世界は俺に嘘をつく 

ill-dot

プロローグ 間引かれし者


「あー眠い。学校なんか行きたくねぇよ。」


俺、縫間 無止は気だるげに目を擦りながら一歩、また一歩と道を進んでいく。今俺の顔には、向かう先が学校とは思えない程沈鬱な表情が張り付いているんだろう。まぁ俺からすれば地獄そのものなんだから当たり前なんだが。

学校なんか行っても何の楽しみもない。勉強も運動も好きじゃないしそれなりにしかできない。友達もいない。彼女なんて雲どころか大気圏の遥か彼方だ。飯だっていつも屋上で一人。そんな退屈を通り越して最早笑えてくる日常に嫌気が差してきている。




「あ゙~マジでクソ暑いな。太陽一週間くらい有給とれよ。」


今は8月半ば。いくら朝7時半とはいえ暑い。学校にいきたくないからダラダラと歩くも、そうすれば暑さが体力を削ってくるという何とも言えない状況なわけだ。

そんなこんなで愚痴を言いつつダラダラと歩いていると突然非日常なことが起こる。


....いやそういうイベント別に望んでないんだが。




「ちょっと!離してよ!君こんなことしてどうなるか分かってるの!?」


「まぁまぁいいじゃねぇかよ。ちょっとぐらいさぁ。ただお茶しようってだけじゃねぇか。」




「えぇ…?」


思わず困惑がそのまま声に出る。

狭い路地の人気のない所でナンパが行われている。朝っぱらから何やってんだよチンピラと俺は心の中で毒づいてしまう。

俺は登校中誰にも会いたくないからよくこの道を使うんだが....何故かこんな状況を目の当たりにしてしまった。


まぁ絡まれてる少女は取り敢えず置いておく。普段見ないだけの普通の学生だろうし。何でこんな道使ったんだろうっていう疑問は残るがそんな日もあるだろう。

でもな?違うんだよ。俺が....俺が突っ込みたいのはお前だよチンピラァ!!


何を思ったらそんな「THE☆世紀末」みたいなファッションで外歩く気になるんだよ!?赤いモヒカンにトゲトゲした腕輪×2、半裸にグラサン。いやいや完全に某世紀末救世主の世界戦じゃねぇか。この時間にこんな再現度の高いコスプレが…ってバカ。普通に通報案件だろうが。情報量多すぎてこっちまでおかしくなりそうだ。


この状況で俺が取る行動など決まっている。素通り一択だ。助けるとか論外だし。

まぁあの子は運がなかった!ドンマイ!

そういうことにして、俺は踵を返そうとしたのだが....


「クソッタレがよ。そんな目で見てくんな。」


思わず悪態が口をついて出る。何故ならばその少女と目が合ってしまったから。その目は切実に俺に助けを求めていた、ように見えただけだ。まぁ本当はそんなことないんだろう。偶々通りかかったヤツに助けを求めてきただけだ。別に彼女からすれば誰でもよかったんだろう。それこそ俺じゃなくても。

それでも今、この場にいて動けるのは俺しかいない。やっぱり求められたならば動きたい......なんて綺麗な理論を述べられる性格ならどれだけ良かったか。

俺は結局"自分が誰かを助けた"という行為に酔いたいだけだ。そうやって自分を善人にして、自分はクズじゃないと自己肯定感を得たい。それだけのクソ極まりない理由で俺の身体は動いた。人間は堕ちるところまで堕ちるとこうなるんだな、と我ながら思ってしまう。


「あの。すみません。嫌がってると思うんですけど。」


そう声をかけると、そのチンピラは俺をギロリと睨みつける。いや、まだ何もしてないけど?


「あぁ?テメェには関係ねぇだろうが?俺に喧嘩売ってんのか?命知らずだな!」


もはや今時珍しいような小物臭いセリフを吐きながら俺に向かって拳を振りかぶる。


「ここらで俺を知らねぇ奴なんかいねぇ。俺が誰だか分かって…――っおぶっ!?」



うるさいチンピラを金的一発で黙らせる。何で振りかぶってる状態でダラダラ喋ってんだよコイツは。というか冷静になって思ったが、別に蹴らなくても警察呼べば終わったじゃん。まぁ拳振りかざしてたしおそらく殴られてたんだろうけど。だからこの金的はセーフだ。

そんな自己弁護は置いといて、俺はチンピラに絡まれていた少女に話しかける。


「あの。大丈夫ですか?乱暴はされてないみたいですけど。怪我は?」


「あ、うん。大丈夫だよ!ありがとう!って君!?.........いや、なんでもないよ。ごめんね。この借りはちゃんと返すよ。」


「いえ。別にまた会えるかも分からないですし、大丈夫です。」


彼女は一度沈鬱な顔になった後、すぐに笑顔を浮かべ俺に感謝を伝えてくる。可愛いなと思ったのはここだけの秘密だ。自己肯定のために動いたわけだからから礼は断っておく。というか道端で偶然会ったヤツのお礼とか期待するだけ無駄だし。

そうやって束の間の満足感に浸っていると、重いエンジン音が聞こえて…いや近づいてくる。


「は?エンジン音?こんな狭い路地に?」


「ちょ!あの馬鹿!これ僕も巻き込まれるじゃん!」


よく見ればそれは黒塗りの重厚感漂うバイクだった。

隣にいた少女は焦っているのかよく分からない事を言っていたが、このままでは俺だけじゃなく少女まで巻き添えで轢かれるのは理解できた。

もう既にかなり迫ってきている。結構なスピードだがまぁでも回避自体は間に合いそうだ。スペース的にも余裕…そう思っていたのだが、誰かに左足を掴まれる。


「テメェさっきはよくもやってくれたな!!逃がしゃしねぇよ!」


そうあのコスプレヒャッハーしたチンピラ暴徒だったのだ。

いやふざけんなよ?というかその位置関係だとテメェも轢かれるだろうが!?自分の命より俺への仕返しのほうが重要なのか!?このままだと横にいる少女まで轢かれてしまう。というか何でお前はまだ隣にいるんだよ。横にちょっと移動するだけだろ。

だが少女はいっこうに動く気配がない。

手段を選んでる暇なんかない。俺は少女を全力で蹴り飛ばす。


「え?ちょっと何!?痛っ!」


少女は俺の蹴りによって地面を転がるもバイクの軌道からは逃れる。

対して俺とチンピラは綺麗に轢かれる。スタントでも何でもなく2m程俺の身体は吹き飛ばされる。次の瞬間人生で経験したことがないような痛みが俺の全身を襲った。身体が熱い....いや寒い。さっきまで痛みで熱かった身体がどんどん冷めていくのを感じる。まるで、俺の身体から命か何かが零れているかのように。

不思議と死ぬのは悲しくなかった。自分でもどうでもいいと。なるようになれと投げ出していた人生だったからだろうか?

そんな事を考えながら俺の意識はゆっくりと、深く深く二度と醒めない領域まで落ちていく。




そのはずだった。




目を覚ませば庭園にいた。もう一度言おう。

いや意味が分からない。割と本気で。

見渡せばそこにはよくゲームで見るような幻想的な花が咲き誇り、その中心には慎ましやかながら決して周りの花に劣らないような雰囲気のテラスがあった。


「綺麗だ....何だよここ。」


思わずそんな言葉が口に出てしまうほどの絶景だった。

呆然としているとテラスに人影が見えた。手招きをしているようだが、風が数多の花弁を宙に舞いあげるせいで顔どころか姿全体がよく見えないが何を指示しているのかは何故か何となく分かった。


'こっちにこい’


そう言われたような気がしたのだ。

俺はふらふらとテラスに向かって歩いていく。距離が近くなるごとに手招きしていたであろう存在の容姿やら何やらが見えてきた。腰まで垂らしているも綺麗に手入れのされた紅髪。薄く輝く銀色の目。ドレスにも見える純白の服。顔は見たことないほど端正に整っている。


「あーえっと貴方は?」


そう問いかけるもその女性は俺を一瞥するだけ。席につけということらしい。まぁ相手が座っているのに自分が立って話すのもおかしな話だ。


そう思って座ると彼女はやっと口を開いた。


「ようこそ。何者にも成れず何も成しえないが故に間引かれた哀れな人間。わたくしはエリシア・ヴァルヴァリア。世界の管理者です。貴方を今だけは歓迎いたしましょう。」


自己紹介を丁寧してくれてやっぱり.....は?コイ...この人今何て言った?間引かれたとか哀れとか。え?これ俺喧嘩売られてる?


「自己紹介くらいしてはいかがでしょう。劣等種とはいえ挨拶くらいはできるでしょう?」


何でそんな簡単なことができないの?とでも言いたげなその表情が俺の怒りにガソリンをぶちまけた。

自己紹介?すればいいんだろ?


「俺は縫間 無止です。よろしくお願いしますくたばれ管理者様クソ女。」


おっと。どうやら俺は無意識のうちに笑顔で中指を立てていたらしい。

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