感情が顔に出ないクール系彼女をグチャグチャに曇らせたい

鳩見紫音

【夏のとある日・紗柄京は七星飾利をグチャグチャにしたい】

第1話

   京


 可愛い子ほどいじめたくなる欲求が、私の中で渦巻いている。


 表面上で振り撒いている優しさの奥に溜まる後ろ暗いものの発散によって、何よりも好きな人の好きな表情が見れるというのは、なんとも病みつきになる快楽だった。


「かーざーりー、帰ろー」


 目の前の可愛い女の子の頬を指でつまんで引っ張ったりグリグリと押してみたりして遊ぶ。


「ねぇ、やめて」

「えー、嫌だー。ぐりぐりぃ~」


 机に向かってる隣でそれを眺める私は言葉を無視してツンツンと突っつき続ける。

 餅のように柔らかくしっとりとキメの細やかな肌を指でいじる。


 色素が薄くてあまり感情が見えてこない彼女、その頬を私はあえて無遠慮にいじる。


 紗柄京〈さがらけい〉は七星飾利〈ななせかざり〉と高校2年になったこの春から付き合っている。


 私の顔の広さと可愛くて有名な飾利、この組み合わせでさらに女同士ということもありこの四十物高校あいものこうこうでは有名なカップルとして知られている。


 そんな2人の放課後の教室での逢瀬は誰も見咎めることはなく、イチャついていても不自然に見られることはない。


 だから放課後はたくさん飾利との時間を楽しむ。


「柔らかーい」

「もう……! やめてってば……!」


 七星飾利、高校で有名なクール系美人な彼女は流石に耐えかねて感情を表に出してこちらを見て静かに怒る。


 顔はいつものように物静かで表情筋の動きが乏しいけれど声色だけでなんとなく怒っていることは分かる。


「なんで怒るのー?」


 甘えた声色で飾利に言葉を返す。

 なんで怒っているのかは分かってるけど、そんなの気にしてないよって素振りをあえて見せて甘えてみる。


 今度は飾利の色素の薄い茶色がかった長い髪の毛を指でイジりながら。


「……」


 普段はまん丸な目を鋭く細めてこちらを見る。

 視線から「勉強の邪魔しないで」と聞こえてくる。


 七星飾利は茶色くて艶やかな髪に整った顔立ち、静かで、クールで、感情が基本的に凪いでいる。それがとてもミステリアスで大人っぽいとクラスを超えて学年でも有名な美少女である。


 そんな彼女の無機質な表情と視線が私に突き刺さる。


 実は飾利はミステリアスな風貌に反してそこまで勉強が出来るタイプじゃない。だから真面目な飾利が勉強を邪魔されて怒るのも無理はない。


 ただ私はそんな飾利の怒った表情や泣きそうな表情が好きだ。


 だから、その冷たくて無機質に見える飾利の瞳を見つめて、私は冷たく返す。


「あぁそうか……こうやってイチャイチャするの楽しかったんだけどな」

「えっ……?」


 その瞬間、少しだけ飾利の瞼がピクリと動いた。

 こちらを不服そうに見る瞳はその言葉に反応して細い形からまた丸く変形する。


「嫌ならやめるよ……」


 態勢を飾利から引き気味にして「悲しいな」という表情を私が浮かべると、少しだけ彼女はなにか取り繕うような表情で距離を詰めて見つめ返す。


 それを私は気にしない。


「そっか、私のこと嫌いになっちゃったか……」


 追い込むように言うと目を見開いて首を横に振る。


「違う……よ……?」


 私が冗談を言っているのか本気なのか読みきれていないようで、普段の凪いだ表情から困惑を全面に出してこちらの目を見ている。


「でも、こういうの嫌なんだもんね……」

「そういうわけじゃないんだけどさ」


 飾利はこちらに訴えかけるようにより強く目で語りかける。

 本当に困惑しているのか瞼が少しピクついて、瞳孔が震えてるように見えた。


 私は冷めた表情を崩さない、彼女がそう思っているなら仕方ないから。


「だって勉強だって私が見てあげてるんだよ? 私は飾利が好きだから1秒でも会って話して触ってをしたいのにそれが嫌なんでしょ?」


「い、今は勉強しなきゃいけないから……!」


 少しずつ声に力が籠り歯切れが悪くなるのを見て心の奥で笑みクツクツと湧き上がる。


「しなきゃいけないのは飾利が勉強苦手だからでしょ?」

「それは……」

「はぁ……勉強したいから私と付き合ってるんだね」


 私は立ち上がる。

 残念だ、それが伝わるように嘆息しながら彼女に背を向けるとスカートの裾を掴まれる。


「そんなことないよ、そんなことない……!」


 キュッとスカートの衣擦れの音が聞こえる。

 肩越しに見ると布越しだけど掴む力の強さで表情以上に必死なことが伝わってくる。


「……シワになっちゃう。離して?」

「あっ、ごめん……」


 手をスカートから離したのを見て、目から何かを訴えかけているものの、表情はいつものクールさがまだ抜けきらず落ち着いているように見える。


 私はその変化で飾利の寂しさの具合を測る。


「ねぇ飾利、キスしよう……」


 私は自分の唇を指差してそう言った。

 すると少し首を傾げて飾利は返す。


「学校で……っ?」

「出来ない?」

「……わかった」


 飾利をスッと立ち上がって私に寄りかかるように体を預けて顔を上げる。

 身長の高い私の方から顔を近づけると、飾利は目を閉じた。


 そのまま、いつもしていたように唇を近づけて、重ねる。


 私は目を閉じた飾利を少しだけ見つめ、遅れて目を閉じる。

 感覚から視覚が消えて、飾利の温かい息と肌から少しだけ漂う石鹸の香りを感じとる。


 そして真っ暗な視界の中で彼女の形を認識するのはキスしている唇からの感触だけで、潤っていて柔らかく、息より少し温かい。


「……んっ」


 少し啄むように唇を動かすと飾利の嬌声が耳に入って、気持ちが昂る。

 視覚を塞ぎ、嗅覚、触覚、聴覚ときたら……味覚。


 飾利の側はきっと受け入れる準備をしているだろうけど、残念でした。


 舌は、入れてあげない。

 私はゆっくり触れ合ってる唇を離して、飾利を見下ろす


「……だめだ。なんかドキドキしない」

「はぁ……えっ?」


 キスの後で頭が蕩けて、言葉の理解が徐々に遅れてるのか、頭で咀嚼するのに時間がかかっているようだった。


 トロンとした顔の飾利は視線を泳がせながら、言葉を繋げなくなってきている。


 すぐさま焦りへ変貌する。


「やっぱりさ、別れよっか」

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