第10話 奥多摩

「ここ、どこよ?」


 おれは立ちつくした。


 山にかこまれた土地だ。


 民家は見えない。見えるのは、むかしは田んぼや畑だったと思われる土地。


 何年も放置されていると思われる田畑だ。雑草だらけ。


 さらにまわりは、これまた森が広がっている。


 なんなんだ、この土地は。森のなかに、ぽっかりとある広い田畑。しかも放置された土地。


「フルヤさん、ここどこっすか?」

「東京だ」

「ぜったい、うそっす!」

「うそではない。東京都とうきょうと西多摩郡にしたまぐん奥多摩町おくたまちょう


 奥多摩。たしかに、うわさは聞いたことがある。関東いちのいなか。


「いやでも、人の気配がないですよ」

「ここは変わった土地でな。まわりは国有林だ」


 なるほど。まわりの森も国のものってわけか。


「長らく、ここは老人がひとり住んでいた」

「いま、その人は?」

「亡くなった。身よりのない人で、この土地と家は国のものになっている」

「家って、フルヤさん、もはや小屋ですよ?」


 おれはふり返った。


 背後にあったのは、一階建ての小さくてボロい家だ。


「記録によると、電気はきていたらしい」

「フルヤさん、いまその電気がなくなった時代ですけど」

「そうだな」


 山あいの風にふかれ、トタン屋根がバタバタと音を立てている。


「マキやロウソク。あるていどの生活品は入れてある」

「それは、どうも。なんか悪いっすね」

「そうでもない。自衛隊での竜の保護費用。一匹あたり月に二千万ほどだ。それにくらべれば安いだろう?」


 あの地下施設でのセキュリティ費用か。すげえ高い。


 エサ代はかからないと、この数日で受けたレクチャーで聞いている。竜たちは魔力を吸収して生命を維持するらしい。


 まったく、あの竜を引き取ると決めた自分の浅はかさ。よく考えたらペットじゃないんだから、家で飼うわけにもいかない。


「まあ、こまったことがあれば、連絡してくれ」


 フルヤさんが小屋をまわりこむように歩きだした。


「連絡って、この家に魔導具でもあるんですか?」


 歩きだしたフルヤさんだったが、すぐに足を止めた。


「ないな、そういえば」


 ないんかい。おれはまた魔導ケータイでも置いてくれてるのかと思った。


「そうなると魔導速報だな。奥多摩駅の近くに郵便局がある」


 ああ、むかしの世界で言うと「電報」だ。


 人類が魔導器を発明し始めて、すぐに郵便局が始めたサービス。全国どこへでも二日ぐらいでメッセージを届けてくれる。


「東富士演習場、フルヤ。これで私のところにメッセージはくるだろう」

「今後もフルヤさんは、あそこへ?」


 聞いた話とちがう。今後は海上自衛隊が取り仕切るとフルヤさん自身が言っていた。


「ああ。だれかが、政府の人間に私のことをめちぎってくれたらしい。おかげで、私はもうしばらく、あそこの責任者だ」


 フルヤさんが、おれを見て笑っている。


 なるほど、うまくいったみたいだ。竜を引き取るにあたって、自衛隊だけでなく政府の人間からもレクチャーを受けた。そのとき、ことのほか陸上自衛隊に入れないことを残念に見せた。


 フルヤさんはとてもいい人だ。あんな人の下で働きたいのに、おれの竜は臆病な竜だったなんて! そんな熱弁をおれはふるった。


 ふたりで小屋のおもてにまわる。

 

 おれは「おもて」と思っているが、小屋の玄関があるから「おもて」だ。玄関といっても引き戸があるだけだけど。


 おもてには、道が一直線にのびていた。国有林のなかを通る一本道だ。


 その道に、おれたちが乗ってきたプロペラ機が停まっている。


「さて、最後の適合検査だ」


 プロペラ機にむかって歩くフルヤさんがふり返った。


「まあ、ここまできて失敗はないと思うが」

「はい。ありがとうございます」


 竜の乗り手であることをしめす最後の試練。それはある意味わかりやすくて、遠く離れた場所へ自分の竜を呼びよせられるかどうか。


 呼びよせる方法は、ただ待てばいいらしい。竜は自分の適合者がいる方角をわかる能力があるらしい。


 つまり、この山奥でひたすらあの竜を待つ。そして竜がくれば、おれは晴れて竜の所有者だと認められる。


 あほらしい話だが、免許証もくれるらしい。これまでに日本で十五枚しか発行されていない「大型竜」の免許証だ。


「今日の日の入り、ヒトハチサンナナをもって、きみの竜を地上へあげる」


 自衛官らしい口調で言われた。「ヒトハチサンナナ」つまり一八時三七分。


「がんばります。どうがんばるのか、わかりませんけど」


 フルヤさんは、じっとおれを見つめてきた。


「な、なんすか?」


 わかった。ジャンパーだ。おれは陸軍のジャンパーを借りている。緑色のすごい頑丈がんじょうなジャンパーだった。手にはゴーグルも持っている。


「すいません、お返しします」

「いや、いい。わかれの餞別せんべつだ。つかってくれ」

「いいんですか!」

「竜に乗るんだろう、これから」


 くぅ。なんだろ、このフルヤさんって自衛官、すげえかっけー。四十歳ぐらいなのかな。けっこう若いのに陸上自衛隊の幹部だ。


「健闘を祈る」


 そうひとこと言って、フルヤさんは背をむけた。


 フルヤさんはプロペラ機のまえにまわった。プロペラを手でつかむと「ぶるん!」とまわす。この世界、電気がないのでエンジンも手動でかける必要がある。


 エンジンがかかると、さっそうとフルヤさんはコックピットかられるハシゴをよじ登った。


 コックピットに座ると、ゴーグルと帽子をかぶる。そしてコックピットからふり返り、見送るおれに敬礼のポーズをした。


 プロペラ機がゆっくり動きだす。国有林のあいだを通る一直線のアスファルト道路を走った。そして離陸。


 おれは手をふり見送った。


 空のかなたへとプロペラ機が小さくなり、おれは山小屋をふり返った。


 さて今日から、おれと竜との生活が始まる。


 豊かな自然と、広大な土地。おれの家。


「……って、どうすんだよ!」


 さけんで足もとの小石を蹴った。


 クソいなか。ひとっこひとりいない土地。ボロ小屋。


 これおれ、どうやって生きていくのよ。


「あああ!」


 さけんだ。おれのさけびは、山あいなので少し「こだま」になって返ってきた。


 そもそも、数日まえまで川崎市でアルバイトを探していたおれだ。こんな山奥でアルバイトがあるはずもない。


 日本で十六人目の”操竜者”となる予定だが、企業からのスカウトもない。当たり前で、おれが「使いものにならない竜」と説明しちゃったからだ。


 いや、一件きたか。おもちゃのメーカーからだ。


「竜の乗り手さま。当社のイメージキャラクターになってください」


 との依頼だ。


「できるか!」


 もういちど小石を蹴飛ばした。


 あのおもちゃ会社、かわいいウサギがメインキャラクターだ。それがあの恐怖の化身けしんみたいな竜で、どうやったらイメージキャラなんて役ができる。


 まあ、とにかく、最終試練のほうがさきか。


 空を見れば、赤くなり初めている。もうすぐ夕暮れだ。


 竜を呼びよせる準備ってあるのだろうか。


 考えたけど、たき火でも作っておくぐらいしか思い浮かばない。マキは家のなかにあるって言ってたし。


「はぁ」


 人生でもっとも深いかもしれないため息をついた。


 ため息をついたと同時に、もでた。しかし悲しいかな、だれにも聞こえない。広大な土地におれだけだ。


「屁をしてもひとり」


 だれだったか、そんな有名な詩があった気がする。いやあれは「せきをしてもひとり」だったか。


 おれはもういちど深いため息をつき、たき火を作ることに決めた。

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