虐げられた男爵令嬢は自分をリセット致します。

きのこのこ

第1話

 ガチャン


 殴られてうずくまる私に、投げつけられた茶器が額に当たった。衝撃と痛みに意識が混濁する。ぬるりと目に落ちる血液で視界が赤い。


(……ここは……どこ? なんで……頭が痛いの?)


「役立たずの醜女は我が男爵家に不要だ。さっさとそのゴミをかたせ!」


「いつまで転がってるのよ。いつも大袈裟にして。早く綺麗にしなさいよ」


 甲高い女の声が聞こえたと思ったら、うずくまった私の背を何度も蹴られた。


 痛い。


 痛い。


 痛い。


 ここから逃げなければ……殺されてしまう。


 よろよろと立ち上がり袖で目元の血液を拭い、その恐ろしい部屋から飛び出た。


「ほら!アンタのために雑巾とバケツを持って来てやったよ!あはは!優しいだろ」


 部屋から出たら突然メイドの格好みたいな女が、私に水の入ったバケツと雑巾を投げつけてきた。


「あはは! おまえ、それさっき生ゴミ突っ込んでたやつじゃないか! ほら、さっさと片しなよ。優しい侍女が持って来たバケツひっくり返しやがって! 旦那様にまた殴られるぞ」


「そうよそうよ! 早く片しなさいよね」


 ああ……思い出した……


 私は、男爵家の長女とは名ばかりの奴隷だった。いつも暴行や嫌がらせをはじめ、あらゆる使用人の仕事を押し付けられて来た。この家の使用人は給料を貰っているのに何もしないのだ。


 ここにいたら死んでしまう。


 逃げなければ……


 よろよろと立ち上がり、笑う使用人たちを尻目に私は今出せる全速力でこの家から脱出をはかった。


 玄関のホールを走り抜け門扉を抜ける。門扉を護る兵士なんていつだって私の事は空気扱い。でも今日こそソレをありがたいとは思った事はない。


 でもここを出たらどこへ逃げれば良い?


 わからない。でもここにいるよりはきっとマシに違いない。この国は奴隷は禁止されているもの。


 生ゴミが入った水にまみれた服が臭いし重い。額は血みどろで痛すぎる。


 街ゆく人は額から血を流し、ボロボロなワンピースで生ゴミ臭いを発して必死に走る私に関わり合いたくないような顔をし顔を背ける。


 そんな私にも一つだけいいことがあった。


 それは、殴られて頭を打った衝撃で《私》が生まれる前の前世を思い出したこと!

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虐げられた男爵令嬢は自分をリセット致します。 きのこのこ @kinokooisii

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