第二夜 猫娘(その三)
●第二夜 猫娘(その三)
「相手は吸血鬼、よね?」
「だがどうやって接触する?」
あやかしよろず相談所『千神屋』の
二人がぐしゃぐしゃになった彼女の部屋の片付けを手伝い、ある程度整理が付いたところでそらが思い出したかのように手を叩いた。
「オルゴールをくれたご主人様に会いたいならお店に来るにゃ、多分今夜あたり来る筈にゃ!」
そらによると、どうもその推定吸血鬼は定期的に通っているらしく、何時も通りなら今夜来店するらしい。
事件の解決にはその吸血鬼に話しを聞くことが一番。渡りに船と三人は秋葉原の街へと戻る。
「おかえりなさいませ、ご主人様! ……ってそらちゃんじゃない。今日は早いのね」
猫耳メイドカフェ『フォークテイルキャット』。その入り口で結衣と新田はそらと共にキャストの挨拶を受ける。
「サキちゃん! にゃははは、ちょっとトラブルがあってにゃ……それじゃ、着替えて来るので少々お待ちくださいにゃ、ご主人様、お嬢様」
そらは同僚で先輩のメイド……サキに挨拶を受けると、バックヤードへと走り更衣室で素早くメイド服に着替えだす。
そらの衣装はクラシカルなパーラーメイド……レースの装飾が特徴的だ。
それにホワイトブリムを被り、隠していた猫耳と尻尾を出すと姿見の前でクルリとターンし、身支度に問題ないことを確認する。
「そらちゃん、準備はいい?」
表から更衣室のそらに向け、サキが声を掛けてくる……彼女はサキに返事を返し、スカートの端を摘まんで一礼してから店内へと戻ると、結衣と新田の接客にまわる。
席に案内された二人は、そらお勧めのメイドさんの愛情たっぷり猫耳オムライスとドリンクを頼んだ。
「ちょっと、ただのオムライスに二千円だなんて高すぎない?」
「メイドさんの愛情たっぷりだから高くはない」
新田のその言葉に、ひそひそ声で話しかけた結衣は呆れた表情を見せる。
そしてグラスに入ったジュースのストローを咥えると、ズズズと一息で半分ほど吸い込んだ。
「ぷはっ。あやかし事件の張り込みなんだから、どうせ経費で落とすんでしょ? ジュースお代わりしても良いよね」
「……程々にしてくれると助かる」
経費と言っても一旦新田が立て替えするのは事実。苦い顔を見せる彼を無視し、一杯八百円のジュースを次々とお代わりする結衣。
気が付けばテーブルの上には特典のランダムコースターがコンプリート寸前まで積み上がっていた。
そんな時だ。店に来客を告げるベルの音が響いたのは。
「おかえりなさいませにゃ、ご主人様!」
「ご主人ではない、伯爵と呼べ」
店に入って来たのは、タキシードを纏った青白い顔の男。
それを見た結衣と新田は、接客をしていたそらに目で合図を送る。
「お席はこちらですにゃ、伯爵様」
そう言って通されたのは、予定通り結衣たちの後ろの席。そらと伯爵の会話が良く聞こえる。
「うむ。何時ものを頼む」
「かしこまりましたにゃ。猫耳オムライスとトマトジュースでございますにゃ」
メニューを開かずに、慣れたように頼む伯爵。そらも心得たように注文を承る。
「そう言えばオルゴールはどうだね、あの音色は楽しませてくれると思ったのだが」
「そ、そうですにゃー……賑やかではありましたにゃ」
伯爵の言葉に苦笑いするそら。何せオルゴールはポルターガイストの原因だったのだ。
素直に喜べないし、悪気が無かったかも知れないため下手に口にする訳にもいかない。
「今週は鹿児島に行って来てね、つげ櫛を買ってみたんだよ。受け取ってくれるかな?」
「つげ櫛かにゃ!? 一生ものですにゃ、本当に貰っていいのかにゃ!?」
「そんなに喜んでくれるなら買って来た甲斐があったと言う物だ。受け取ってくれたまえ」
そう言って伯爵は薩摩つげ櫛の入った包みを渡す。
つげ櫛は江戸時代より伝わる薩摩地方の名産品で、椿油をしみ込ませて使うと髪に潤いを与え自然な艶を生み出すと言う。
そらは嬉しくて取り出すと、櫛を眺める……その姿を伯爵は満面の笑みで見守っていた。
「……ここまではただのメイドとご主人様の会話に見えるが」
「でもオルゴールを贈った、って言ってたよね?」
メニューで顔を隠し自称伯爵の席を伺いながら、彼についてヒソヒソと話し合う新田と結衣。
そのあともうかがっていたが彼に怪しいところはなく、ハート型に描いて貰ったケチャップの魔法をかけた猫耳オムライスを美味しそうに食べ、トマトジュースをゴクゴクと飲み、そしてそらを見る視線がややイヤらしいがそれ以外にはまったく普通のご主人様、と言う感じであった。
やがて彼が来てから二時間ほど時間が過ぎ、伯爵は会計を済ませて店を出る。
新田と結衣は彼の後を着けると、段々と人気のない裏路地へと誘い込まれていくようだ。
袋小路の通路、そこで伯爵は振り返る。そして新田と結衣に向かい呼びかけてきた。
「こそこそ隠れて居ないで、話があるなら出てきたらどうだね?」
その呼びかけに、結衣と新田は顔を見合わせると姿を現す。
「お見通しだったみたいですね」
「いかにも。我輩は伯爵だからな」
伯爵とはそんなに凄いのか、結衣は首を傾げるが、新田は気にしないように話を続ける。
「私どもはそらさんと同じビルに入っている千紙屋と申します。今回はそらさんに紹介したお部屋でポルターガイストが発生しまして、その相談を受けておりました」
「ポルターガイスト? それは大変ですなぁ。それで我輩にどのような関係が?」
挨拶と状況を説明した新田であったが、伯爵にそう返されるとポケットの中に手を入れる。そして焼け焦げたオルゴールを取り出した。
「ポルターガイスト現象の原因を調査しましたところ、このオルゴールが原因だと分かりました」
「それは確かに我輩がそら殿に贈った品。もしや我輩を疑っているのかな?」
未だ尻尾を出さない伯爵に、結衣がイライラとした表情を見せる。
「あんたが原因なんでしょ! いい加減、正体現したらどうなの!!」
取り出した折り畳み傘を伸ばし、まるで警棒のように構える結衣。
おぉ怖いと伯爵は余裕そうに反応すると、右腕で口元を隠す。
「……我輩がなぜ伯爵と呼ばれているか、知っていての態度かね?」
「どうせあやかしなんでしょ? それも吸血鬼、ドラキュラ伯爵……だから伯爵」
結衣の言葉に正解。そう告げると、隠していた口元を伯爵は見せる。
そこには長い牙のような歯が上顎から伸びていた。
「そう、我輩は吸血鬼。お二方は退魔士と見たが、決戦がお望みかね?」
周囲の雰囲気が伯爵の気配に反応し闇に飲まれる。
恐ろしいプレッシャーを感じながら、新田は彼に向かい腕を振る。
「伯爵、我々は退魔士ではなく陰陽師です……陰陽師らしく、まずは話し合いで解決出来ることなら話し合いで解決したいと思っています」
「ちょっと、新田!」
「結衣、戦うだけが陰陽師の仕事ではないんだ。可能なら鬼に納得し出て行ってもらう……それが陰陽師だ」
そう言って結衣を制し、緊張した表情の新田は伯爵と向き合う。
「ほう、物の道理を知っていると見える。よかろう。着いて来たまえ」
そう言って伯爵は二人の間を抜け路地を出る。そして秋葉原の裏通り、その奥に立つ雑居ビルの地下に新田と結衣を案内する。
「ここは、あやかし専門のバーでな……まあ、君たちなら良いだろう」
伯爵が案内された店。それはあやかし専門と言うだけあり、バーテンダーもゲストも全てあやかしであった。
「人間か……いや、退魔の匂いがする。伯爵、困るな」
「ブラッディメアリーを。……千神屋の陰陽師だ。いずれここを知ることになっただろう」
カウンターの席に着きながらトマトのカクテルを頼みつつ、伯爵はバーテンダーに二人を紹介する。
ペコリと新田と結衣は頭を下げながら、伯爵に並んで座る。
「……それで、お二方は我輩がそら殿を狙った、と思っていると言うことで間違いないかね」
「疑っている、と言うことに間違いはありません」
「オルゴールを見せてくれまいか?」
伯爵の言葉に焼け焦げたオルゴールをテーブルに乗せる新田。
彼はそれを手に取り、しげしげと眺める。
「これは……確かに我輩が贈った物だ。だが、我輩は断じてそら殿に害を加える気はない」
その言葉を信じて良いのか。新田と結衣は伯爵に話しの続きを促した。
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