第2話 街の地下にいるもの
その日は、夜まで食料の買い出しをして時間を潰した。いつも騒がしい街だが、警官やギャング、ドローンの姿が目についた。
詳細な資料を待っているが、いっこうに送られてくる気配がない。
部屋の電気を消して、ナイターを観ながら酒を飲む。今日の贔屓チームは、先発が四死球で自滅し、守備のエラーで追加点を献上する。不貞腐れたようにテレビを消す。あと1勝なのだ。焦ってはいけない。
酔いは回っていないが、アルコールの数値としては充分だ。
「そろそろ、いいだろう」
彼は頭の中のチップを取り出した。
「高かったんだぜ、この仕様にするのはな」
押入れからアンドロイドを起動させると、ベッドに寝かせて、取り出したチップをはめる。
プログラムは、問題なさそうだな。
『お休み、自分』
隣の部屋が隠しコネクティングルームになっており、そこに入って酔い覚ましを飲み、着替えをする。
黒いボディスーツを着て、その上に変装を施す。この街に敬意を表した姿に。もちろん、顔も声も変える。
このボディスーツは、軍用の最新型モデルの盗品だ。車に轢かれても、拳銃に撃たれても、大丈夫なものらしい。
まあ、一つしかない命だ。大切にしたいものだ。
だが、支配層の奴らは既に、次のレベルまで進んでいる。自分の脳をバックアップしている。永遠に生きるために、他人をまさしく食い物にしてでも生き続けるつもりだ。体のあちこちを付け替え、最後には命すらすり替えている。
公然の秘密だが、知る者は少ない。何故なら、知った者はこの世にはいないからだ。
「起きてるか?」奥の部屋の主に問いかける。
「ああ。でも、こんな不味いピザよく食うよな。人間の食い物じゃないぜ!」
昼間のピザの残りを渡したら、美味そうに食べている。かなり、あったはずだが……
「そうだな。そろそろ出かける。準備はできてるか?」
「問題ないよ。監視システムは全部ダミーにしてある。乗っ取った足跡も自動で消えるから」
「探し物も、調べてくれ」
「あいよ、これから取り掛かる!」椅子にあぐらを組んでいる少女。
コンピュータールームから答えたのは、十代の女の子だ。ハッカーのナノ、本名かどうかは知らない。ある事件で拾った。
「しっかし、そんな骨董品でよくハッキングできるな?」
「プログラムも計算も作戦も全部、向こうのシステム持ちだからね。私のやることは、主人が誰かを教えるだけよ。忘れさられたものの勝利だ」
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけて!」
深夜の徘徊が始まる。窓から非常階段に飛び乗り、降りる。
手をあげると、空に浮かぶ監視ドローンが点滅し、問題なしの合図を送られてくる。
「まずは、あいつと話をするか!」
この街を裏で牛耳る三大ギャング組織。本当は、大人しい猟犬に過ぎない。
それらの組織は支配層と結びついている。しかし、その関係が切れれば地獄行きだ。いや、地下行きか。
家の近くの貧民街にある酒屋の地下。階段を降りると、うらぶれたバーがある。遅い時間だからか、人影はない。
「いらっしゃい。エンリコ様、お久しぶりです」
「サウスサイド」
バーの椅子に腰掛け、ドリンクを頼む。符号だ。
怪訝な顔をするバーテンダーに、机にチップを置く。
すると、チェスボードを取り出した。
まず、適当に駒を並べ、バーテンダーが駒を置いていく。
「わかった」精算して、席を立つ。
俺はトイレに行き、故障使用禁止の貼られた個室の足元のタイルを開けて、地下に潜る。そこは迷路のような都市の下の大下水道だ。
チェスのナイトの位置を思い出して、進む。一定間隔に、壁に準備しておいたシートを貼り付ける。案内板だ。
ナノの仕事は、近頃は、ミスがなく、警備網は、きっちり遮断されている。
「せっかくのスーツが汚れちまうぜ」
落書きや工事中と思われる場所を抜け、何もない壁に突き当たる。
「ここだな」何も無い壁を見回し、トントンと叩く。
やがて、小さく声が聞こえる。あたりだ。
「エンリコだ」知られている偽名を名乗る。
大きな一枚岩の扉がゆっくりと開いた。
暗い部屋に入ると、扉がまたゆっくりと閉まる。開閉を担当している大型作業用ロボットが数体、そこにいる。
完全に閉まると、微かな灯りが点いた。
「大層な出迎えだな」
周りをぐるりと、拳銃を持った男たちが取り囲んでいた。殺気立っている。
「久しぶりだな、エンリコ」
疲れきってはいるが、貫禄のある日系ギャングのボス、クロガミが挨拶をしてきた。
「クロガミさんも、元気そうで」握手をしようとしたが、拒否された。それでも男たちに武器を下ろすよう指示をした。
「それで? 何の用だ?」苛立った声が漏れる。
「近頃、変わったことはないか?」
「特に無いな」
「ふうん。お前のけつもちの支配者が、政治闘争で負けたと聞いたが?」
「何でもお見通しなんだな。その通りだ、俺たちをドブネズミみたいだと笑いに来たのか?」
「悪いが、そんな暇はない。新しい主人を紹介するか? それとも、ここから逃げて、新しい人生をやり直すか?」
俺は情けをかけてやっているつもりだが、周りの子分たちは騒ぐ。
「親分、そいつの言うことは信じられませんで」
「死神に運命を託すほど落ちぶれてないぞ」
クロガミは、大きな声で取り巻きを部屋から退出させると、息を吐きながら
「考えさせてくれ。どちらかに決める」と小さな声を出した。
「それがいい。だが、あまり時間はない。このままでは、間違いなく地上に出た時点で全員逮捕されるし、その前にここにも押し寄せてくるかもしれん」
彼らが捕まらない理由は、ただ一つ、支配者達とのつながりだけ。犯罪歴は全て記録されており、地獄の一生監獄ライフは待っている。
「もう一度聞こう、変わったことはないか?」
「噂話だ。支配階級が一番大切にしているものは何だ?」クロガミが謎かけをしてくる。
「永遠の命と権力だ。理想のためにそれを望んだ奴らは、いつの間にか、それに虜になった」
「全く、くだらない奴らだ」
「それで?」
「最高指導者の一人の脳のバックアップデータ、それが不正にコピーされ持ち出された。死に物狂いで行方を探しているという噂だ」
「面白い話だ。ところで誰から聞いた?」
「勘弁してくれ、せめて楽に死にたい」
「まあいい、また話に来るよ」
俺は、クロガミの目を盗んで、盗撮用のカメラを設置し、地下道の壁の細工を確認して次の目的地に向かった。
その日は、他の二大ギャングも訪れたが、有力な情報は他からは出てこなかった。本当に、くだらない噂話ばかりだった。
「ところで、クロガミたちの行方を知らないか?」彼らは決まって聞いてくる。
「さあな、何かあったのか?」
俺が逆に質問すると、「いや」と知らんふりを決め込むが、口を揃えて、空白になったクロガミのシマをどうしたら良いかと聞いてきた。
「手を出すな。戻ってくるかもしれんぞ」俺は忠告した。
「お前がそう言うなら」一応納得していたが、その目には野心が見え隠れしていた。我慢は長くは続かないだろう。すでに、小競り合いが始まっている。
拳銃の音が、街のあちこちで鳴り響いている。小さな組織のギャングが撃ち合っているのだろう。大きく育ったら、結局取り込まれるだけなのに。
朝になる前に、家に戻る。現状復帰をする前に、ナノに尋ねる。
「何か掴めたか?」
「うん、クロガミのところにいたよ。女の子たち。残してきた盗撮器の画像見る?」
「解決だな……」簡単すぎる。警戒音が頭で鳴り響く。
「違う、この映像の解析を頼む」
「すぐ済むよ」
「明日の夜に聞くよ」
「なんでだ?」
「明日は、マクマホンに会うからな。下手に情報を入れるのはまずい」
「そうだね」彼女は相槌を打ちながらも、画面のインベーダーゲームに夢中になっていた。
「報酬は、バターフィンガーね」
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