2 初動調査 - 血塗られた証言
保管室の中は、凍てつくような静けさに包まれていた。
焦げ跡と乾ききった血痕が石畳に散らばり、部屋の隅々まで浸透する鉄の臭いが、空気を重く濁らせている。
魔法陣はその一部が無惨に削り取られ、黒い裂け目が裂傷のように床を走っていた。
この場に立つだけで、まるで何か悪しき力が肌を這い回るような感覚を覚える。
俺は床に膝をつき、焦げ跡を指先でなぞる。
その触感はざらつき、微かに残る魔力の震えが指先に伝わってきた。
「これは……普通の転移魔法じゃない。強引に破壊しながら使われたものだな」
つぶやきながら、視線をさらに周囲へ巡らせる。
焦げた棚の中から突き出た金属片には、赤黒い染みがまだ乾ききっておらず、残酷な光景をそのまま語っていた。
背後から青年が声を上げる。
「そんな術式を使える人間なんて、この街には……」
俺は振り返り、冷たく微笑んだ。
「いるさ。だが、それだけの力を持つ者がこんな大胆な真似をするのは珍しい。慎重を装うのが常だからな」
証言を集めるため、俺はギルドの別室へと向かった。
そこは黒く塗られた漆の家具で統一され、燭台の揺れる明かりが壁に映る影を異形の形に変えていた。
長いテーブルを挟んで座るのは、当夜に保管室を警備していた男と、若い女性の職員だった。
どちらの顔にも緊張が走り、その視線はまるで無慈悲な裁きを待つ者のように揺れている。
俺は冷静な声で問いかけた。
「保管室の結界について教えてくれ。誰が操作できる?」
警備員が、額の汗を拭いながら答える。
「結界を操作できるのは、ギルドの上級職員と俺たち警備班の中でも限られた者だけだ。ただし、そのためには管理用の魔石が必要だ。それはギルド長が管理している」
「事件当夜、その魔石は無事だったのか?」
俺の問いに、若い職員が小さな声で答える。
「事件の後、確認しました……魔石はギルド長の部屋にありました。ただ、念のため結界の記録を見ても……異常は……」
彼女の声が消え入りそうになる。
だが、その曖昧な態度がかえって真実の一端を露わにしている。
「事件当夜、保管室周辺で何か異変はなかったか?」
俺がさらに問い詰めると、警備員が低く唸るような声を上げた。
「金属が擦れるような音を聞いた。だが、一瞬のことで……その後何もなかったから気に留めなかった」
女性職員がその言葉に怯えるようにうなずく。
「私も聞きました。でも……保管室の近くでは、時々そういう音がするので……」
彼女の視線は床に向けられ、真実を語ることへの恐れがその全身から滲み出ていた。
俺は椅子に背を預け、静かに言葉を紡いだ。
「事件当夜の警備体制についても聞かせてくれ」
警備員が深く息をつき、疲れ切った声で答える。
「俺ともう一人、新人の警備員がいた。だが、そいつは途中で体調を崩して抜け出した。俺が一人で巡回するしかなかった」
「その新人はどこにいる?」
俺の質問に、警備員は困惑した表情を浮かべた。
「事件の翌日から姿を見せていない。家にもいないし……もしかすると……」
彼の言葉はそこで途切れたが、そこに潜む可能性は明白だった。
俺は再び保管室に戻り、焦げ跡の隙間から何かを拾い上げた。
それは赤黒く染まった金属片。
この部屋で起きた何かを、血と鉄の匂いを纏ったまま証明しているかのようだった。
俺はその破片を指で撫で、微かに笑みを浮かべた。
「新人警備員……消えた理由を考えるのは簡単だが、事実を掴むのは別だな」
床に散らばる魔法陣の痕跡を見つめながら、俺はつぶやく。
「この事件は血と魔法だけじゃ終わらない……もっと深い闇がある」
外に出ると、霧が街路を覆い、月明かりはほとんどその姿を失っていた。
冷たい風が夜の静寂を切り裂き、遠くの鐘の音が不吉な余韻を残す。
俺はその冷気を肌で感じながら、次の闇へと足を踏み入れる決意を固めた。
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