9 魔石の刻印 - 封じられた悪夢

月光は空を裂くような雲に隠され、街路灯の光さえも鈍く、まるで街全体が深い眠りについたように静まり返っていた。

だが、その静寂は表面的なもので、目には見えぬ闇が街の奥底で蠢いていた。


俺は黒い手袋の闇会合から手に入れた魔石を手に、ギルドの塔へと戻っていた。

この魔石にはただならぬ力が封じられている――それはもはや確信だった。

だが、その力の本質が何であるのか、そしてそれがどのような災厄をもたらすのか、全てを明らかにする必要があった。

そのためには、この魔石を解析し、その刻印された秘密を解き明かすしかない。


ギルドの書庫は、塔の地下に広がる迷宮のような空間だった。

古びた木製の棚に無数の魔法書が並び、その全てが時間の重みで朽ちかけていた。

天井から垂れる燭台の蝋燭は、揺れる炎で影を踊らせ、静寂の中に不穏な気配を漂わせている。

俺は書棚を一つ一つ調べ、この魔石に関する手がかりを探していた。


やがて、一冊の古い書物が目に留まった。

その背表紙には、魔石と酷似した紋章が刻まれている。

「これか……」

俺は書物を手に取り、埃を払いながら慎重にページをめくった。

そこに記されていたのは、「封魔石」と呼ばれる魔石の一種に関する記述だった。


「封魔石――それは古代の大災厄を封じるために作られたもの。だが、その封印が破られるとき、災厄は再び目覚め、世界を飲み込む」


その一文を読み終えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

この魔石に封じられているのは、単なる魔力ではない。

それは世界を滅ぼしかねない何か――災厄そのものだった。


「これが黒い手袋の狙いか……」

俺は書物を閉じ、魔石を手に取りながら、さらなる調査の必要性を感じていた。

だが、その瞬間、背後から足音が響いた。


「ここまでたどり着くとはな。さすがは一条零」

振り返ると、そこには黒いローブをまとった男が立っていた。

その顔には狂気に満ちた笑みが浮かび、その手には小さな魔法陣が描かれた短剣が握られていた。


「お前は……黒い手袋の残党か?」

俺が問いかけると、男は薄く笑いながら答えた。

「残党?違うさ。私は新しい秩序のために動く者だ。魔石を返してもらおう」


俺は霊刃を引き抜き、男の動きを見極めた。

「この魔石は俺が調べる。お前らの手には渡さない」

だが、男は短剣を振り上げ、魔法陣が瞬く間に明滅し始めた。

「調べるだと?そんな暇はないさ。この魔石の力は、今すぐにでも解放されるべきだ!」


その言葉と共に、男が呪文を唱え始めると、魔石が激しく輝き始めた。

その光は赤黒く脈動し、周囲の空気を歪ませていく。

「これは……まずい」

俺は霊刃を振り上げ、男を止めるべく一気に距離を詰めた。


戦いは書庫全体を巻き込む激しいものとなった。

男が放つ魔法の波動が本棚を次々に吹き飛ばし、古びた書物が空中を舞う。

だが、俺は冷静に霊刃を操り、一撃一撃を男に叩き込んでいった。

「お前たちが解放しようとしているのは、ただの力じゃない。災厄だ!」

俺の声に男は嘲笑を浮かべた。


「その災厄こそが世界を変える!現状を壊さなければ、新しい秩序は生まれない!」


俺はその言葉を無視し、最後の一撃を叩き込んだ。

霊刃が男の短剣を粉々に砕き、同時に魔石の輝きも静かに収まっていった。

男は膝をつき、悔しげに俺を睨みつけながら言葉を絞り出した。


「お前が何をしようと……封印は解ける。すでに仕掛けは始まっている……」

そう言い残し、男はその場で力尽きた。


俺は静かに魔石を拾い上げ、その脈動がわずかに弱まっているのを感じた。

だが、その中に潜む危険は依然として消えていない。

「仕掛け……すでに始まっている?」

その言葉の意味を考えながら、俺は書庫を後にした。


外に出ると、霧の中で鐘の音が遠く響いていた。

その音は、不吉な未来を暗示しているようで、胸に重く響く。

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