クールな女騎士の秘密の性癖(?)が世界を救う…かもしれない

浬由有 杳

第1話 氷雪の麗人

「殿下、私が勝利した暁には、部下の処罰を取り下げてくださるとのお約束、お忘れなきように」 


 酷暑に見舞われた夏もようやく終わりをつげた秋晴れの空の下。

 ふだんとは違う緊張に包まれた修練場に、凛とした女性の声が響いた。


「もちろんだ。其方こそ、わかっておろうな?」


それぞれの護衛騎士に守られた急ごしらえの二つの見学席。

その片方にふんぞり返って、グレゴール第二皇子が王族らしい美貌に似つかわしくない下卑た笑みを浮かべた。


「其方が負けた場合は、剣を置き、側女そばめとして余に誠心誠意仕えるのだぞ。今更、なかったことにはできぬからな」


「兄上、どうかお許しください。サミールは私を守ろうとして剣を抜いたのです。どうか咎めるなら私を」


もう一つの席に座らされたアレク第三皇子が果敢にも声を上げた。


 アレク皇子は御年10歳。兄とよく似た見事な金髪の髪に、亡き第二妃ゆずりの深い緑の瞳の華奢な印象を与える美少年。

 10歳以上離れた、横暴な異母兄に必死に訴える様に、運悪く審判として引っ張り出された王室騎士団副団長エドワード・エクセルは同情の目を向けた。

 

ダメもとで進言してみる。


「グレゴール殿下、ここは、国王陛下が戻られてから改めて沙汰をされてもよろしいかと」


「ならぬ。あやつは、事もあろうに、私の大切なペットを切り捨てたのだぞ。私の、王家の所有物と知りながら、害を成したのだ。単なる平民出の騎士が。許せるものではない。その場で斬首してやってもよかったのだが」


 グレゴール皇子は固唾を飲んで見守る観客~自分の専属騎士団の面々と慌てて駆けつけた第三皇子の護衛騎士たち~をゆっくりと睥睨した。


「どうしても助けてほしいと申したので、特別にチャンスを与えてやるのだ。女とは言え、陛下が我が弟にと任じた護衛騎士だ。その腕前を見るのも一興だと思ってな。万が一、勝てばすべて水に流してやると言っておるのだ。寛大な処置であろう? ジャスケル、ほどほどに相手をしてやれ」


 3メートルほど離れて対峙している対戦相手を見て、エドワードは眉を顰めた。

 

 筋骨隆々とした大柄の、騎士と言うより、見るからに百戦錬磨の戦士だ。

身体強化の術を使ったとしても、女性には分が悪過ぎる。


「なるべく傷はつけるな。余の側女ものになる予定の女だ」


「畏まりました、我が君」


 ジャスケルと呼ばれた巨体は薄笑いを浮かべて第二皇子に礼を取った。

すでに略式ではあるがチェーンメイルに身を固め、巨大な片刃の曲刀ファルカータを右手に握っている。


 酷薄そうな顔には嬉々とした表情。

 見るからにやる気満々といった態勢。

 見事に盛り上がった両肩に分厚い胸は、剣闘士としても十分やっていけそうだ。


 速攻で聞き出した目撃証言によると、早朝、定例の散策を楽しんでいたアレク皇子に襲いかかった犬を護衛騎士が成敗したのが、事の起こりらしい。確かに犬は第二皇子の所有の証である紋章入りの首輪をしていたそうだが、引き綱はつけていなかった。

 咄嗟に主君を守ろうと抜刀した騎士の行為は極めて正当なものだ。


 言いがかりも甚だしい。国王が不在の折りにこんなことが起こるとは。

紛れもない作為が感じられる。


(おおかた『氷雪の麗人』殿に言い寄って袖にされた腹いせに仕組んだんだろうが)


 エドワードは心の中で舌打ちしたが、確たる証拠がない以上、この場で大っぴらにバカ皇子に逆らうわけにはいかない。


「ローム殿、本当にそれでいいのか?」


「かまいません」


 形ばかりの簡易鎧を身に纏った女騎士、第三皇子の筆頭護衛騎士レイリア・ロームは、その通り名に似合った無表情で答えた。

  

 すっきり伸びた背筋。女性にしては長身の、均整の取れた見事な体つき。一筋の乱れもなく首の後ろで一纏めにされた青みがかった銀髪。

氷の彫像を思わせる鋭利な美貌は、『氷雪の麗人』と呼ばれるにふさわしい。


 くっきりとしたペールブルーの双眸が、今にも席から立ちあがりそうなまだ幼い主を見上げた。

 安心させるように、その薄めの唇に微かな笑みを浮かべ頷いてみせる。


 ちょっと化粧して着飾れば、なかなかの美女に化けるんじゃないか?いや、これほどの美貌、騎士にしておくのは惜しいかも。


 不実ではないがそれなりに浮名を流しまくっているエドワードは、間近で見る女騎士の姿に、グレゴールの執着もわからなくはない、などと思う。


 このような下卑たやり方は、全く賛成できないが。


「どうした、エクセル卿?早く開始の合図をせぬか」


 どうやら、凝視しすぎたらしい。

 バカ皇子から、いらいらと催促の声がかかった。


「本当に、このまま始めていいのだな、ローム殿?」


「帝国で最も尊き御方のおひとりからのお言葉ですから。どうか、公平なご審判を」


「わかった。私が責任もって立ち会おう」


 エドワードは頷いた。



*   *   *



「はじめ!」


 低いがよく通る合図とともに、ジャスケルは剣を大きく振りかざして、女騎士に襲いかかった。

 

 予備動作もなくレイリア・ロームが動いた。

 刃から逃げるのではなく、男に向かってまっすぐに。

 

 予期せぬ行動に、男の動きが一瞬鈍った。風を切って眼前に迫る刃を、レイリアの剣が軽く斜めに捌いた。流れるような動作で跳躍し、バランスを崩した男の手首に剣の柄部分を上から叩きつけた。


 勝敗はあっけなく決まった。


 男の剣が音を発てて転がった。


「ぐわー」


 呻きながら、男は右手を押えて蹲っている。

 右手首は折れたのか、ぶらりと力なく垂れ下がっていた。


 一太刀で相手を沈めた女騎士は息ひとつ乱すことなく、敗者を静かに見下ろしていた。

 美女というより麗人という言葉がぴったりの美貌には汗一つ滲んでいない。


 カチャン。

 剣身を鞘に収める小気味よい音に言葉を失っていた見物人たちがようやく我に返る。


「勝者、レムリア・ローム」


 エドワードが高らかに宣言した。


 第三皇子側から安堵の声と拍手が響く。


「使えない奴。とんだ見かけ倒しだ」


 グレゴール第二皇子が忌々し気に吐き捨てた。


「兄上、約束はお守りください。サミールの解放を」


「言われなくてもわかっておる。この兄の寛大さに感謝しろ」


 捨て台詞を残して立ち去る第二皇子を見送った第三皇子が、レイリアを労おうと修練場に視線を戻し…その顔がこわばった。


「危ない、レイリア!」


  つい先ほどまでヒーヒー言っていた大男が、レイリアの背後に忍び寄っていた。

  男の太い左腕がレイリアの華奢な首筋に回る。


「やめろ!もう勝負はついた!」


 慌ててエドワードが間に入ろうとしたが、間に合わない。


 一同が悲劇を予想した次の瞬間…

 野太い悲鳴を上げたのは男の方だった。

 

 その巨体が地に突っ伏して悶絶した。

 レイリアが寸前で身を沈めて男の腕から逃れると、目にも止まらぬ速さで、男の腹部に肘鉄を、男の局部に容赦のない蹴りを一発お見舞いしたのだ。


治癒師ヒーラーはいるか?いない?なら、誰か、担架を」


 エドワードが泡を吹いて痙攣する男の傍らで指示を飛ばす。


「レイリア!」


 そしらぬ顔で服についた埃を払っていたレイリアは名を呼ばれて顔を上げた。

 

 安堵の涙を浮かべたアレク皇子が駆け寄ってくる。

 秋風に金色の巻き毛が揺らめかせながら。


「怪我はないか、レイリア?」


「あれくらいのやから、御心配には及びません」


「あなたにまた助けられた。礼を言う。本当にありがとう」


「もったいないお言葉。当然のことをしたまでです、アレク殿下」


 レイリアは身をかがめてその手をそっと握りしめた。


 レイリアは思った。


(いつもながら、眼福!目をウルウルさせた美少年!アレク殿下、尊すぎ!汗臭い獣みたいな男の相手をした後は、殿下の愛らしさに癒される!こんなに多くのギャラリーがいなければ、頬ずりしてだきしめたい!できることなら、家に持ち帰ってコレクションに加えさせていただきたい!)


 氷雪の麗人と称される凄腕の女騎士レイリア・ロームは、実は、表情と心の内が乖離した、可愛いものに目がない美少年大好き女だった。


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