャディム。消えないでくれ。俺をクジラの国に連れて行ってくれ。

「シャディム」

 何度呼びかけても返事はない。彼女のぬくもりはまだ感じられるというのに。

「この道じゃ、なかったのかよ。このクジラが連れて行ってくれるんじゃなかったのかよ」

 俺は何に対して悔いるべきかも分からないまま、過去の自分の選択を悔いた。

「シャディム!」

 俺の手のひらが全て溶け、噴き出してきた液体を身体に浴びてシャディムの名を全ての力を込めて叫んだ時、彼女が少し笑ったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る