白夜の抱擁 第十五章 いつかじゃ…遅いと思う

 その日の誘いは、みおさんからだった。

 上野で逢おうと……。


 上野……? 

 普段行く機会すらなく、縁の無い街と思っていたが……

 江戸っ子のみおさんからすれば、スタンダードな庭らしい。

 角井の前で待ち合わせと……。




 あ……みおさん、もう来てる。待たせちゃったかな?

 昼間はカタギのOLだなんて、想像もできない……完璧なまでのカッコいいロックファッション。

 ツバキへ来る時以外……平日でもあんな服装なんだな。

 勤務中は制服だから、通勤は好きな服だって言っていたっけ。

 目立つから、遠くからでもすぐにわかる。



「ごめん! 待った?」

「ううん……」


 それだけ答えて首を振るみおさん……なぜか、いつもの元気が……無い?

 後はじっと……僕のことを見つめている。


「どうしたの?」

「ごめん。何でもない」


 いつも元気なみおさんが……

 その日は心なしか悲しげに見えたのが……

 決して気のせいではなかった理由は……

 後ほど判明する。


 そのまま角井の中へ……何を買うでもなかったが、家具や雑貨を物色。

 この時はもう、いつもの元気なみおさんの……素敵な笑顔に戻っていた。





「この食器棚、ダイニングに置くのにちょうどいいよね!」


 ちょうどいい? こんなデカイのが?


「みおさんちって……これがちょうどいいくらい、広いの? ウチのボロアパートの部屋じゃ、絶対に置けないよ」

「ヤダもぉ~、妄想よ妄想!」

「あ……そうでしたか。じゃあ僕はこの、カウンターテーブルで……ウォッカ・トニック飲みます!」

「なんでウォッカ・トニック限定なのよ?」

「いや……ツバキでいつも飲んでるから何となく」

「じゃあ、私はジン・リッキーお願いしまーす!」


 そんな冗談を言い合いながら家具を見てまわる二人は、はたから見たら……

 まるで、これから一緒に暮らす予定の恋人達……のように映ったのだろうか。


 続いてベッドコーナーへ。


「わお、ベッド! 大きい~!」


 そう言いながら腰掛けたクイーンサイズのベッドは、僕の部屋にあるシングルサイズとは……まるで別世界の物だった。


「いいね~、広い! 二人でも余裕ね!」


 と、飛び跳ねるように横に座って来るみおさん……。

 そんなみおさんの、ほんの15cmも離れていない顔を……

 見つめたまま固まってしまい……ドキドキして言葉が出ずにいた。


 悪戯っぽく訪ねて来るみおさん……


「どうしたの?」


 今度はみおさんに、さっき僕が尋ねたのと同じ台詞を返されてしまう。


 その照れ隠しに、テキトーな返事を言い出す僕。

 三笠で……テキトーでいい加減なことは二度と言わないと、みおさんへ誓ったにも拘らず……。


「さ……さっきあの、食器棚とカウンターと、このベッド合わせていくらかな?」

「さあ? 安かったら、買ってあげるよ!」


 みおさんも、冗談を言い出す。


「じゃあ、いつか置く所ができたら、買ってもらおうかな」


 と……僕も冗談で返したつもりだったが……


「いつかじゃ……遅いと思う」

「え?」




 いままでお互いに笑っていたのに……急に真顔で答えるみおさんに……

 「何が?」とは訊けなかった。


 二人の……この夜での終焉を予感していた僕には……

 もう……訊けなかったんだ。

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