歴史的七英雄唯一の弟子
渡琉兎
第1話:レイン・アクスター①
――俺は、雷に打たれた。晴れた日に落ちた雷にだ。
そのまま気を失い、死んだものとばかり思っていた。
それは倒れている自分の姿を、何故か俯瞰的に見ていたからだ。
このまま天に召されるそう思っていたのだが、そうはならなかった。
次に目を覚ました時に視界へ飛び込んできたのは、見知らぬ男性の姿だった。
「ここは次元の狭間だ、分かるか?」
「いいえ、分かりません」
俺、レイン・アクスターは真っ白な空間を見つめながら即答した。
「む、そうか」
そうかって、分からないのが当然な気もすんだが。
「あなたはいったい誰なんですか?」
「あぁ、名乗っていなかったな。俺はゼルディス・アクスター。アクスター王家の初代国王であり、一〇〇〇年前に生きていた者だ」
「……え? せ、一〇〇〇年前?」
ゼルディス・アクスター。確かに聞いたことがある。
王家に伝わる歴史の中に、七英雄にまつわる逸話があった。その中の一人が、ゼルディスという名前だった気がする。
「まさか本当に、あなたが英雄ゼルディス様なのですか?」
「おぉっ! そうだ、その通りだよ!」
嬉しそうに笑顔を弾けさせたゼルディス様だが……正直、疑問に思うところは多い。
「どうしてゼルディス様が、その……次元の狭間でしたか? そこにいるのですか? それに、俺はどうしてここに?」
「そうだな、順を追って説明しようか。ここ、次元の狭間は、俺とその仲間たちで作り上げた異空間だ」
「ゼルディス様と、仲間たち?」
他にもゼルディス様のような人が……まさか、歴史の中に登場した、七英雄か?
「それと、どうして君が……というより、君の意識かな。それがここにあるかというと、俺が呼び寄せたんだ」
「呼び寄せた? ……もしかして、あの時の雷って!」
「あぁ! 俺がやったんだ!」
「何してくれてるんですか! 下手したら即死ですよ、即死! あの場には俺以外もいたんですからね!」
なんで雷を落として意識を呼び寄せるかな! 一瞬だけど俯瞰であの場を見ることができたけど、母さんなんて大慌てだったんだからな!
「そ、それは本当に悪いと思っている! ちゃんと死なないように調整をしたつもりなんだ!」
「調整したからいいわけでもないでしょうが!」
「ほんっっとうに申し訳ない!」
俺が捲し立てるように言いまくっていると、両手を合わせたゼルディス様が頭を下げながら謝罪してくれた。
……まあ、英雄様に頭を下げてほしいわけでもないし、きっと何かわけがあるのだろう。
「……はぁ。もういいです。それで、どうして俺の意識を呼び寄せたんですか?」
「……い、いいのか?」
「いいも何も、既にここにいる以上、俺にはどうすることもできませんからね」
ある意味で諦めてしまったようなものだが、理由も聞かずに元に戻せとも言い難い。
……まあ、俺みたいな無能で役立たずな人間に、何ができるとも思わないけど。
「君は暗黒竜という存在を知っているかい?」
「はい。王家の歴史を習ううえで、必ず耳にする名前ですから」
「その暗黒竜は、俺と仲間たちで一〇〇〇年前に封印したんだ」
「そのように歴史にも伝わっています」
「俺たちが施した封印は、二〇〇〇年は効果を発揮し続けるはずだったんだが、その効果が切れかけているんだ」
……な、なんだって? それって、どういうことなんだ?
「人間たちの争いのせいで、封印の強度が俺たちの予想を上回る速度で低下し始めているんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください! その、いきなり過ぎて、何が何やら……」
「君の言いたいことも分かる。しかし、事は急を要するんだ」
この話が本当なら、七英雄が封印した暗黒竜が、現在に復活するということを意味している。
そんなことになれば、アクスター王国だけではなく、世界が滅亡してしまうのではないだろうか。
「俺はこの次元の狭間で、暗黒竜を討伐できる者がアクスターの血筋から現れるのを見守っていた。そして、ついに現れたんだ。だからここに呼び寄せた」
「……な、何を言っているんですか? 暗黒竜の討伐? それをできる者が現れた? それも、呼び寄せただって?」
「そうだ。それが君さ――レイン・アクスター」
あまりの衝撃で、俺は表情を引きつらせてしまう。
暗黒竜の復活とう事実だけでも混乱しているというのに、そいつの討伐? それも、俺が? あり得ない!
「……ど、どうして俺なんですか?」
「君が誰よりも最適だと思ったからさ」
「そんなはず、ないじゃないですか。俺は、兄さんや姉さんたちに比べて、誰よりも才能に恵まれなかった第五王子なんですから」
アクスター王家には五人の男子と三人の女子が誕生している。
その誰もが剣術か魔術に高い適性を見せており、将来は最高峰の実力者に与えられるマスター級に育つと言われているが、俺だけは剣術にも、魔術にも適性を見いだせなかった。
そのせいもあり、俺は周りから無能だの役立たずだのと呼ばれ続けてきたのだ。
「……ゼルディス様には申し訳ありませんが、俺にはどうすることもできません」
「いいや、俺はレインだからこそ、君の意識を次元の狭間に連れてきたんだ」
「……何を根拠に、そんなことを?」
「暗黒竜を倒すには、単に強いだけでは意味がないんだ。レインから見て、君の兄や姉たちは、英雄に足る資質を持っていると思うかい?」
ゼルディス様に問われ、俺は思案する。
「……実力はありますが、性格に難あり、と言ったところですかね?」
「その通りなんだ!」
「どわっ!?」
グイッと顔を寄せてきたゼルディス様を見て、俺は驚きの声を上げた。
「ただ強いだけでは英雄にはなり得ない! それに、才能に胡坐をかいているような者もダメだ! その点、君は足りないと思っている才能を努力で埋めようと鍛錬を欠かさなかった、違うかい?」
「足りないと思っている、じゃないんです。俺には圧倒的に、才能が足りていないんですよ」
俺は苦笑しながら、自虐気味にそう返す。
「どうしてそう思うんだい?」
「どうしてって、それが事実だからです。俺は剣術でも、魔術でも、兄さんや姉さんの誰にだって勝てた試しがない。いい勝負にすらならないんです」
「だから才能がないと?」
「当たり前ではないですか」
俺が語った内容は、偽らざる事実だ。
ゼルディス様も、アクスター王家のことを見守っていたのなら、そのことを知っているはずなのに。
「……ならば、これからも努力を続ければいいんじゃないかな?」
「俺が努力をしたところで、兄さんや姉さんに追いつくこともできないんです」
「そうかな?」
そう口にしたゼルディス様は、ニヤリと笑い両腕を広げる。
「ここ、次元の狭間はね、時間の流れが現実世界と異なるんだ。次元の狭間での一時間は、現実世界だと一分しか進まない。つまり、通常の六〇倍の努力が可能になるということさ! レインへの指導は俺たちが受け持つ! どうだい? ここ次元の狭間で、努力を続けてみないか?」
言い終わったゼルディス様が、手を差し伸べてきた。
「本当に、俺でいいんですか? なんの才能も持たない俺なんかで、本当にいいんですか?」
俺は泣き出しそうになりながら、そう問い掛けた。
「俺は思うんだよ、レイン。努力を続けられることこそが、最大にして最高の才能なんだとね」
ゼルディス様の言葉を受けて、俺は覚悟を決めた。
「……分かりました。期待に応えられるかは分かりません。だけど、これは俺にとっても千載一遇のチャンスだと、思うことにします」
俺は涙を拭うと顔を上げ、真っすぐにゼルディス様を見つめながら、差し出された手を握り返した。
「……さあ、みんな! レインは了承してくれたぞ!」
「え? みんなって、まさか!」
急に声を上げたゼルディス様に驚いた俺だったが、その内容に耳を疑った。
すると、ゼルディス様の背後の空間がぐにゃりと歪み、そこから六人の人物が姿を現した。
「暗黒竜を封印した俺たち七英雄が、レインの師匠となって指導をする! レインは、七英雄唯一の弟子になるんだ!」
あまりの驚きに声が出ない。だけど、これは間違いなく、千載一遇のチャンスだ。
直後、脳裏に浮かんできたのは、兄姉からの酷い仕打ちだ。
罵倒、暴力、そして――暗殺未遂。母親と数少ない味方である第四王子と第二王女の悲しそうな表情。
それらを思い出し、俺は拳をグッと握りしめる。
……俺にどこまでできるかは分からない。暗黒竜の討伐なんて、夢のまた夢だということも理解している。
だけど、ようやく手にすることができたこのチャンスを、絶対にものにしてみせる!
俺は心の中でそう誓い、表情を引き締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます