21gの魂

ツチノコのお口

本文

 人間の魂の重さは21gである。

 子供も老人も、男も女も、クズも聖人も。人間ならば、等しく21gだ。

 不思議だとは思わないだろうか……いや、思わないな……。

 性格なんざ関係ない。種族がホモ・サピエンスなのに、個体差で魂の重さが変動するだなんてこと、あるはずもなかろう。

 神が人間を創るとき、必然的に魂は21gとなるのだ。


「で、俺らがそんな分かりきったことを確認して、なんか社会にプラスがあるんですか?」

「うるせぇ、黙って働けっ」


 人間の魂は21g……そんな当然の事実をとにかく確認するだけの仕事をしているのが、我々死神の秤魂部だ。

 流れてくる人間の魂の重さを量るだけ。単純明快で全く面白くない仕事。

「第一、人間として天寿を全うしたんだから、量るまでもなく21gじゃないっすか!?」

「いいから働けよ、上司にチクるぞ?」

「さーせん、この仕事が一番です」


 †


「だから、お前には非人課で研修を受けてもらう」

「先輩、『だから』の使い方間違ってます。意味がわからないです。何一つわかんないです」

「とにかく、お前は非人課のやつから研修を受けることになった、いいな?」

 先輩は俺の胸ぐらを掴みながら小声で囁いた。

 そもそも、一番楽だと評判の「安楽課」ですら、新人の俺には厳しすぎるというのに……。

 

 非人課といえば、死んだ方がマシだと言われる程の、生き地獄を味わった魂を量る部署だとのいわく付きだ。

 どの先輩にきいても「あそこだけは嫌だね」と返事が返ってくる。それが非人課だ。


「ちなみに先輩。それって断ったり……」

「嫌だよ、俺が怒られるもん」

 そんなヤバめの非人課行き、確定の流れができてしまっていた……


 †


「お世話になります!秤魂部安楽課から来ました!新人の……」

「あぁ、いーよいーよ、話は聞いてっから。どーせ、社会の黒いとこなんざ見たこたーねー、ボンボンのガキなんだろぉ?」

 俺を出迎えたその先輩は、研修生を迎え入れる態度とは思えない様相だった。

 しゃがみこみ、タバコを吸いながら、魂をはかりに投げ入れている。

「うい、21gっと……」

 そして、はかりから魂を取ると、これまた適当な所に投げる……。


「ここは……ひ、非人課で間違いないですよね……?」

「そーだよ。なんだよ、なんか問題でもあんのか?」

「いや、そういうんじゃないですけど……」

 嘘。完全にそういうの。

 新人が研修に来るってんだから、もてなしくらい期待しても良いだろう!だというのに、だ!なんだこの先輩の態度、狂ってんな……。


「おれぁ、はなからお前を戦力なんざ思ってねぇ。『研修生を受け入れろ』って、上から言われてるからしゃーなし付き合ってるだけだ。変に動くな、手出すな、そこで座って暇でも潰しとけ」


 †


 暇。

 永遠に先輩が魂を投げまくる光景を眺めるだけで、時間が早く進むわけなどないのだ。

 特殊相対性理論によると、動いてない人ほど時が遅く進むように感じるらしいが、今まさに、それを実感している。


「先輩!暇です!まじで、なんかください!」

 耐えられなくなり、立ち上がってそう告げた。

 すると、先輩は首を90度回転させながら、

「じゃあ、1個だけ量れよ、魂」

 1個!?子供の職場体験じゃないんだぞ!?

 それに、魂の重さを1個量るのに数分間も使うわけがない。暇つぶしになど、なるはずがない!


「先輩!あんまりからかわないでくださいよ!」

「からかってなんかねぇよ。量ればわかる。なんか言うなら、わかってから言えよ」

 先輩は俺という後輩に責められているとは思えないほど、マイペースにそういいのけた。

 舐めるなよ……安楽課で学んだ測量術……見てろよ……

「はい!量らせていただきます!」


――――――――――――――――――――


『お父さん!やめて!お母さん!助けて!!!』


『ありがとう、ねぇ、明日も一緒に会わない?』


『お母さん、うちのパパってどこにおるん?』


『娘さんは……残念ながら……』


『馬鹿なことはよせ!考え直すんだ!』


『…………はじめから、こうすればよかったんだ』


――――――――――――――――――――


 身体中を強烈な痛みが支配する。

 それだけじゃない。脳は不快感と絶望感で思考を放棄している。

 今、俺は何を見た?まるで、1人の人生を体験したかのようだった。

 

「わかっただろ?」

「あれは……あの魂の人生なんですか……?」

 震える口は、意外にもスラスラと動く。あの悪夢は何だったんだ。ただそれが知りたい一心で……。


「そうだよ」

 先輩の言葉はそれだけでは終わらなかった。

「お前、安楽課だったろ?あそこは堕ろされる子供の魂だ。まともな記憶なんざねぇから、知らなかったんだな」

 

 堕ろされ『る』?その表現がどこか引っかかっる。

 しかし先輩は、詳しいことは何も触れずに、俺がはかりに乗せた魂を適当なところに投げた。

「この仕事は量るだけじゃ終わらねぇぜ。はかりからおろさなきゃならねー」

 俺はそのとき気づいた。この先輩は、俺が思う何倍も凄い人なんだ、と。


「先輩、魂を量る度にあんなに辛い思いを……?」

「ああ。だから、正気じゃこんな仕事はやってられねぇ。それで、気づけばこんな無愛想なやつに様変わりさ」

 それと「あと、魂を量る度じゃなくて、触る度な?」とも。


 †


「おはざすッ先輩!」

 仕事中に寝落ちた先輩は、およそ4時間程で体を起こした。

「あぁ……新人の……」

 そう言いながら大きく伸びをして、目を開く。直後、ほんっとうに心から漏れたであろう「は?」という声が響いた。


「お前……」

「仕事なんて、どこの課も同じですよね?」

「そ、そうだけど……なんで?」

「先輩が、かっこよかったもんで!」


 先輩が起きたのを確認したら、俺はまたせっせと魂の測量を続ける。頭の中は今も、辛く苦しくしんどく、絶望の記憶でいっぱいだ。

 それでも、それでも先輩に比べたらマシだ。

 きっと、何年もここで孤独に測量を続けてきたんだ。

「今日くらい、先輩はゆっくりしててください」


「…………」

 先輩は口を開けたまま、息を漏らした。

「ざっと4時間……4時間も働いて、なんでそんなふうに笑えるんだよ……」

「いや、先輩の苦しさと比べたら、こんなん屁でもないですよ!」

 その言葉に呼応するように、先輩はため息を漏らした。


 †

 

「神はな……それぞれの魂と人生をつくるんだよ。いちから最後まで、全部」

 先輩は、昨日の俺と同じように座り込みながら話し始めた。

「つまり、人間の人生は最初から決まってたってことすか?」

「そうだ。その中には、辛い人生も含まれる。人間は頑張ればなんとかなるなんて言うが、そんなの嘘だ。全て、神の気まぐれなんだよ」

 だから俺が測量したあのとき、あの先輩は『堕ろされる子供』なんて言い方をしたんだ。

 でも、でも……


「そんなの、酷い……」 

「な?腹立つだろ?でも、神は神だ。どうしようもない」

「なんとか……なんとかする方法はないんですか!?」

 気がつけば、そんな言葉を発していた。皮肉なことに、まるで神にも縋るような、そんな言葉だった。

 だというのに……

 

「ひとつ……ひとつだけ、策はある」


 そう言って、先輩は自分の腹を突き破った。


「先輩!?何してんすか!?」

 俺の心配など気にも留めず、先輩は話し始める。

「なぁ、どうして俺たち、死神が生まれるのか分かるか?」

 先輩は出会った頃からずっとこうだ。何か聞いても、本質的な部分には答えない。

「わかんないすけど……神が作るんじゃないんですか?」

「半分正解……。魂が、21gじゃなかった、所謂人間の落ちこぼれ……それが死神だ」

 

 ……なるほど。点と点が繋がった。

 人間の魂は21gと決まっているのに、なぜ俺たちが魂の重さを量るのか?

 人間の魂は21gと決まっているからこそ、俺たちは魂の重さを量るんだ。人間の魂でないものを探すために。


「俺の魂は、1gだ。神は何を間違えたら21gと1gを間違えるんだか……そんなんで神とか笑っちまうよ。そして、お前は……」

「……20gなんですか?」

 わかった、先輩のやりたいことが。


「へっ、察しのいい後輩で助かるぜ。そう、20g。基本、死神は魂の重さによって課が割り振られるから、これは間違いねぇ」

 へっ、と軽く笑ったあと、先輩は語った。

「このことを知っているのは、もう何十年もこの仕事をしているようなベテラン死神と、そいつから話を聞いた死神くらいだ。人間には察しようもねぇ。俺らはずっとなんとかしようと模索してたんだ」

「そこで、俺が……」

「人間は宗教という形で神と話せる。しかし、これにはかなりの忍耐力がいるんだ。

 4時間もここで働いて、なお正気を保てたお前にしか任せられない。どうか……


 人間に転生して、神と交渉してきてくれ」


 †


「彼、もう何年もずっと、あの神像の前から動いてないの」

「ほんと、立派な僧だこと」

「でも、不思議よね。なんだか、ぶつぶつ呟くのよ」

「へぇ……なんて?」

「なんというか、『人間を甘く見るなよ』とか」

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