第二夜 猫娘(その四)
●第二夜 猫娘(その四)
秋葉原にある雑居ビルの地下。あやかし専門のバー『妖』で伯爵と共にカウンター席に座る
「一度バラされた痕跡があるようだな……」
指の先から滴らせた血液をドライバーとピンセットに変え、伯爵は分解したオルゴールから何かを取り出す。
それは焼け焦げていたが、呪符のような物であった。
「それが、ポルターガイスト現象の原因?」
「で、あろうな。焦げて効力は失っているが……これが原因で間違いないだろう」
そう告げる伯爵に、結衣はいぶしが気に尋ねる。
「あんたが仕込んだんじゃないでしょうね?」
「確かにその可能性はあるな。だが我輩ではない……真祖であるドラキュラ伯爵に誓おう」
あやかしが真祖の名を出すと言うことは、それだけ覚悟があると言うことだ。
伯爵が真祖の名を出してまで誓うのだ、これは信じても良いのかも知れない。
「そうなると……問題は誰が呪符を仕込んだかですね」
新田の言葉に結衣は頷くと、伯爵は指を一本ずつ立て、状況を整理する。
「まず一つ、我輩が渡してから、彼女が帰宅するまでの間にオルゴールに手を触れれる人物」
「プレゼントしたオルゴールは帰宅まで更衣室のロッカーに仕舞われる。更衣室に外部の人間は普通入れない」
結衣が『フォークテイルキャット』の構造を思い出す。メイドカフェの更衣室はそらが着替えた時の行動を思い出す限り、確かバックヤードからさらに奥にあった気がする。
それにバックヤードの入り口には監視カメラがあった。侵入するのは難しいだろう。
「二つ目、ならばどこかで入れ替えられるか。……だが、我輩は同じオルゴールだと判断した」
曲も作りも同じオルゴール。しかも小樽で買った限定品。そうそう簡単に用意出来る物ではない。
例え用意出来たとしても何処ですり替えるか、と言う問題もある。
「そうなると、更衣室に侵入出来る人物……内部犯の可能性が高いですね」
「それじゃ、お店に残ってるそらちゃんが危ないんじゃ!」
新田の言葉に、ガタっと言う音を立てて結衣が席を立つ。そしてそのまま店を出て行こうとする。
「ちょっと、結衣! すみません伯爵。マスターもお騒がせしました」
慌てて新田も店を出ていく。残された伯爵はマスターにブラッディメアリーのお代わりを注文すると、二人が座っていた席を眺める。
「……騒がしい人たちでしたね」
ウォッカとトマトジュースをステアしながら、マスターは閉まるドアを見る。
「なに、正義感に満ちた良い若者たちだよ。だからこそ楽しみだ……何処までその青さを貫けるのか、ね」
マスターから差し出された真っ赤なカクテルを、美味しそうに口を付ける伯爵。
その姿はまるで溢れる血を飲み干しているかのようであった。
「そらちゃん、無事!?」
秋葉原の街を駆け抜けた結衣は、クローズの札が下がった猫耳メイドカフェ『フォークテイルキャット』に飛び込むように入る。
そこではメイド服の
「結衣……さん……にげ……てにゃ……」
「……あら、邪魔をするのはどちらのご主人様かしら?」
結衣が店内を見ると、そこに居たのはそらともう一人……同じ猫耳メイドの女性。確かサキと呼ばれていたか?
だが彼女は付け耳と尻尾を外すと、代わりに蜘蛛のような下半身をスカートから覗かせて見せる。
「蜘蛛……女郎蜘蛛?」
「正解よ、ご主人様……いえ、お嬢様?」
正体を見抜かれ、くけ、くけけけと笑う女郎蜘蛛。
敵だと判断した結衣は、ポシェットの中から折り畳み傘を取り出す。
伸ばして広げるとその真の名を叫ぶ。
「唐傘! あいつを斬り裂け!!」
『あいよ、ご主人!』
唐傘は回転しながら空気の刃で斬り裂く。だが女郎蜘蛛は尾の先から蜘蛛の糸を吐き出すとそれを防ぐ。
『ご主人、蜘蛛の糸で防がれる!』
『あらあら。軽い攻撃ですね……威勢の良いのは最初だけ。お嬢様の力はそんな物かしら?』
唐傘の攻撃を防ぎ、煽る女郎蜘蛛に対し、悔しそうな顔を見せる結衣。
「(反閇を使いたいけど、尻尾が一本しかない今のそらさんじゃ耐えられないかも知れない……新田、早く来てよ!)」
反閇……陰陽術による妖魔退散の結界を張りたくても、アパートを借りる保証料として猫又の力の根源である二股の尻尾、その一本を千紙屋に預けているそらはその力を半減、いやそれ以下になっている。
その弱った妖力の前で妖魔退散の結界を張れば、彼女はあやかしとして致命的なことに繋がりかねない。
唐傘の足を掴んだ結衣は、自身の霊力を乗せ打撃を繰り出す。
右から、左から、唐傘を剣のように振るうと、女郎蜘蛛は蜘蛛の糸を盾にし右を、左をと受け止める。
『よく見れば、お嬢様の身体も霊力がたっぷり詰まって美味しそうですわね……僧正様の下で階位を上げるためにも、弱っている猫娘の前に頂いてしまおうかしら?』
「誰が、あんたなんかに、食べられてやるもんかぁぁっ!!」
女郎蜘蛛の言葉に結衣は唐傘を大きく振りかぶり、彼女に向けてフルスイングするのであったが、その四肢に蜘蛛の糸が巻かれ動きが取れなくなる。
そのまま蜘蛛の巣に張り付けられた結衣の身体を、まるで味見をするかのように女郎蜘蛛の指が這う。
女郎蜘蛛の人差し指が腹を撫で、谷間を通り結衣の首筋をなぞる。ゾクッと背筋を悪寒が走ったその時であった。店のドアを乱暴に新田が開けたのは。
「うちの従業員に、お痛は困りますね! 古籠火、糸だけを燃やせ!!」
店内に飛び込んだ新田は、古籠火が宿ったストラップを構えると炎を吐かせる。
蜘蛛の糸は一瞬で燃え上がり、結衣とそらは自由を取り戻す。
「サキちゃん! なんでこんなことを!?」
口元を覆っていた蜘蛛の糸から解放され、そらは女郎蜘蛛へと呼びかける。
『そら……それはね、あなたが欲しかったからよ! 人気も妖力もあるあなたが羨ましかった!! 妬ましかった!!』
「サキちゃん……」
女郎蜘蛛……サキの強い言葉に、返す言葉を失うそら。
『だけど突然妖力が半減した……だからチャンスだと思った! その肉を奪い僧正様に評価されたかった……いいえ、私はあなたになりたかったのよ!!』
サキはそらに向け真実を告げる。
猫又として、そして『フォークテイルキャット』のキャストとして人気があったそら。
その力を、姿を奪い、彼女に成り代わることで彼女が仕えている組織内での評価を上げようと密かに企んでいた。
そんな時に千紙屋に尻尾を……妖力の源を預けたことで、サキの目の前にまたとないチャンスが転がり込んできたのだ。
サキは一歩、また一歩とそらへと向かい歩みを進め、その手を伸ばす。
「させない!」
だが、その伸ばした右腕を結衣が唐傘を剣にして断ち斬る……紅い液体が店内に飛び散り、悲鳴を上げる女郎蜘蛛。
「わ、私の腕が……よくも!」
蜘蛛の糸で腕を縛り、止血をしたサキは再び尾の先から糸を吐き出す。
無差別に、広範囲に撒くように放たれた蜘蛛の糸だが、その糸の雨を新田が古籠火に命じることで焼き防ぐ。
「蜘蛛の糸はよく燃えるんだ……子どもの頃に悪戯して怒られなかったか?」
「新田、あんたそんなことしていたの?」
ニコリ、と微笑みながら告げる新田の言葉に呆れる結衣……だが助かったのは事実。
しかし、古籠火の火力で女郎蜘蛛を倒そうとすれば、この店まで焼いてしまう。
ならば……自分がやるしかない。そう結論付けた結衣は、唐傘を再び剣にして女郎蜘蛛へと挑む。
『お嬢様からお肉になりに来てくださったのですね! 美味しく頂いて差し上げますわ!!』
「だから、食べさせないって言ってるでしょ!」
女郎蜘蛛は失った右腕に蜘蛛の糸を吐き、斬られた肘から先を剣にすると結衣と斬り結ぶ。
結衣とサキ、両者が交わった次の瞬間……新田とそらが見守る中、結衣の胸元がサキの蜘蛛の糸で作られた剣で斬り裂かれた。
「結衣!?」
「結衣さん!!」
駆け寄ろうとする新田とそらの叫び声が耳に響く……その光景を結衣はまるでスローモーションのように見ていた。
『さて、まず一人……頂かせて貰いますわ』
首を逆に振れば、女郎蜘蛛が大きく口を開きこちらに向いて歩いてくる。
そんな最中、斬られた本人である結衣は体内に違和感を感じていた。
「(斬られた胸が焼けるように熱い……いや、違う、身体の中が熱いんだ)」
鋭い鳥の鳴き声が彼女の中で響く。それと同時に血が止まり……いや、血の代わりに炎が全身から噴出すると、結衣に立ち上がる力を与える。
『なっ……!?』
確かに致命傷を受けていた筈の結衣が炎を纏って立ち上がって来たことに一同が驚くなか、彼女は炎を剣にすると鳳凰の羽撃たきのように女郎蜘蛛を一刀両断にした。
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