OH MY BUDDY‼ Ⅰ

 好葉と小撫は、都市部を出て二十分ほどの工業団地を訪れた。

 目的の倉庫だけ他所と違って外灯が届いておらず、陽も沈む頃合いで不気味さの引き立つ外観だが、二人からすればこのような薄闇もいつものことだった。

「うちの体育館より狭いかな」

 好葉は緊張感なく倉庫を見上げた。

 ここだけ周囲に人の姿がない。即ち暗躍に適しており、暗躍の段階で始末するのにも適している。連中の存在が漏れる前に制圧できる好機に他ならない。

 学業を両立する以上、ゴーレス狩りとして一目置かれる存在となっても、平日に与えられる任務はこの時間帯に限る。

 夏休み中もゴーレス退治に励んだ二人は、同じ時間帯というのに空が暗くなるのが早くなったと敏感に気付く。暑さが去って、寒さが訪れたのだから、その証拠に自分たちは秋向きの制服姿でいるのだから、四季と気温の不思議を考えるつもりもない。

 格闘になると結局汗をかくよね、などと話して目的地へ。

 連勝続きで浮かれているわけではないが、場数を踏むとゆとりは生じてしまうもので、死や最悪の展開が脳裏をよぎり、不安に駆られるのが当然のはずも、そうあるべき清廉な少女たちは自分たちの実績に感覚が麻痺し、目的地の入り口を前にしても毅然としていられた。

 敵は多勢と情報を得ている。姿からは、簡単には行かない、と言われている。

 それでも、劣勢を強いられる場合もあれ、これまでどうにか五体満足で任務遂行・生還してこれたのだから、今回もきっとどうにかなると信じられた。

 敵がゴーレスのみとは限らないなど、考えもしなかった。


 倉庫はオーバードアで、女子でも腰を低くしなければ通れない幅で開いていた。

 万が一の目印として、好葉は任務のスタート地点に棍を入れたケースを置いておく。今回もその通り。それから屈んで中を覗き、人の声も影もないことを訝しむと、後ろの小撫に手振りで、ゴー、と伝えて侵入した。

 中には巨大なコンテナが真ん中を広く空けて並んでいた。

 コンテナは跳躍力のある好葉でも棍を叩く衝撃を利用するか、壁を利用しないと登れない高さで、外の光も入らないため、道が開けていても視界が不利と感じた。二人は慎重な足取りになり、いつ、どのコンテナの隙間から急襲されてもいいように準備をした。

 入り口からコンテナを一つだけ越えたところ、突如として倉庫内の天井にある照明全てが起動した。

「目眩まし⁉」

 あまりの閃光に好葉は目蓋を開けずも耳で奇襲に備えたが、何も起きず、誰も現れず、視界が慣れると小撫と目配せした。

 小撫は何とも言えない顔をしていたが、好葉は自分たちが思っているような窮地ではないと判断し、相棒のシリアスな様も相まってつい笑った。

「多分、人の気配に反応して点くやつだよ」

 小撫はハッとなり、物騒に勘繰る自分を恥じた。

 奇襲に備えて四肢が力んでいた分、気の抜ける量も多くなり、「いやぁ、一本取られた」と言って好葉は歩みを再開した。

 ただ、余計に不気味だった。ゴーレスは脅威で、それを狩る自分たちもゴーレスからしてみれば排除したくて堪らない脅威だ。特に情報通りの大群なら、自動照明もコンテナの隙間も利用するのが当たり前。

 好葉が「入り過ぎてるかな」と戸惑う中、他に人の気配がないのは、侵入者としては安心だが、狩りに来た二人からすれば妙と思わずにはいられなかった。

「いない? もしもーし!」

 大声で誘うも、虚しく木霊するだけ。この場所には自分と小撫しかいないと断定した。

「好葉さま」

 好葉の耳元で囁く小撫。

「この倉庫には二階と地下があります」

 小撫が指差したのは未踏の倉庫奥。並ぶコンテナの数が左右で違い、少ない右側にエレベーターがある。そこから下へ行けると話した。

「え? 小撫、それ知ってたの?」

「はい。事前に倉庫の構図を調べておきましたので」

「あー」

「ご、ごめんなさい。私が伝えておけば……」

 柔い右手で細い袖を掴む小撫に、好葉まで罪を覚えた。

「何も。それは私のミスだよ。場所だけ分かっていれば中の構図なんてアドリブでいいやってサボったんだから」

「好葉さま……」

 自分のミスだと思うと、しばらく引きずるのが由埜小撫。好葉に影響が及ぶ問題だと尚更。好葉には常に溌剌としていてほしい想いがあるため、それを脅かす者が他でもなく自分と分かれば消沈を免れないのだ。

 そのように想ってくれるのが嬉しい好葉は、敵地のど真ん中であろうと何だろうと構わず小撫を抱擁したい気持ちになる。

 その悲願を原動力に変え、弱る小撫に手を差し伸べた。

「外にいた時と、このフロアに足を踏み入れた段階で疑うべきだったんだから、これは私のミスね。早速ミスを帳消ししたいから、行こう!」

 コンテナの隙間まで照らす照明にも劣らない、屈託のない彼女の笑みに小撫は光を見た。


 横幅と、身の丈に根を合わせてようやく届くほどの高さから、エレベーターの広さは閉じられていても分かる。

 コンテナを下に移したりするのかな、と心で考えるも、ここは使われなくなった倉庫で、コンテナの中身も空っぽと読めれば好奇心も萎えていく。

 そのようなことを考えているのだろうと、小撫は好葉の、目元の微動や明暗を覗き微笑んだ。

 エレベーターもあるが、真横に鉄骨階段もある。

 エレベーターのボタンはB1しかない。小撫の言う通り上には行けないということ。

 階段は上下両方に行けるうえ、エレベーターと違って自由が利くため、いずれかに罠が仕組まれていても階段ならまだ対処できる。

 ただ、階段は上下共に、先にある景色を何も見せてくれないほどの真っ暗闇だった。

 ここまで来てようやく、よく制服姿の女子がこんな場所にいるものだと感じた。その上で自分たちより巨大で硬い敵を大勢相手にするというのだから、互いに苦笑が漏れる。

 上と下、どちらから調べるか。鉄骨階段とエレベーター、それぞれを見ていた。

 迷った時は好葉が決め、危険を察知した場合に小撫がブレーキを踏むのが二人のルールとなっている。

 しかし、好葉も小撫も、今の自分たちには多少なり慢心があると感じているため、いざという場合を考え、脱出口が明らかなこのフロアへ戻れる選択肢を優先したい意思が共通した。

 小撫は好葉の決断を待った。

 そこに、ズン……と鈍い音が聞こえ、次にカンッと鳴る音が響いた。

 上と下、それぞれのフロアからだ。

 一つ目の音は遠くに聞こえたが、二つ目の音は鮮明だった。闇にしか見えなかった二階の先に白い脚が現れ、二人を誘うように鉄骨を蹴って鳴らしたのだ。

 好葉の位置からは見えないが、小撫には白い脚が自分たちと同じ若い女子のものだと分かった。

「あっ!」

 白い女子の背後にジーパンを履いた男が現れ、共に闇へ消えていくのが見えた。

 状況は読めないが自分たち以外の女子がここにいていいはずがない以上、迷ってもいられず、小撫は走り出す構えで好葉に向き、視線で聞いた。

「まずくなったら下りてきて!」

 小撫は頷き、階段を駆け上がった。

 よって、好葉は一つ目の音を確かめることとなった。

 おそらく爆発が起きた音だ。階段だけでなくエレベーターにも注目していたが、転倒しかけるほどの揺れと轟音が足元から感じられたので間違いない。

 上へ駆ける小撫を途中まで見届け、エレベーターを使わず同じ階段で下へ向かった。

 コンコンと、二人四足のローファーが薄い鉄板を鳴らす音が響くも、騒々しく思う者はここにいない。

 白い女子の救出、または何者かを突き止める責を負った小撫は必死に走る。

 好葉は姿に言われた、爆発するぞ、という言葉を思い出し、「相変わらず分かりにくい!」と愚痴った。

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