地獄行き候補の一般人は、異世界で正しく生きられるのか?

恐怖鋼鉄男

こんな世界じゃ善行なんか出来ないだろ

1-1.善人じゃない君は異世界行き

「天国に行きたい?」


俺は美形の女に話しかけられ、手に持った食べかけのタコスを皿の上に戻す。新規オープンしたばかりのメキシコ料理居酒屋で、こんな美人に話しかけられるとは思わなかった。飲み相手が来るまでの暇つぶしになるだろう。グラスも二つ用意している。


話しかけられた内容は怪しさ満点で、こいつは新興宗教の類かと邪推した。


何か妙だった。さっきまで店内に流れていた陽気なラテン系音楽が消え、店内も客がいないわけでもないのに人の話が聞こえない。


美人は微笑みながら厨房を指さした。厨房から猛烈な炎が出ていた。

思わずその場から走り出そうとしたが、足が言うことを聞かず動かない。


美人は俺の額に人差し指を当てた。人差し指が光りだすと精神が自然の中でリラックスしている様に落ち着いた。


美人は慣れた手つきで、鞄からクリアファイルに入った書類を取り出した。そして、淡々とした口調で話し始めた。


「あなたは今死ぬ。ガス爆発でね。私は天使で、あなたのお迎えに来たってわけ。あなたがやけに落ち着いているのは、私が無理やりリラックスさせているからよ」


天使と名乗った美人の口調は、ドラマの刑事が「お前には黙秘権がある」と言っている様な感じだった。


「この事実を聞いて俺は落ち着いているし、言われたことが事実だとはっきりと理解できる。何故だ」

「さっきも言ったでしょ、神の権能って奴よ、その質問とあなたの死因に関する事はこれ以上答えないわ、説明してもあなたに理解出来ないし」


天上におわす神とその使いである天使は、賃金労働者の事など気に留めていないのだろう。


「いまいち不愛想だな、俺は神の愛を受けるに値しない人間なのか?」

「その通り!」


天使は指をはじいて快活に言った。一応真面目に生きてきたハズだし、犯罪も犯していないから、そういう風に言われる筋合いもないのだが。


「天国への門はあなたには開かれていないわ。でも神は慈悲深いの。あなたにはチャンスがある」


天使はクリアファイルから紙を取り出すと机の上に置いた。神には贖罪通知書と書かれていた。俺が何の罪を犯したのか抗議したくなった。


ーーーー

~贖罪通知書~

救済対象者に該当する松尾 竜大(以下「転生者」という)は 『メキシコ料理屋カクタス』での爆発事故での死亡後、当該書類を交付した天使の指定する神権の及ぶ範囲の世界(以下「転生領域」とする)に転生させる事を通知する。下記に転生時の基本的事項を定める。


1,転生者の氏名について

転生者の氏名はジョン・リードとする。死亡前の氏名は転生者の記憶から転生時消去されるものとする。


2、転生時肉体について

転生時の肉体は転生者の20歳時の肉体を使用するものとする。ただし、転生領域での生存に必要な身体機能がある場合に限り肉体に変更を加えるものとする。


3,転生時日時について

当該書類の交付天使は転生する日時を指定することができる。


4,転生時地域について

当該書類の交付天使は転生する地域を指定することができる。交付天使は転生者が転生領域の意思疎通可能な生命体に認識されないよう転生時業務を処理する。


5、転生時能力について

転生者は転生時に下記の能力を授与するものとする。

・感染症への耐性

・言語理解能力(語彙や読解力は死亡前に準ずる)


6、秘密保持

転生者が転生に関して知り得た情報を、転生領域の第三者へ漏洩する事を防止する為に、当該転生者の肉体に物理的処置が行われる。


7、転生の解除

当該転生者の死亡時に行われる。


ーーーーー


「別の世界に行って生活してもらう。善人でもないあなたには断る資格は無いわ」


こういった契約書的なものは悪魔が作ると思っていた。まぁ、悪魔との違いは俺に拒否権は無さそうといったところか。


「契約をした覚えはないのに、通知書が送られてくるのは初めてだ」


天使は保険窓口のセールスレディのようににこやかに言った。


「我々は魔王や悪魔とは違う。地獄にも天国にも行けない魂に救済を与えているのです。次の世界で良く生きられれば、あなたは天国に行ける。」


あまりにも自信満々に言われると一理あるように聞こえてくる。それとも、3メートル先に爆炎があるから救済が一刻も早く欲しくなっているだけだろうか。


とりあえず『交付天使の指定する義務の履行』の内容が気になった。義務の内容を明記して欲しい。こういう場合は自分に不利になる義務が課される様な事は避けたい。


「指定する義務は?」


天使は呆れたように鼻で笑い、燃え盛る炎を指差した。


「神の御業を見て、あなたが気にする事は自分の保身?」


自分の心を見透かされた様で、気持ちが悪かった。説教をされ腹が立ったので言い返した。


「やるべき事を教えてくれ」


天使はぶっきらぼうに言った。


「正しく生きる事よ」


めちゃくちゃ漠然としていた。こんな漠然とした内容なら契約書の様なものを作る必要はあったのだろうか。


天使は見透かした様に言った。


「神はその人に分かりやすい分かりやすい形でを教えるの。あなたみたいなインテリ崩れの給料労働者には分かりやすいと思うけど」


思わずムッとした顔になったが、ここで喧嘩するほど自分は感情的ではない。


「それでどこに行くんだ」


「魔法がある世界ね、善人ではなかったあなたには大した加護も無いからキツいかも」


ファンタジーの世界と言われるとワクワクするが、キツいと言われるとやりたくなくなる。キツいと言われている仕事は大体キツい。だが、断ると地獄に落ちると考えると、断る選択肢は無い。


「加護に値する人間はどんな奴なんだ」

「あなたに分かりやすく言うと悲惨な人生を送ったか、神の定義での善人ね」


天使は火の方に右手を向けて何かをしようとする。この世での最後の晩餐になる予感がした。


「待ってくれ」

「何か?」


2つのグラスにビールを注いだ。何故か泡が立たなかった。


「まだビールを飲み終わってない、飲むか?」

「最後の望みが飲酒行為だから、天国に行けないのよ」


天使はグラスを持って一気に飲み干した。俺も一気に飲み干した。ふと残された家族の事が気になった。


「俺の家族は大丈夫だと思うか?」


天使はやっと家族の事を心配したかと呆れた様に笑い言った。


「見に行ったけど、貴方が死んだ位じゃへこたれないと思うわ、それに人は立ち直れる」


酷い言い草だ。天使には人の心が無いらしい。


「ま、頑張ってね。ジョン・リード」


天使は指を鳴らした。


「向こうでも会うと思うわ、そのときはセラフィーと呼んで」


爆炎が一瞬で俺の方に向かってくる。怖くなって目を閉じる。熱ッ。

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2024年12月20日 12:00

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