4 裏切りの影 - ギルドの闇
夜のアルダナ市は、闇そのものが命を持つかのようにうごめいていた。
霧が石畳を覆い、街灯の揺れる光が、道行く者たちの影を長く引き伸ばしている。
その奥深くに潜むのは静寂ではなく、不気味なざわめきだ。
そのざわめきは、この街の隅々に散らばる秘密が、互いにささやき合う音に思えた。
俺はギルドの塔へと向かい、重厚な扉を押し開けた。
中には、冷たい空気が静かに満ち、古びた石壁が月光の届かない闇を反射している。
灯火が弱々しく燃える執務室で、ギルド長ガルドルが静かに待っていた。
彼は堂々とした体躯を持つ初老の男で、白い髪は整然と束ねられ、その目には威厳と冷徹さが宿っていた。
だが、その瞳の奥には、言い知れぬ何かが潜んでいるように思えた。
「一条殿、何か進展はあったか?」
彼の声は重く響き、室内の空気をさらに押しつぶすようだった。
俺は椅子に腰を下ろし、冷静に答えた。
「少しずつだが、見えてきた。だが、いくつか確認したいことがある」
「ほう?」
ガルドルは眉をわずかに動かし、薄い微笑を浮かべた。
俺は視線を鋭く向けながら、静かに話を切り出した。
「結界が解除されたのは内部の仕業だ。事件当夜、結界を操作できたのは誰だ?」
その問いに、彼は一瞬の間を置いて答えた。
「結界を操作できるのは、私と数人の上級職員だけだ。それ以外には不可能だよ」
その冷静さに、俺は違和感を覚えた。
「その数人の中に、不審な動きをした者はいないか?」
「特には……だが、もし君が疑うなら、上級職員の名簿を渡そう」
彼は机の引き出しを開け、古びた羊皮紙を取り出して俺に差し出した。
名簿を手に入れた俺は、職員たちの行動を調べるべくギルドの書庫へ向かった。
書庫はギルド塔の最下層にあり、古代の魔法陣が刻まれた扉がその入口を守っていた。
扉を押し開けると、冷たい空気が肌を刺し、埃にまみれた本棚が影の中にそびえていた。
棚を一つ一つ調べる中で、俺は事件当夜の魔力消費に関する記録を見つけた。
そこには異常な数値が記されており、結界が一時的に崩壊した痕跡がはっきりと残されていた。
さらに、特定の上級職員が新人警備員と頻繁に接触していた記録も見つけた。
その名前――エリオット。
翌日、俺はギルド長に報告するふりをして、エリオットを問い詰める場を設けた。
彼はギルドの中でも魔石管理の責任者を務める男で、鋭い目つきと洗練された物腰を持っていたが、どこか怯えた様子があった。
「エリオット、結界を操作したのはお前だろう?」
俺の問いに、彼は瞬時に顔色を変えた。
「な、何を言っているんです?そんなこと、私がするわけが……」
必死に否定する彼に、俺は事件当夜の魔力消費記録を突きつけた。
「これを見ろ。結界が崩壊した痕跡がある。そして、この指示書にはお前の署名がある。説明してもらおう」
彼は汗を浮かべ、目を泳がせた後、ついに口を開いた。
「……わ、分かった。でも、誓って言うが、俺はただ命令に従っただけだ!」
「命令?」
俺はさらに追及する。
「誰の命令だ?」
エリオットの唇は震え、かすれた声でこう答えた。
「……ギルド長だ……彼がやれと言ったんだ!」
俺はその言葉を胸に刻み、再びギルド長の執務室へ向かった。
扉を開けた瞬間、ガルドルが微笑みながら立っていた。
その笑みは薄気味悪いほど冷たく、まるで俺が来ることを予測していたかのようだった。
「一条殿、また来たのか。何か新しい情報でも?」
彼の声は、いつも以上に滑らかで、そこに隠された毒が感じ取れる。
「エリオットから話を聞いた。結界を操作させたのはお前だな?」
俺の言葉に、ガルドルは笑みを崩さなかった。
「なるほど……どうやら君は本当に優秀な調査人らしいな」
その言葉の裏には、明確な威圧と嘲りが込められていた。
「目的は何だ?あの魔石を奪って何を企んでいる?」
俺が鋭く問い詰めると、彼はゆっくりと椅子に腰を下ろし、低い声でつぶやいた。
「君にはまだ理解できないだろう。この世界を救うために、あの魔石が必要なのだ」
その言葉が、すべての真相への鍵であることを直感した俺は、さらなる闇へと足を踏み入れる決意を固めた。
ガルドルの冷たい笑みが、俺の背中に付き纏うように感じながら。
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