第33話
これは……確認作業なのかな。
疲れてる私を見たかったのかな。
とか思うのだけど酸欠気味の私にはそんなご機嫌に頭を回転させる余裕はない。
「飾利」
しゃがみこんで、階段に座り込む私に顔を近づけて目を合わせてくる。
2人の白い息が混じり合う。
「はぁ、はぁ、なに……?」
「ごめんなさい」
京ちゃんは私を少しの間見つめて頭を下げた。
どういうことだろう。
息を整えることに必死でなにか謝られるようなことをしたのか思い出せない。
すると京ちゃんは顔を上げて、今度は私の両手を掴んで訴えかける。
「京ちゃん……?」
「私はさ、飾利が好き。飾利の大人っぽい穏やかな雰囲気も、怒った時の目つきも、悲しんだ時の目尻の歪みも、言葉を滲ませた声も、全部が好き」
「……?」
言いたいことがそのまま入ってこない。
いきなりなんなの……?
首を傾げて目で訴えかけてみる「どうしたの?」って
ただそれをすると、手を握る力も語気も強まる。
「だから……だからさ! 本当にごめんなさい! 私はさ……」
「ちょ、ちょっと!? い、いや。京ちゃんいきなりどうしたの?」
「えっ……?」
京ちゃんはこちらの困惑が理解できていないようで、露骨に眉をハの字にして私の感情を反射したように困惑を顔に出した。
「い、いや……飾利が怒ってるかと思って……」
「怒る……? なんで……?」
私なにか怒るようなされたっけ?
思い出せない。
だいぶ息も整ってきたから冷静に考えられるようになったけど思い当たらない。
「いや飾利が風邪引く前に……首を……」
「あ、あぁ……っ!」
そう言われて思い出した。
京ちゃんに首を絞めてほしいって言われて嫌々絞めたら京ちゃんが気絶しちゃったんだ。
断ったら嫌われそうだから断れなくて、言われるままにしたのを覚えてる。
それが凄い不安で怖かったんだけど、実は京ちゃんが気絶したフリをしてて……。
私の不安な顔を見たいために不謹慎な演技をした京ちゃんに怒りが湧いた。
どうしようもなく怖くなったんだから。
それで風邪引いたんじゃないかって思うくらいには心がグチャグチャになったのを思い出す。
「それで……。あぁ! だから今までソワソワして様子がおかしかったの?」
「嫌われたかと思って……」
嫌わないよ。
逆に怒って帰ったことで京ちゃんに嫌われるかと思ったんだから。
そんな言葉が喉元まで出たけれど、私は飲み込んだ。
今の京ちゃんの顔を見て、その言葉を投げる気がしなかった。
静かに、冷たく、ゾクりとする気持ちをお腹の奥で抑えながら私は口を開く。
「あぁ、確かにあれはやりすぎ。嫌われても仕方ないよね」
仕返しにそんな事を言ってみると、露骨に焦った様子でこちらの手から腕へと掴む場所を変えて力を込めた。
「……痛いよ」
「ごめん……! ごめんなさい……」
「うん」
「だから……私を——」
「どうだろう。あれは少し……悪趣味すぎるよ」
私はあえて言葉を遮ってみる。
京ちゃんの綺麗な顔が歪んでこちらを強く、とても強く見つめている。
泣きそうになりながら力無く体重をこちらに預けるようにすがりつく彼女の顔を見て、お腹から胸のあたりが疼く。
直接背骨を鷲掴みされたようなザワめきのようなものが全身に走る。
それを表に出さないように止めながら、私は言葉を終えると意識的に冷たく京ちゃんを見つめた。
「ごめんなさい……! も、もうしないから!」
「もうしないって言うけど、もうラインを超えちゃってるからなぁ」
わざと目を逸らすと腕を握る力が強くなる。
「飾利が好きで、好きで好きで仕方なくて……! でも好きだからやっちゃった。あなたの感情が見たくて……」
「だからってあれはなぁ……。はぁ……」
好きと言ってくれる喜びを噛み締めて、ため息と共にそれを隠しながら階段に座る私を下から覗き込む京ちゃんを見つめると、私の心は感じたことのない感情で満たされる。
京ちゃんの綺麗な顔が、目から溢れる水滴でさらに煌めいている。
目元は赤く、何かに怯えるように私の腕を掴んでこちらを見ている。
それを見て私は、京ちゃんの気持ちが分かったかもしれない。
「私は……もう飾利がいない世界が考えられない。ずっと一緒にいて、私を受け止めて、笑ってくれる飾利が好きだから。私は飾利の今にも壊れてしまいそうな表情が好きだけど、それの内側にある優しさも、表情に出なくても言葉の抑揚でなんとなく感情が伝わる飾利が好きなの……!」
そうやって苦しそうに胸に手を当ててこちらに訴えかける。
あぁ、京ちゃんはこれが見たかったのか。
可愛い子ほどいじめたくなる。
運動も勉強も見た目も完璧な京ちゃんをグチャグチャに乱したい。
この感情はキュートアグレッション……だったっけか。
その衝動はこれのことを言ってるんだとやっと理解した。
「飾利に嫌われたくない……嫌わないで……」
あぁ……。
普通ならここまでお互いに想い合うことはないと思う。
私も京ちゃんに嫌われたくない。
もう私の心は京ちゃんの心と溶け合って、一つのモノになってるんじゃないかって思うくらい京ちゃん以外には傾かない。
怒ったり泣いたり、感情を出しても寄り添って、みっともない私を可愛くて素敵だと言ってくれた人。
子供のように私の前で笑って、そばにいてくれる人。
私は紗柄京以外から一緒にいる人を選べないんだ。
だから、静かに口を開く。
「……嘘だよ」
「えっ……?」
「気にしてないよ。別に」
「どういうこと……?」
京ちゃんは視線をこちらから外さず首を傾げる。
その仕草に、私は京ちゃんを甘えん坊な王子様のように捉えていたけれど、私と同じ女の子なんだなって思い直す。
美しくて、可愛くて、刺激に弱いから守りたいけれど、刺激にさらしてみたくなるような。
不安そうな顔や視線の行き着く先が自分であることに愛を感じで安心できる。
可愛い顔を見て、愛を感じて、拠り所になることで心が重なるのがたまらない幸福感で満たされる
京ちゃんはこれを求めていたんだね。
「本当に嫌なことは嫌って言うから。もう気にしないよ」
「飾利……」
「ほら……京ちゃん。おいで?」
今度は私の番だ。
京ちゃんの感情を受け止める。
こういう時どうして欲しいかは私の方がよく知ってるんだから。
両手を広げて彼女を迎え入れる。
感情をぶつける場所として。
「怖かった……! 嫌われたかと思ったから……!」
「もう。嫌いになるわけないのに」
声を押し殺すようにしながら京ちゃんは両腕を私の体に巻き付けて抱きしめる。
心が重なるのをお互いで感じて、お互い無意識に唇を寄せる。
唇を重ねながらこの子をよしよしと頭を撫でて強く抱きしめ返す。
いつもやってる事とは逆で、今度は私が全部を受け止めてあげる。
京ちゃんの柔らかい唇から伝わる熱や感触、唾液の味。
それに加えてほんのりとつけていたであろう香水の爽やかな匂いが、鼻をくすぐって心の奥が疼く。
お互い唇を噛むように動かして求め合う。
あぁ、きっとこれは依存かも。
お互いに相手抜きじゃ生きていられないほど心に深く根が入ってしまっている。
好きっていうのはそれくらい罪深くて重いものだ。
ただ、この依存心は私が一方的に思ってるだけかもしれない。
京ちゃんは心の奥底だと私に依存なんてしてなくて、いつも一緒に寝てるぬいぐるみのような存在として私を見てるだけなのかもしれない。
けれどこうやって静かに泣いていた彼女を見れば、どこか安心する。
少なくともこうして抱き合って重なってる時間は2人の心は繋がっているから。
京ちゃんは少なくともこの瞬間、私をどうしようもないくらい愛して求めてくれている。
体温を唇、肩や腕、身体全体で共有する。
唾液を摂取したり、舌を動かしたり、いろんなものが触れて、感じて、お互いというものを隅々まで確認するように触れて、触れられる。
そうやって感覚から存在を共有していくと別の人間である2人がひとつになっていく気がする。
混ざって絡め合って、境目がわからなくなる。
そんな時間や重なりがあれば良い。
————そうすれば私たちは大丈夫。
「生徒が泣いていると学校に連絡があったから来てみれば……」
「ん……あっ」
声のした方へ視線をやった。
山口先生がこちらを睨みつけている。
————ヤバい。
長距離走を抜けてジャージ姿で抱き合ってキスしてるところを見られてしまった。
先生が女の人とはいえ、この姿を見られるのは気まずい。
「何してるんだ? お前ら」
「えっ……あー。これは……京ちゃんが迷子になっちゃって」
「外周でルートに迷う奴があるか」
「ルートというより……感情の行き場に迷った的な……?」
「はぁ……まったく」
そんな言い訳をため息で押し流される
「紗柄、七星、放課後追加で3周、昼休みは生徒指導室にも来い」
「げっ」
その後、キスはあえてなのか咎められはしなかったものの、隠れるために団地に侵入したことを怒られた。
そして放課後、2人でゆっくりとお話しながらめっちゃ走った。
話の出来るゆっくりペースでも最後の方は死にそうなり、校門の前で息の上がった私を見て、余裕で走っていた京ちゃんは「可愛いね」なんて懲りないことを言っている。
「苦しんだ姿が?」
「えっ? あっいや……うん。ごめん」
「いいよ別に。可愛いって思ってくれるなら私はもう諦める。確認作業でもなんでも受け入れるから」
京ちゃんは目を丸くした。
想像してない反応だったんだろう。
京ちゃんの切れ長でカッコいい目が丸くなり少し不思議な間の抜けた顔になっていて。私は息が切れてるはずなのについ吹き出してしまう。
「ふふっ。京ちゃんの気持ちが分かったからね」
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