第3話:アクスター王家①
「……これは、完全に筋力の低下だな」
五年も寝たきりなら仕方ないけど、どうしたものか。
「……とりあえず、体内の毒素を取り除くか」
こういう時に役立つのが、アルフォンス様とフェルミナ様から教わっていた、魔力運用だ。
人間の体には大小あれど、必ず魔力が備わっている。
その魔力を上手く扱えるようになればなるほど、優秀な魔導師と言われている。
次元の狭間に連れていかれた最初の頃は全く扱えなかった魔力だが、修行を重ねるごとに体内の魔力を効率よく運用できるようになっていった。
「……きついな」
とはいえ、筋力と同じで魔力が流れる回路、魔力回路も運用をしなければ徐々に弱っていってしまう。
俺は自らの魔力を少しずつ魔力回路へと流し込み、なんとか回復魔法の発動にこじつける。
「……ヒール」
フェルミナ様から教わった回復魔法の基礎、ヒール。
本来であれば外傷を治すことができる魔法なのだが、俺が扱うヒールは通常のものとは異なっている。
というか、俺自身に使うヒールが異なると言った方がいいだろう。
全身に流れる魔力回路に魔力を満たした状態で、体内でヒールを発動させる。
するとどうなるか――体内に蓄積していた毒素をも、回復魔法の基礎であるヒールで取り除くことができてしまうのだ。
「…………ふぅ。なんとなく、呼吸がしやすくなったな」
毒素を完全に取り除くことに成功したみたいだ。
とはいえ、筋力低下のせいで動けないのは、今の俺にはどうしようもない。
無理やり筋力を強化することもできるけど、今それをしてしまうと骨への影響が強すぎて粉砕骨折してしまうだろう。
「さて、どうしたものか」
アクスター王家の末っ子第七子である俺を心配してくれる人は少ない。
誰かが部屋にやってきて、目を覚ましたことに気づいてくれなければどうすることもできない。
「入るわねー」
そこへ、懐かしくも聞き慣れた声が、扉の外から聞こえてきた。
ゆっくりと開かれていく扉の先に見たもの、それは――
「…………レ、レイン?」
「おはようございます、レリシア母さん」
姿を見せたのは、陛下の第三妃であり、俺の母親でもあるレリシア・アクスターだった。
母さんの手には水が入っているだろう桶が握られており、寝たきりの俺のお世話をしてくれていたことがすぐに分かった。
「……あぁ……ああ! レイン! 目を覚ましたのね!」
そう口にした母さんは桶を放り投げると、水が絨毯を濡らしてしまうのも構わずベッドへと駆け出してくれた。
そして、やせ細った俺の手を優しく取り、涙を流してくれる。
「ご心配をお掛けしました。もう大丈夫です」
「本当に……本当によかったわ、レイン!」
それからしばらくの間、俺の手を握り泣き続ける母さんの姿を見つめていた。
「――ごめんなさいね、レイン」
ようやく落ち着いた母さんは、涙を拭いながら顔を上げ、笑顔で声を掛けてくれた。
「仕方ないよ。だって、五年も目を覚まさなかったんだからね」
「……レイン? どうして五年も意識を失っていたって分かるの?」
おっと、そうだった。
母さんから見れば、俺は先ほど目を覚ましたばかりの人間だ。
実際は次元の狭間で意識ははっきりしていたわけだけど、俺の立場上おいそれと口にしていい事実ではない。
「だって、テーブルにカレンダーがあるだろう? それが目に入ったんだよ」
「……なるほど、そういうことね」
なんとか誤魔化せた……かな?
それから母さんはバタバタと動き始めた。
最初にしてくれたのは侍医を呼んでくることだった。
侍医は俺の診察を終えると、驚きを隠せずに口を開く。
「なんとまあ、驚きだ。筋力の低下は見られるが、それ以外はいたって健康体だよ」
「え? それは本当なのですか?」
「わしも驚いているよ。もしかするとレイン様は、神から愛されているのかもしれないね」
神と言うか、七英雄と言うか。
どちらにしても、愛されていることに変わりはないのかもしれないな。
「とはいえ、筋力が戻らなければ日常生活もままならないでしょう。少しずつリハビリをこなしていきながら、失った五年を取り戻しましょうぞ」
「ありがとうございます」
笑顔でそう口にした侍医が部屋をあとにすると、直後には廊下からひょっこりと顔を出してきた男女の姿があった。
「ライル兄さん! エナ姉さん!」
「「レイン!」」
第四王子のライル兄さんに、第二王女のエナ姉さん。二人は一つ上の兄姉である。
二人は俺と同じで王位争いに興味がなく、兄姉の中では数少ない友好的な関係を築けている人物だ。
「目を覚ましたと聞いて、急いで駆けつけたんだ!」
「本当によかったよ、レイン!」
「兄さんも、姉さんも、本当にありがとう」
それからしばらくは、母さんの時と同じような光景が広がる。
……俺みたいな才能もなかった人間のために、こうして涙を流してくれる兄姉がいてくれるなんて、幸せなことだな。
だけど、他の兄姉たちはそうではない。むしろ、俺が目覚めたことに嫌悪を露わにすることだろう。
「なんだ? 無能が目覚めたって聞いたが、本当だったようだなぁ?」
その証拠に、扉の方から嫌味な言葉と共に二人の人物が現れた。
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