白夜の抱擁 第十六章 時間が止まる…わけじゃないのに…

 今のさっきまで笑っていたのに、急に醒めたような真顔になるみおさん。


 もしかしたら二人は……もう、今夜で最後なのかもしれない……

 そんな僕の心の声が……

 家具売り場展示のベッドに、二人座ったままの距離では尚のこと……

 簡単にみおさんへは伝わってしまう。


「あ……ごめん。何でもないからね」


 と……肩と顔を一層近付け、宥めるように言ってくれたみおさんだったが……

 やっぱり、ちゃんと訊いてみないと。


「遅いって、何が?」

「だから……何でもないからさ……ね?」

「なら……いいけど……」


 みおさん……あの朝新宿でも言われた、全然わかっていない……そんな、はっきりしない僕に、どうして……どうして、そんなに優しいの?

 そんな疑問を抱くことがそもそも……みおさんの指摘した「わかっていない」という部分だということに……

 その時点では、これまたわかっていない僕だった。




 その距離のまま、続けるみおさん。


「それよりさ、お腹すいたんじゃない? 食べてないんでしょ?」

「うん」


 みおさんから言われた通り、仕事を終えてからそのまま来た、上野の街。


「今夜はねぇ、ご馳走してあげるよ!」

「えっ? ホントに?」


 いつも始発を待つドーナツ・ショップなどで、ちょっとおごってもらうことはそれまででもあったが……

 みおさんから、改めて「ご馳走する」なんて言われるのは初めてだった。


 僕もみおさんも、まだ誕生日でもないし……突然どうしてかな?


「どうする? れいは何が食べたい?」

「えーと……じゃあ、ウナギ」


 図々しくもつい、普段はまず食べる機会がない、イコール高くて手が出ないメニューを言ってしまった。


「ウナギ! いいね!」


 良かった。みおさんもウナギが好きなんだね。


「よし! それじゃあ……あそこがいいかな」


 お店の特定までも直ぐさまできてしまうみおさんて……

 昼間はカタギのOLさんで、結構稼ぎは良いと言っていたし……

 ウナギのお店も、行きつけの所があるのかな?


 しかし……ウナギを食べることも、みおさんの知っているお店へ行くのも決まったというのに……

 立ち上がろうとしない、二人だった。


 始発を待って、ドーナツ・ショップで寄り添い眠っているいつもの距離とたいして変わらないというのに……

 せっかく一旦近付いたその距離を……

 その夜の二人はきっと、遠ざけたくなかったのだろう。

 気持ちは一層、近付いていたのかもしれない。


 それを裏付けるかのような、みおさんの台詞……


「でもなぁ……立ち上がりたく……なくなっちゃったなぁ」


 そう言いながら、家具売り場の高い天井を見上げるみおさんの横顔。


 笑顔と……そして切なそうな顔を……

 この夜は、交互に見せるみおさんだった。


「このままここに、住んじゃおうか、アハハ!」


 そんな台詞は……果たして冗談だったのか、それとも……僕の反応を試したのだろうか?



「みおさん……じゃあ先ずは表札、かけないとね。みお&れいって」

「なんで最初にそこなの?」

「いや……ウナギの出前の人にわかるように」

「アハハ! やっぱれいくん、お腹空いてんじゃん! でも、出前はしないお店だから、ここには住めないんだよ」

「それは残念。じゃあ、そろそろ行こうよ」


 そう言って僕を見つめるみおさんの瞳が再び哀しく揺らいだように見えたのは……

 気のせいでは、なかったのだった。


「ここに居れば時間が止まる……わけじゃないのに……」

「えっ……?」

「あ……さっきから、ホントにごめん。後で、ちゃんと話すから……」


 このみおさんの台詞に拠り……

 みおさんからはこの夜……僕に伝えたい何かがあるということが……

 確定してしまったというわけか。


 その時の少し焦ったようなみおさんの表情は……

 僕の……辛かったかこを思い起こさせるには、充分だった。


 また……貴女も……

 いなくなってしまうのですか……?

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