第3話

 結局のところ、努力による技能には限界がある。どうあがいても、才能を持ち合わせて努力する人間に敵うはずがない。

 しばしば、ならばその分たくさん努力すればいいと、笑ってしまうような世迷言を説法する人間がいる。その都度、頭悪いのか、と一蹴したくなる。具体的な向上を促す案を出せない奴らの言葉に、誰が首を縦に振るのだろうか。


 努力だけで何とかなるのは、せいぜい小学生までだ。だから、これまでの華々しい功績なんてものは、予選で敗退して、残ったメンバーの試合をフェンスの外側から応援する俺には何の価値もない。


『いっけーいけいけいけいけ笠木! おっせーおせおせおせおせ笠木!』


 周りの部員に合わせて、とりあえず口にしておく。今日も生憎の雨天決行。どうせなら、朝から土砂降りにでもなってくれればいいのに。そうしたら今日は有意義な休日を謳歌出来ただろう。

 しとしとと降り注ぐ最中、相手のボールがベースラインを割る。


「――シャアッ! デケェッ!」


 ガッツポーズと共に笠木が吠える。雄壮な姿は、いつも俺に向けるような懐っこいうざったいものとは程遠い。

 其処彼処そこかしこから、ラッキー! だの、ありがとー! と野次が飛んだ。


 いつも思う。マナー悪いな、と。でも、これが一般的で疑問を持つ方がプレイヤーからすると難しい。おかしな話だ。

 結局、人はその環境に慣れると、何の疑いも持たずに染まっていくのだろう。それが普通になって、当たり前になる。

 俺もいい加減、負け癖に慣れてきた。悔しいという感情はもう随分と本気では抱いていない。ある意味、現実を見ることが出来るようになったとも言える。


 県大会の一回戦を笠木は難なく突破した。もちろん、俺も他の部員も負ける心配は全くしていなかった。彼の実力なら東海大会はもちろん、全国にだって手が届く。一年にして、我が校の絶対的なエースだ。

 大人しく強豪校に行っていれば良かったのに。笠木というプレイヤーを得てしても、ウチの高校の団体戦はいいとこ県大会止まり。底が知れるというやつだ。


「あっ、先輩! お疲れっす!」


「それ、俺の台詞な。お疲れ」


 勝利シートを提出するよりも先に、笠木は俺の元へ一直線に足を運んできた。


「ありがとうございます! けど、雨だとやっぱり安定しないっすね。何度も冷や冷やしました」


「あの点差でそれが言えるなら、相手が可哀そうだな」


 試合内容は圧勝と言って良いものだったというのに。笠木の中では勝敗というより、ワンプレーごとに区切って考えているのだろう。やっぱり、才能がある奴が努力をすると、ほとほと呆れるくらいどうしようもない。


「そんなことないっすよ。先輩だって晴れてて怪我さえしてなかったら、余裕だったっす!」


 笠木の中で、俺は試合の序盤に怪我をしたということになっているらしい。訂正するのも面倒で、俺は無言を貫いた。

 本日使う予定なんて無いテニスバックを肩にかけ、立ち上がる。


「あれ、先輩帰るんすか?」


「病院だから早抜け」


 とっくに完治した右手をかざして、ひらひらと振って見せる。律義に病院を再訪するような人間ではないけれど、早退の理由にはうってつけだ。


「えー、俺、先輩に見ていてほしかったっす」


 笠木が口を尖らせ、しょんぼりと肩を落とす。


「お前が負けるとか一ミリも思ってねえよ。さっさと終わらせて勝ちメッセ送ってこい」


「了解っす! お大事に―!」


 笠木の見送る視線に負い目を感じ、俺は逃げるように会場を後にした。



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