Akashic information(仮)

@torina_raha

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目を開けると、そこは知らない森の中だった。


ここが何処か、なぜここにいるのか。そして私は誰なのか。ぼーっとした頭を巡らすも答えが出ることはなかった。

何一つ情報がないこの状況を前に、私は「ああ、これは夢の中だ」と判定せずにはいられなかった。


少しクラつく頭を抱えながら、そして絶望に近い状況に軽い現実逃避をしながら、目の前に広がる道なりに進む。

夢の中でも、木々の葉は朝露をまとい、柔らかな木漏れ日が地面を斑に照らしていた。小鳥の囀りは枝葉の奥から聞こえ、風は頬を撫でるように流れていく。その風にはほんのりと湿気が混ざり、樹皮や苔の匂いが漂ってきた。すべてがやけにリアルで、しかしどこか現実から切り離されたような静寂があった。となると、先ほどの思考が信憑性を増していく。

ほら、やっぱり夢だ。これは明晰夢だと確信し、それならばと火の玉を出す呪文のようなものを唱えるが何も起こらない。

くそ、どうやらこの夢は自由を許さないタチらしい。


しばらく進むと、森の中にぽつりと佇む建物が視界に入った。それはカトリック風の教会に似ていたが、どこか違和感を覚える作りだった。白い壁はどこかひび割れており、蔦が絡みついている。それでも窓から差し込む光がその外観を柔らかく包み込み、神聖というよりは懐かしさに似た雰囲気を醸し出していた。屋根の上には本来十字架が立つはずの場所に、シンプルな石の円盤のようなものが飾られている。異国の宗教建築を彷彿とさせながらも、どこか現実感が希薄だった。——ここには人が住んでいるのだろうか?ストッパーのない好奇心を抑えられずに警戒せずに近づく。


中に人の気配はない。こんな森の中に住んでいる人などいるのだろうか、いやそもそも夢の中なのだ。考えてもしようがないだろう。

ゆっくりとドアを開ける。ノックくらいはすべきだったかな、と後悔しながら。

するとふわりとインクの独特な匂いが鼻腔を満たし、そして——。


そこには溢れんばかりの本棚が並んでいた。


見渡す限りの本、本、本。その多さに圧倒されるもそれ以上にこの光景は異常だ。

まず外装とのスケールが明らかに合っていない。せいぜい100坪くらいの敷地だったはずなのに、終わりが見えないほどに広大で。地平線まで続く異様な光景に体を身震いさせる。

そして壁一面を埋め尽くす本棚が、まるで無限に続く迷路のように連なり、その頂は見上げても霞んでしまうほど高い。いや、それだけではない。天井には上下逆さまに別の本棚が張り付き、床にはさらに別の棚が広がっている。どれもびっしりと本で埋め尽くされているのに、それらが崩れる気配は全くない。無数の本が静かに佇むその光景に圧巻されていると真後ろから青年と思わしき声がした。


「あれ、お客さん?」


突然声をかけられ心臓が跳ねた。振り返るとこれまた大量の本を抱えたモノクルをつけた白髪の青年が柔和な顔で微笑みかけていた。少し見惚れて、しかしすぐに勝手に入ってしまったことを思い出し、謝罪する。自分の夢ではあるが悪いことをしたという罪悪感はあるのだ、ここは素直に謝るのが私にとってもいいだろう。青年は謝罪を受け取り、「こんな建物あったら気になるよね、しょうがないよ」と笑った。


しばらくして青年に話を聞いて分かったことがある。まずここは夢のような世界ではあるが夢ではないらしい。私が暮らしている世界とは別の次元に存在する場所で、夢を通じてこの空間に接続された結果、私が入り込んでしまった、とのことだ。そして青年はこの教会、もとい宇宙図書館「アカシック・レコード」の管理をしているんだそう。詳しくは分からないが、なんでもどんな本でもあるのだとか。ポピュラーな小説から超機密情報の書かれた書類、そして誰かの人生でさえ。ありとあらゆる情報が本として集結しているこの図書館は、普段あまり本を読まない私でも心惹かれる建物だ。


そんなすごい場所に、どうして私が接続されたのかを問うと、青年は難しい顔をした後に微笑みかけて言った。


「君がここに接続されたのには絶対に意味がある。その理由を気の済むまで探せばいいよ。幸いここにはどんな情報でもあるからね。」


そう、このアカシック・レコードにはどんな情報でもある。『私がここにいる理由』もどこかに記載されている、ということだろう。


「ただ君みたいに紛れ込んで来る人も少なくない。もし困ってる人が来たら助けてあげてくれないかな。そしたら多少の長居には目を瞑るよ。」


手ぶらで放り出された身だ、断る理由もない。私は青年の提案に首を縦に振った。「さ、それじゃあ暮らす準備をしなくちゃね」と青年は図書館の中へ手招きする。

私が何者なのか、どうやったら帰れるのか、…帰る場所はあるのか。そしてなぜ私がここにいるのか。

広大な宇宙図書館から「自分」という本を見つけるために。


私は情報の海に、一歩足を踏み出した。

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