6 怪力料理人のホットケーキ

「なんだかいい匂いがするんですが、食堂を再開したんですか?」


 波打った黒髪に金の目をした男前が入ってきた。カイルも背丈に自信があるが、同じくらいの背丈でこれだけ顔が違うと流石に負けた気分になる。


「そうでございます。イルデルベルトの王の城で働いていた料理人なので、お口に合うと思いますよ」


 宿屋の主人は揉み手をしながらそう言い、男前は適当なところに座った。給仕する人がいないので、カイルが皿を持っていく。


「ふむ。いかにも宮廷料理風だ」


 男前は恐る恐る野菜を口に運び、

「うまいじゃないか」と顔をほころばせている。


「ありがとうございます」


「ときに、貴殿はイルデルベルトの宮廷料理人なのか?」


「城ではまかないしか作っておりませんが、いちおう」


「……そうか。それならシロガモの皮包みなんかも、あとで肉のほうがまかないに回ったりしたのか?」


「そうです。よく献立をご存知ですね。ファサラスハルトの王子殿下をもてなした料理です」


「ほう……やはり『調理』や『製菓』のタレントがあるのか?」


「いいえ。俺は『怪力』です。だから、王族の食事は作らせてもらえませんでした」


「そうか。怪力料理人だな」


 男前はとんでもなくさわやかな笑顔でそう答えた。カイルはなんだこいつ、と思った。

 男前は煮魚にフォークを伸ばし、一口食べて、さらに一口食べた。


「城の料理人なのに、オルトでしか食べられていない豆油を使いこなしている」

 どうやらうまいらしい。


「以前城に、オルトの代官が土産として持ち込んだものを王にお出しすることになって、そのとき料理長のご厚意で味見させてもらったんです」


「ほう。一度味見しただけでこの味か。やはり優れた料理人のようだ」


 褒められた。どうやらこの男前はよほどの美食家らしい。その割にはすっと筋肉質で、太っている感じはしない。


「ずいぶんあちらこちらの食べものに精通されておりますね」


「まあ、仕事で大陸じゅうに行くからな。しかしうまい。宿屋の食堂でここまでうまいものが出てくるとは思わなかったよ」


「お酒をお持ちしましょうか?」


「私は下戸なのだ。酒は苦手なんだよ。酔っ払いも嫌いだ」


 そうでしたか、と返事をする。そのあと続々と宿泊客が入ってきて、カイルは忙しく給仕したり煮魚を温め直したりした。

 すべての宿泊客が腹いっぱいになった。

 カイルも自分の料理を夕飯に食べる。もう時計はゆっくり夜の深い時間を示していた。

 夜になった街を窓から見る。娼館や酒場、賭場のけばけばしい看板がちかちかと光っている。この光る看板は都会ならどこでもお馴染みのもので、二十年くらい前に「発明」のタレントを持った発明家が考案したのだという。

 まあカイルからしてみれば生まれる前の話だ。どうだっていい。

 街の様子を見ていると、どうにも素行の悪そうな、荒くれものといった感じの人間が、当たり前に闊歩していた。城のあるイルデルベルトの街より風紀が乱れているのかもしれない。

 こういう輩に、ラケル姫はさらわれたのだろうか。

 考えるだにむかむかする。

 とにかく金貨百枚の貯金を作らねばならない。両替商は利息を取るだろうから、銀貨で千と百枚、銅貨だと一万と一千枚。多すぎて気絶しそうだ。

 寝る前に、宿帳の整理をしている主人のところに向かう。


「あの。明日の朝食はどうしますか。パンとお茶みたいな感じですか、それとも朝からしっかりお出しすればいいですか」


「ああ、そこはきみの自由裁量で構わないよ。ここはファサラスハルト王家の定宿だが、ファサラスハルトでは王族も当たり前に朝からちゃんと食べるそうだ」


 そうなのか。寝る前に食材を確認しておこう。

 台所に戻る。

 とりあえず川の怪と赤ナスのサラダ、それからハムエッグとパン、といったところか。パンはいちから焼かねばならないが、ウサギゴメの粉なので小麦に中る人でも食べられるだろう。

 よし。風呂に入って寝る!

 カイルは自分の部屋に向かう。主人に使っていいよと言われた部屋は、宿屋らしく整然と片付いたきれいな部屋で、シンプルな調度品が好ましい。

 部屋の大きなガラス窓から、ノキエス山脈の雄大な峰々が見えた。星の灯りに照らされて、山々はとても美しい。

 それなのにこの街は身元のしっかりしないものが闊歩し、やかましい酒場の呼び込みが騒ぎ、娼館の前には裸も同然の女が派手な化粧をして男に声をかけている。

 早く稼いでレシュの抜け穴を抜けて、早くラケル姫を助けにいかなければ。

 風呂場で汗を流したあと、カイルは布団に入った。疲れていたのかずいぶんぐっすりと眠ることができた。


 翌朝起きるといつもの早起きの癖でまだ陽が登る前だった。

 さすがにこの生活を続けると死ぬのではあるまいか。それでも仕事はちゃんとやらねばならない。

 台所に入り、まずパンを作る。パンといってもパン種がないので、砂糖を入れた薄いパンだ。城でよくまかないに作ったホットケーキというやつである。

 ウサギゴメの粉に、水と砂糖、わずかに酒を加えてホイホイとホットケーキを焼く。思ったよりよく膨らむ。

 ホットケーキを焼いているうちに川の怪を塩で揉んでから薄切りにする。赤ナスも、昨日とおなじく果肉を損なわぬように切る。

 ハムがいくらかある。ヤマブタでなくふつうのブタの足で作ったものだ。それをスライサーにかけて薄切りにし、目玉焼きを作る。

 よし。


 まず宿屋の主人がやってきた。味見して、

「うーんうまいなあ。さすが宮廷料理人」


 と頷きながら食べている。


「そんな感心されるようなものは作っておりませんよ」


「そうかい? 王様ってのはずいぶんとおいしいものばっかり食べてるんだねえ。ところで、昨日の夜はなにもなかったかい? 悪党が来たりとかは?」


「いえ、特になにも」


「そうか……それならいいんだが、煙突からあんなうまそうな匂いがしたら向かいの宿の女将も気付くだろうなあ……」


「それは申し訳ないです」


「気にしないでいいよ。うまい食事が出せるだけで勝ったようなものだからさ。昼ごはんはうちで出さないから、よそで食べてくるといいよ」


「あの。昼ごはんを食べるお金がないです」


「そうなのかい!? そんなにカツカツだったとは知らなかったよ……じゃあ、給料は日払いにしようか。まずきのうの分を払えばなにかしら食べられるよね」


 カイルは給料というのをもらったことがなかった。

 城で働く人間は、衣服支給・三食まかないつき・宿舎完備という暮らしだからである。たいていの城に仕える人間は、ヨボヨボになるまでこの条件で暮らして、いよいよ役に立たない年寄りになったら、多額の退職金をもらって仕事を辞めるのだ。

 もちろん例外もあって、侍女たちは結婚すれば辞めていく。騎士や料理人も家庭を持って通いで働くこともあるが、それも家族の生活に必要なものは支給される。

 そういうわけで、カイルはワクワクしながら給料を受け取った。


「宿賃と食事代は引いてあるから、少し少ないけど」


 宿屋の主人は申し訳なさそうにそう言い、銅貨を七枚くれた。

 ……思ったより稼げないんじゃないか? この仕事……。

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