第2話 セシリア視点・1話 『私は...。』
「はぁ...。」
公爵領の中にある池の中に、小石を投げながらため息を吐く。
最近まで息を吐くと白く染まっていたはずなのに、今では風に乗ってどこかに飛んでいく。
「...。」
何故、こんなにも憂鬱なのか、それは自分でも分からない。
ただ、自分が何になりたくて、何がしたいのか...『目標』というものがないからなのか、それとも私がこの『フィンセント公爵家』の本当の子供ではないからなのか...。
分からない。
毎日がただ淡々と過ぎていく。
「私、本当にここに居て良いのかな?」
そんな事をボソッと呟いてみるが、答えは返ってこない。
ポチャンッポチャンッという水に沈む小石の音が今日はやけに耳に響く。
「...何で、私なんかを...。」
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私がフィンセント公爵家に拾われたのは、10歳の頃だった。
私は今から5年前に起きた、境界戦を巡る国家同士の戦争で孤児になり、『ルアラ孤児院』という所で育てられていた。
そのルアラ孤児院の中で、私は施設の人達からどうやら忌み嫌われていた様で、毎日蔑んだ目で見られ暴言...悪い日には鞭打ちまでされた。
でもそんなものは別にどうでも良かった。
最初の頃は泣き叫んで、「何度も許してください」と神にでも祈る気持ちで頼んだが、施設の人はそんな私の姿を見て笑っていた。
その時から、私は希望というか...未来というかそういうものを考えることはやめた。
毎日を施設の人に怒られない様に過ごした。
息を殺す様に。
そんな毎日を過ごしていた時、灰色だった私の世界を明るく照らす、人物が現れた。
ロベルト・フィンセント。
まだあの日の事を鮮明に覚えている。
12月25日。
あれは確か、冬の中でも1番寒く、雪の降る日だった。
あの日の夜、私は皆のいる部屋とは別室、火も明かりも灯っていない場所で、鞭打ちを受けていた。
あの日は本当に寒くて、鞭で叩かれた背中の感触が酷く身体の中に響いて、もう死んでしまうかもしれない、とさえ思った。
泣き声を上げたら、鞭打ちが増えるため、何度も息を殺して、涙が出そうになるのを堪えた。
6回程、鞭で打たれた時だった。
絶対に明かりの灯らない部屋に、光が除いた。
痛みを我慢するために下を向いていた為、そのかすかな光は錯覚とさえ思ったが、それは確かな現実だった。
「ッ!!おい!何してんだよ!お前!!」
知らない。
聞いたことのない、私と同じ歳くらいの男の子の声が、遠くなっていた私の耳にも確かに聞こえた。
「ッ!お前は......ゴ........な?!」
所々は聞こえなかったが、その言葉の後、私を鞭で打っていた施設の人間が、男の子の蹴りで身体を地面に打ちつけ、泡をふいて倒れるのが見えた。
そこからの私の記憶はない。
その後、病院の様な場所に連れて行かれて、病院の先生に事の経緯を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
ルアラ孤児院が違法な人身売買をしているという事で、その孤児院の領地の長である、フィンセント公爵家が直々に騎士を連れて孤児院を制圧しに来たというのだ。
そんな事もあるのか...と思ったが、確かに、あの孤児院で一緒に生活していた子供達の面々も年毎に変わっていっていた。
私は、親が迎えに来たのだろう、という勝手な憶測を立てていたのが、どうやら違った様だ。
あの子達は無事だろうか...。
そんな事を考えても、何も自分にはできない、とは知っているのに...。
私があの男の子の様にできていたら、もっと強かったなら、あの子達を救えたのだろうか。
「はぁ...。」
そんな事を考えながら、毛布を頭まで引っ張る。
もう寝よう。そう思っていた時だった。
コンコンッ
病室のドアを叩く音が聞こえた。
「あの、今大丈夫かな?」
病院の先生の声ではなかったが、何処かで聞いた事のある男の人の声...。
「あ、はい。」
「えーと、気分はどう?」
黒髪に金色の眼。
身長は160センチ程はありそうな、男の子が歯に噛んだ様な表情で私を見る。
「えっ、、、貴方は...?」
「あー、ごめんなさい。んーと、ロベルト・フィンセントって言います。」
「あ、、、えっ?フィンセント?」
「フィンセント。」
「公爵家の人ですか?」
「まぁ、そんな所ですね?」
「あ、、、どうも?」
「えっと...んーと。えー、すみません。今は体調が優れないと思うから、また後々、次は父と来るんで!えーと、お大事に?!」
「あ、、、ありがとうございます?」
そう言い礼をして病室を去る男の子。
ロベルト・フィンセントと言った男の子は、嵐の様に去っていった。
展開の早すぎる話に、頭が追いつかず、ポカン、とした表情のまま時間が過ぎていく。
でも私の中に刻まれたロベルト・フィンセントという名前は、彼の顔は絶対に忘れられないだろう...と、この時思った。
そうして、時間は進んでいき、この数日後、例の男の子とフィンセント公爵家現当主、アベル・フィンセント様が私を養子にしたいという話を持ちかけて下さり、私は公爵家の養子...公女となった。
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「良いのかな...私ばっかり。こんな良い思いをして...。」
ロベルト・フィンセント...私のお兄様は、あの日から何度も私に良くしてくれる。
時々、揶揄ってくるが。
お父様だってそうだ。
あの孤児院での辛かった日々など忘れさせてくれる様に。
でも、私の中で...拭えない感情...それは私がこのフィンセント公爵家に必要なのか...いや、分からない。
自分でも自分が何を求めているのか分からないのだ。
自分でも分からないこの感情は...一体何なのだろう。
もしかしたら私は、あの日から...いやあの生活からまだ完全に抜けきれていないのかもしれない。
「はぁ...。」
帰ろう。
そう思って、立ち上がろうと地面に手を付いた時だった。
「セシリアー?何してんのー...こんなとこで?」
「えっ?お兄様?」
馴染みのある声。
その声に釣られて、振り向くと、そこには私をあの日救い出してくれた張本人、ロベルト・フィンセント...お兄様がいた。
「そろそろご飯だぞー。ていうか外に出る時は侍女と一緒に出なさい。」
「お兄様に監視されている様で嫌なんですよ!」
「な、何?!気づいてたのか?」
「え?」
「え?」
「フフッ、お兄様...気持ち悪いです。」
「い、いや、俺はな?........」
まぁ、こんな幸せな日々が続いてくれるのなら...私の悩みなんてどうだって良いのかもしれない。
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