第15話 双丘、それは愛

目的地である村付近にたどり着いたところで、耳を劈くような無数の叫び声が聞こえてくる。移動しながら慎重に辺りを見回すと、魔物に襲われている村人たちを数人ほど視覚に捉えた。と同時に、距離が近い魔物から斬り裂いて回り、救える者を救っていく。

そうして、おおかた斬り伏せたことを確認すると、俺は背にお礼を受けながら再び村を目指して駆け出した。


そのまま駆けて行くと、今度は視線の先に森の切れ目を確認できた。勢いに任せて森から飛び出すと、村の入り口らしき場所に出る。そこから少し遠目ではあるが、魔物と村人が乱れ合う村の様子が目に映った。それを認識した俺は一度深く息を吸い、そのまま大きく吐き出すと、杖を腰に構えたまま再び駆け出した。


村の中に入ると同時に杖から剣を抜き、流水の如く流れるような剣技により、的確に魔物だけを切り伏せていく。



(なんだ、魔物というからどれだけ強いのかと思ったが、存外大したことはないんだな。)



突然現れたジジィが自分たちを斬り伏せてくることに対して、魔物たちも動揺しているようだ。だが、そのことを差し引いたとしても彼らに対して大きな脅威は感じない。むしろ、自分の力に少しずつだが自信がついてきている。もちろん、調子に乗っているわけではなく、慢心しているわけでもない。ただただ、自分の力が相手に通用することに安堵している。それだけだ。


俺は次から次へと魔物たちを斬り伏せていく。その合間に村の様子を確認すれば、怪我を負った者は何人かいるが、ほとんどの者が無事。命に別状はなさそうでホッとした。そのまま、最後の魔物を一刀両断し、血糊を振り払って剣を杖に納める。と、そこで怯える少女に何かを告げて笑っている女魔族の姿が視界に入った。



(魔族と聞いて男を想像したけど、女もいるのか。)



見た目はかなりボーイッシュなので一瞬男と勘違いしてしまったが、露出の多い鎧から見え隠れする双丘を視認した途端、俺の認識は正された。筋肉質で少し大柄ではあるが、なかなか良い双丘を携えている。長いまつ毛と潤んだ唇からも女らしさを感じられる。もしかするとこれは信仰する価値があるかもしれないと一人妄想していると、女魔族が右手を振りかざし、笑みを深めたことに焦りを抱く。



(まずい!あいつ、あの子を殺す気だ!)



その瞬間、ほぼ反射的に駆け出して、間一髪のところで少女を救出する。今は平地でも未来ある双丘になんたる行いをするのかと憤るも、俺は冷静に女魔族を見据えた。背を向けている彼女は、まるで狸にでも化かされたようにキョロキョロと辺りを見回して少女を探している。その様子が少しおかしくてニヤニヤしながら俺は声をかけた。



「弱いのぉ。魔王軍と言ってもこんなもんかのぉ。双丘を持つ娘っ子が1人もおりゃせん。男や雄ばっかで本当につまらんつまらん。」



女魔族がそれに気づき、驚きながらこちらを向く。すると、その表情にさらに驚愕の色が浮かんだ。彼女は「なんだ……これは。」と溢し、俺の周りに倒れている魔物の骸に視線を泳がせる。だが、すぐに首を横に振り、俺に鋭い視線を向けた。



「お前……何者だ……?いったいどうやってここへ来た。」



その問いに俺は嘲笑う。



「お前に名乗る名などないわい。」



そう一蹴すると女魔族は激昂し、同時にこちらに向かって右手を振り抜いた。その手からは強力な衝撃波のようなものが生まれ、俺と少女に襲いかかる。それはまるで、巨大な竜を思わせるほど威圧感と殺意を持ち合わせており、それが嵐のように暴れながらこちらに向かってくるのがわかる。だが、俺は少女をすぐさま抱えて冷静にそれをかわすと、ある家屋の中へと避難する。その家はほとんど壊されていない無傷の状態だったため、少女も少しは落ち着けるだろうと考えたからだ。彼女にここに隠れているように伝え、再び女魔族のもとへ向かおうとすると、少女は俺の袖を掴む。その手は震えており、目には涙を浮かべている。おそらく「行かないで。」と言いたいのだろう。しかし、俺はそんな彼女に小さく微笑みかけた。



「大丈夫じゃ。安心せい。」



少女はその言葉に小さく目を見開くと、こくりと頷いてゆっくりと手を離した。俺は同じように頷き返し、ゆっくりと立ち上がると、杖を持ち直して家の外へ出る。そのまま舞い上がった砂埃に身を隠して、女魔族の様子を窺うことに。視界を遮っていた砂埃が落ち着き始め、奴はようやく俺たちがいないことに気づいたようだ。キョロキョロと再び辺りを探し始めたが、やはり感覚は鋭いのだと実感する。すぐに少女の居場所を突き止め、その家に向かってゆっくりと歩き始めたからだ。


しかし、それは俺にとって願ってもいないタイミング。気配を殺して女魔族に飛びかかった。


いまだ俺の存在に気づかぬ女魔族の背中を眺め、俺は丁寧に合掌する。今から行うは信仰の儀。神への祈りは決して忘れてはならない。そうしてそのまま、背に抱きついて両腕を胸部に回すと双丘の位置をすぐさま把握。清らかな手でそれを優しく包み込んでいった。指一本一本を丁寧に、かつ失礼の無いように敬愛を込めて動かすと確かな感触を感じる。弾力の中にある優しさ。雲を掴むような甘く淡い寵愛。それを手の神経全部から感じ取り、しかとその感触を確かめていくが、途中で何かが違うと違和感を感じてしまう。


ーーー硬い……



そんな言葉が頭をよぎる。だが、それを否定しようと嗜むように指を動かし続けているところに突然邪魔が入った。



「◎△$!!×¥●&%#?!」



俺の行動に気づいた女魔族が、言葉にならない叫びを発したのだ。それと同時に俺の拘束から逃れようと大きく体をよじり暴れ始めたので、俺はすぐに飛び退いてため息をつく。



「良い双丘を持っているからどんなもんかと思ったが……硬くてひとつも心地よくないのぉ。本当に期待外れじゃ。」



対して女魔族は失礼だと言わんばかりに声を荒げた。



「き……貴様……!!なんてことを!やっていいことと悪いことがあるだろ!!」


「ん……?なんじゃ?恥ずかしかったのか?魔族とはいえ、乙女は乙女じゃったか。」


「なにを…………っ!?」



神聖なる儀。しかしながら神の啓示には至らなかった。ただ、少し顔を赤らめながら反論してくる女魔族を見て、少しばかり可愛らしさを感じてしまったが。



(双丘は……やはり誰にでも平等であるということか……愛があるのぉ。)



そう考えると、ついつい笑みが溢れてしまう。そして、もっと双丘を嗜みたい衝動に駆られて、さらに口元が緩む。冷静な自分がそんな感情をなんとか押し殺そうとしているが、なんだか心の奥底で黒いものが渦巻いていて、まるで俺の内側から外側へとその衝動を押し出そうとしているようだった。


目の前にいる女魔族は、驚愕の色を浮かべたまま動かない。その理由はわからないが、彼女を見ていて改めて思ったこと、それは彼女が敵であるということ。双丘は誰にでも平等ではあるが、暴力は好まない。彼女は少女の未来……いや、双丘の未来を刈り取ろうとした罪がある。ならば、それ相応の償いはしなければならないだろう。



(御心のままに……)



そう心で呟くと、俺は杖に手を掛ける。その時の自分がどんな顔をしていたのかは、今となってはわからない。だが、女魔族の顔にさらなる恐怖の色が浮かんだ気はした。



チンッ……



鞘である杖に刃を納める俺の後ろで、女魔族の首が落ちた。

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