第28話 火花散る攻防
気を失ったパルトを抱え上げると、男はゆっくりと歩き出した。その途中でラビトの死体をチラリと見て、嘲笑が溢れ出してきた。が、すぐに任務のことを思い出して表情を戻した。
入口を出て、男は様子を窺うように辺りを見回した。なんだかやけに静かで少々驚いたが、おそらくは放った魔物どもがこの集落に住んでいる兎人を皆殺しにしたのだと推測する。いつになく仕事が早いじゃないかと、心の中で魔物どもへ称賛を呟くが、それと同時に、得体の知れない違和感が襲ってきた。
(……あまりにも静かすぎるよな。魔物どもの気配すら感じられないのはなぜだよな?)
兎人を全て始末したならば、残っているのはそれを実行した魔物たちだけのはずなのに、奴らは一向に姿を現さない。勝手な行動はしないように調教は施しているから、ここを離れたということはないはずだが……。
男は小さくため息をつく。
(……まぁ、どうせ奴らは使い捨ての魔物。だから、いなくなっても別に困ることはないよな。そんなことより、さっさと帰ってコイツを上様に渡してしまうよな。臭くて敵わん……)
そう考えて、男が一歩踏み出そうとしたその時だった。
「……っ!!」
ヒュッと風を切り裂く音と共にやってきたのは、一瞬で背筋を凍らす鋭い殺気。男はその殺気に対して、間一髪のところで反応する。硬化した左手に刃が当たると、綺麗な火花を散らした。だが、命を刈り取ろうとする攻撃はそれだけで終わることはなく、上下左右から繰り出される連撃が男に襲いかかる。
「……くっ!なによな!」
目にも止まらぬ速さで放たれる剣撃に対し、男は片手で対応せざるを得ない。自分の腕が何度も火花を散らす中、パルトを抱えていることが男を不利な状況に追い込んでいく。
そして……
「ちぃぃぃっ!」
完全な死角から放たれた一撃は、男の右腕を斬り落とした……かのように見えたが、抱えていたパルトを手放すことで自由を取り戻した男は、その一撃を薄皮一枚でかわしていた。
本能的にその場から飛び退いて距離を取る。斬られた傷を一瞥したのち、殺気の発生源だと思われる1人の人間に目を向けると、彼は意識を失っている亜人の子を杖にぶら下げて欠伸をしているではないか。
「お前……何者よな。」
苛立ちと焦り。それを隠して男は問う。だが、目の前の人間は、しわくちゃな顔にさらにしわを寄せてニカリと笑うだけで何も答えない。それにはさすがに怒りを抑えきれず、男は両手を硬質化させるや否や、目の前の人間に向かって飛びかかった。
「誰でもいいよな!ジジィ、死ねっ!!!」
言葉と共に刃に変形させた腕を振り抜くと、その斬撃は老人ががいた場所を大きく抉った。だが、肝心の老人の姿はそこにはない。驚いて辺りを見回すと、再び背後に気配を感じて振り返る。
「なんじゃ痛そうな手をしとるのぉ。それ、どうなっとるんじゃ?」
その飄々とした態度に、男はさらに怒りを募らせた。
だが、それ以上に男は警戒していた。見た目はただの老人にしか見えないが、さきほどの殺気は確実に彼から放たれたもの。それに片手を塞がれていたとはいえ、亜人を手放さなければ攻撃を防げなかったという事実は、男を逆に冷静にさせていた。
(こいつ……かなり強いよな。どこかの国の刺客……いやそれはないよな。なら、なぜあの亜人を助けるよな?理由がわからん。)
この世の中における亜人の境遇。そして、上様から命じられた今回のミッションの特性を考えれば、自分がここに居て何をするのかなんて、誰も興味を抱くはずもない些末なこと。唯一、疾風などと呼ばれているあの亜人には勘付かれたが、奴がここに来た理由も家族を守るためであり、コルディア司国がこれからしようとしていることなど、現時点で他の国が知る由もないのだ。
なら、なぜ目の前の老人はあの亜人を守るのか。その理由が男にはわからない。
「お前……なんでそいつを守るよな?」
ついついそう問いかけてしまい、男はすぐに後悔したが、言ってしまったものは仕方がない。相手の出方を窺いつつ回答を待っていると、老人は何食わぬ顔でこう告げる。
「なぜ……?なぜってお主、こんな可愛らしいウサギの子を誘拐しようしとるってことは、お主変態じゃろ。」
「はぁ?」
男はその言葉に拍子抜けしてしまう。こんな辺境の地で、英雄ごっこみたいなことをしているのだ。それらしい答えが返ってくるのではないかと期待していた手前、老人の回答には完全に虚を突かれてしまった。
だが、男はすぐに切り替えた。切り替えた後にやってくるのは、やはり怒り。自分を納得させるだけの理由もないくせに、邪魔をする老人に対しての純粋な怒りが、男の心を満たしていく。
「そんな理由で…………我々の邪魔をするな!!」
紫炎のオーラを両手に纏った男は、老人へ再び飛びかかった。
〜
俺はとても眠たかった。
帝都からアイビオリスの森の入口まで約1時間。そこで指輪の反応を確認し、この集落に到着するまでに約2時間。合計3時間近く走りっぱなしだったからだ。
それに、着いてみれば集落の内にも外にも魔物が跋扈しており、そいつらが襲いかかってくるもんだから、そのまま殲滅することに。もちろん、そんなに時間はかからなかったが、座って休もうとした矢先、今度は連れ去られそうになるウサギの子を見つけてしまう。
結果、一切休むことなく、今の状況にあるわけだ。
(せめて飲み物だけでも買ってくるんだったなぁ。)
後悔しても今回は自分が悪い。いくら信仰のためとは言え、目先の欲望に惑わされて準備を怠ったのは自分なのだから。結果として、ここに着くまでの間にサキュバスにもハーピィにも会うことは叶わず、双丘への信仰を深めるためだと期待した要素は今のところ皆無だった。
(……とりあえず、さっさと帰るか。)
とはいえ、目の前に立つ男は物騒な形状に変化させた両腕を構え、こちらを睨みつけている。面倒臭いことに首を突っ込んでしまったなと後悔しても、もう遅かった。とりあえず目の前の男をどうにかしないと、終わりはなさそうなので、さてどうしたものかと思案していると、男が口を開いた。
「お前……なんでそいつを守るよな?」
なんでと聞かれても……。
それが本音だったが、俺はふとあることを思いつく。目の前の男は、自分の攻撃を難なくかわされたことで俺に警戒心を抱いている。だから、攻撃を仕掛けにくくなっており、会話することを選んだのだろう。なら、あっちから仕掛けてくるように差し向けよう。そうすれば、正当防衛にもなるから、やっつけてしまってもいいだろうし。それにこの男、見た感じや雰囲気からするとプライドが高そうだ。バカにしてみたら案外すぐに釣れるかもしれない。
そう考えた俺は、何食わぬ顔をして男の問いに答える。
「なぜ……?なぜってお主、こんな可愛らしいウサギの子を誘拐しようしとるってことは、お主変態じゃろ。何する気じゃったん?」
俺は少しおちゃらけた感じでそう告げた。だが、その言葉を聞いた男の反応は意外なもので、拍子抜けしたように口を開けて動きを止めている。
(ありゃ……失敗したかな?)
やはり、そう簡単にはいかないか。
そう内心でぼやきつつ、こっちから仕掛けることも視野に入れ、再び思案しかけたところで男が突然吠えた。
「そんな理由で…………我々の邪魔をするな!!」
これまでとは違い、男は紫炎のオーラを両手に纏うと、俺に向かって突進してきた。
(ほぇ……まさかほんとに釣れちゃった!?)
男の反応の仕方に少し焦りつつも、俺は迎え撃つ体勢を取る。その際、杖にかけたウサギの子をチラリと確認するが、まだ意識を失ったままだ。だが、目を覚まされて暴れられるより、こっちの方が都合がいい。なので、そのまま杖の上で揺らしておくことにするとして、俺は再び向かってくる男に視線を向けた。
男は硬化した両腕に、紫色の炎のようなものを纏っている。あれがどういう原理で発現しているかはわからないが、触れるとなんかヤバそうだ。そう考えて、まずはかわしてみることに。男の動きに合わせてタイミングよく攻撃をかわすと、俺がいた場所が大きく抉られた。
(さっきより威力が上がってるな……)
硬化しただけの時よりも格段に威力が高い。その証拠に初撃では地面の一部が抉れただけだったが、今回は大穴が開いている。それにところどころで紫の残炎が揺らめいており、消えようとはしないのも気にかかる。
しかし、なによりも驚いたのは、男の動きが格段に素早くなったことだ。
(もともと本気ではないと思っていたが……突然本気を出すなよな。反応するのが遅れちゃったじゃん。)
内心で愚痴を溢すが、そう差し向けたのは自分なので、仕方がないかとすぐに切り替える。男はすでに俺の気配を読んでおり、逃げた方向をすでに把握しているようだ。チラリと鋭い視線を向けるや否や、間髪入れず再び突進してくる。
だが、そのスピードにはもう慣れてしまった俺は、欠伸をしながらつま先でトンッと地面を軽く突き、体をふわりと持ち上げる。その直後、突進してきた男が俺の下を駆け抜けた。
「なっ!?」
攻撃をかわされ、男はギョッとしたようだ。上から見ても、体が強張り、動揺していることがわかった。これをチャンスと捉えた俺は、そこに更なる追い討ちをかける。持っている杖で、見下ろす男の背中に強めの一撃を見舞うと、男の体は大きく吹き飛ばされた。その反動で杖から襟が外れ、ウサギの子が宙に舞うが特に問題はない。すぐさま体勢を整えて、再び襟に杖をかけるとそのまま地面にふわりと着地する。
その直後に、背後で男が壁に激突した鈍い音が聞こえた。
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