第4話 土門英が警察の犬になった
数カ月後、厳つい大男が、レストランの前で二重駐車していた赤い大きなオールズモビルに車をぶつけた。
オールズモビルから小男が独り、カンカンに怒って飛び出して来た。
「手前ぇ、何てことをしやがるんだ!一体俺を誰だと思っていやがるんだ?」
「さあぁ、誰だい、あんた?」
「俺は土門英だぞ!」
大男は言った。
「ほう、そうかい。それじゃ、俺はスーパー・マンだ」
彼は右の一発で土門英をのしてしまい、自分の車を駆って走り去った。車は覆面パトカーだった。
その後、土門英が組んでいた地回り達の何人かが姿を消した。彼等は京都やその近辺都市の刑務所に収監され始めたのである。
その頃から、土門英が奇妙なセリフを喋り始めた。
五条大橋の袂に立って携帯電話に向かって「エースの英が殺しに来た」と叫ぶ彼を、道行く人々はおっかなびっくりで観て、避けて通った。
土門英が警察の犬になった、あいつが地回り達を売ったんだ、という噂が近所を駆け巡った。彼は麻薬の密売人たちと一緒に捕まったのだが、警察が手錠を持ってやって来ると、途端にギャアギャア泣き言を言い始めた。ジンジェレラ・ハットを被った男たちは刑務所にぶち込まれたが、土門英だけはそうならずに済んだ。
間も無く、土門英は近所から姿を消した。彼は逃亡生活を始めた。
京都夕日ケ浦温泉のガソリンスタンドで働いた。滋賀県雄琴温泉のスタンドにも暫く居た。兵庫県の有馬温泉にも居たが神戸市内は避けた。そうかと思うと南部を渡り歩いて、勝浦や白浜と言った温泉街にも居た。土門英は地回りたちの眼の届く大都市を避け、温泉街の小さな木賃アパートで目立たぬようにひっそりと息を殺して暮らした。
そのうち、例のならず者たちが出所して来た。彼等は歳を取ったものの特別改心した風も無く、また麻薬や人身を売買する稼業に戻った。
土門英は哀れな流浪の旅を続けた。
異郷の街を渡り歩きながら彼がどんな思いで居たか、誰も知らない。彼は日記をつけなかったし、手紙も書かなかった。彼は、自分の裏切り行為によって、京都とその灯や女たちから、東山や嵐山の賑わう公園から、鴨川や桂川沿いの静かな歩道から、そして「祇園」のような幾多の酒場から隔てられて、あれやこれやの半端仕事を続け乍ら流離い続けた。その生活は十五年にも及び、それは殆ど、終身刑にも等しかった。
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