銀河帝国公爵令息の苦難

月詩

第1話 アイン・ジールスタンという男

 技術は進化した。AIが労働力の90パーセントを占めるようになり、宇宙船が作られ、人類の寿命は数十倍にも伸び、時代は僕らの想像より先に進んだ。もはや宇宙船に乗ることは電車に乗るようなものだ。そして、人類の生息域は一つの惑星だけにとどまらない。無数の惑星群を領地とし、それを統治する最大の国家を人は銀河帝国と呼ぶ。


 僕の名前はアイン・ジールスタン、太陽系第三惑星、通称地球の高校生である。


 一見普通に見える僕には誰にも知られてはいけない秘密がある。


 それは銀河帝国の公爵カシウス・ラファ・ボードレールの二男であること。


 貴族の坊っちゃんがなぜ帝都からほど遠いド田舎惑星にいるのかといえば……。


 「その薄汚い目で見ないでくれるかしら」


 ___こいつのせいだ。


 −−−−数年前−−−−


 「お、セリナ皇女殿下護衛の任だとっ!?」


 その日、僕は皇帝から任務を与えられてしまった。


 「ああ、本来であれば軍から人を出すのだが……皇女殿下がお前を指名してな。心当たりはあるか?」


 なぜ僕が怪しまれなくちゃいけないんだ。


 本来なら『あるわけねぇだろボケ!!』と言いたいところだがあるのだ。心当たりというやつが。


 あれは随分と昔のこと婚約者としての初めての顔合わせの時のこと、簡潔に言うと僕たちは馬が合わなかった。


 「何見てんだカス」


 こんなのと馬なんて合うわけないだろ。


 二人っきりになった途端罵詈雑言の嵐、僕はこんなのと愛を育まないといけないのかと絶望した。


 あれ以来僕らは直接顔を合わせてはいない。というか、合わせたくない。 


 しかし、現実はそうはいかない。僕たちは婚約者同士、どんな理由であれ破談することはできない。


 両家が話し合った結果、僕たちは月に一回リモートでの交流会を行うことになった。

 

 話は一ヶ月も前に戻る。 


 「ふふ、その顔を見ると無性に殴りたくなるわ」


 最初に会った頃とは似ても似つかない変わりっぷりだ。


 _____主に腹黒具合だが。


 どうやら、ここ何十年かで品性を身に着けたようだ。


 「さて、冗談はこのくらいにして本題に入りましょうか」

 「本題だと? 待て、僕に何やらせるきだ?」


 悪い予感がした。彼女のこの手のお願いは嫌な予感しかしない。


 「ほら、私って一応皇女様じゃない? だから刺激が欲しいのよね」

 「結論を言え」

 「もう、せっかちな男はモテないわよ」


 ティーカップ片手にくすっと笑いながらそう言った。


 「地球の学園に通いたいのよ。でも私一応皇女だしそんなことできるわけないじゃない。だ・か・らあなたを護衛にすることを条件にお父様に許可してもらったの」

 

 ___あのバカ親がっ!!! いくらなんでも娘に甘すぎるぞ。


 「お断りします」


 思わずそう口にした。なんで貴重な高校生活をこいつなんかと一緒に過ごさないといけないのだ。


 「あなたに拒否権なんてあると思う?」

 「…………」


 そう言って見せたのは皇室の家紋がついたネックレスだった。


 こ、こいつ国家権力を悪用しやがった。


 ----現在----

 

 というわけで、理解できただろう。僕はこの隣にいるクソ皇女のせいでこんなド田舎に飛ばされたのだ。


 入学からはや数カ月思ったよりも不満はない。


 しかし、この平穏な生活も一つだけ問題があった。


 それは____________。

 

 「ねぇ、寄り道していきましょう」


 ___皇女こいつの護衛である。


 何かと理由をつけ荷物持ちだの生徒会だのと押し付けてくる。はっきり言って害悪。敵そのものだ。


 しかし、僕は彼女の言うことに従わなければならない。それはなぜか、もちろん皇女であることも理由だがそれだけではない。


 ……こいつ外面だけは良かった。


 恵まれた美貌に皇室の英才教育を受けて育った彼女は文武両道を地で行く優等生。そして何よりも演技が上手かった。


 誰にでも分け隔てなく接し、捨て犬にすら慈悲を見せる。専ら、学園の女神様と敬われている。


 こいつの誘いを断れば学園中の全てを敵に回す。


 そんなことになったら普通の学園生活を楽しむことができない。


 そのため、僕はしぶしぶ付き合ってやってるのだ。


 「拒否する。今日は晩ご飯を作らないといけないんだ。君の荷物持ちなんてやってる暇はない」


 しかし、校内に限る。

 

 「あらそう。その夕食代は誰のお金か分かってるのかしら?」

 「国家予算からだろ」


 そうぼく語言うと彼女はつまらなそうに眉を歪めチッ! と舌打ちをついた。


 「……からかいがいのないヤツ」

 「からかいがいがあったら君の相手なんてしてられないよ」

 「言ってくれるわね」


 僕反論に苦虫を噛み潰したような顔をしている。少し気分がいいな。


 こう思ってしまう僕も性格が悪いのだろう。


 そう考えていると腕輪に内蔵されたAIが言う。


 『マスターの言う通りです。私からも帰宅を強く推奨します』

 「あんたもあんたでうっさいわ」 

 「AIからも言われてるじゃないか、諦めてさっさと帰るぞ」

 「ちっ! 仕方ないわね。なら、今日の晩ご飯は私のリクエストを聞いてちょうだい」

 「ほう、いってみろ」

 「じゃ最高級キャビアにホワグラでしょ、あとは……ってあれどこにいくの!?」


 さて、さっきの話は聞かなかったことにしてこのまま真っ直ぐ帰宅だ。


 ----自宅----


 「ねぇねぇ、願いだから話を聞きなさいよ」


 彼女はしつこかった。何十回と僕の耳元に話しかけてくる。さすがの僕も腹が立ってきた。

 

 「……うるさい」

 「え?」

 「黙って聞いていればさっきからなんだ。荷物持ちに付き合わせようとする、高級食材をねだる。わがままばかりじゃないか。だいたいだな………あっ!?」


 しまった!? ついカッとなって怒鳴ってしまった。

 「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない!!」


 こういうとき彼女は人から怒鳴られるとものすごくめんどくさくなる。


「びぃぎゃぁああああああっ!!!」


 ジタバタの地面に転がり、まるで赤ちゃんのような駄々のこね方だ。


 いや、赤ちゃんであったほうがマシだ。


 「お、おい、とりあえず落ち着け」


 僕がそう言うと彼女は一度チラッとこちらを見てまた泣き始めた。


 「びぃぎゃぁあああああっ!!!」


 ……やれやれ、手間かけさせやがって。 


 ___こいつ◯す。


 「いやいや、待て待て、〇したら僕がまずい」


 ここはなんとか落ち着いてもらおう。


 「と、とりあえず冷蔵庫のプリンでも食べるか?」


 く、苦し紛れだが仕方ない。何も思いつかない以上は時間稼ぎしかできない。だが、こんなのでうまくいくわけが______。


 「食べる!!」


 ______うまくいくのかよ!!


 「わぁ〜!! 美味しそう〜!!」

   

 うっわ、見たこともない笑顔で目をキラキラ輝かせながらプリンを食べている。普段とキャラがまったく違うじゃないか。


 と、とにかく時間を稼ぐことには成功したようだ。あの様子だとプリンを食べ終わったらまた泣くぞ。どうする……。


 そう悩んでいる間に、彼女はプリンを食べきったようでスプーン片手に聞いてきた。


 「ねぇ、おかわりはあるかしら?」

 

 ____お前もう一生食ってろ。


 発作が始まる前に彼女にプリンを渡すと彼女は嬉しそうに食べ始めた。

 

 ____毎日こうならいいんだが。

 いや、こんな事考えてる場合じゃない。


 「さて、本当にどうしよう」


 『マスター、こんな時こそ私にお任せください』


 「そ、その声は!?」


 銀髪の長髪に澄んだ青眼。一般家庭には不釣り合いのメイド服。


 『この美少女型サポートアンドロイドイディスに』


 こいつの名はイディス。僕が生まれたときからの世話役であり僕のサポートAIだ。余談ではあるが父さんが買ってきたらしい。ちなみに登下校中に話していたAIはコイツの子機である。


 「で、どうやって泣き止ませるんだ?」

 『ふ、ふ、ふ、私はあなたのお世話を何十年もやってきたプロ中のプロ、その程度どうってことありません』ドヤ~

 その容姿は美しく見える。しかし所々の動作がそこはかとなく残念臭が漂ってくる。


 『残念臭なんてしません!』


 な、なんで心が読めて!?

 

 『私に搭載されている分析機能、そして何十年も過ごした結果蓄積されたあなたの思考パターンから心のなかなんてすべてお見通しですよ』


 まるでエッヘンとでも言いたげなイディス。しかし、彼女の自慢げな顔からなぜだろうか残念が漂ってくる。


 やってることはすごいはずなのに、なぜか残念臭は消えないな。


 『ち、ちょ!? その反応なんですか!? 見せてやりますよ。この高性能AIの力を!!!』


 美少女型サポートアンドロイドじゃなかったのか?

 

 『はぁあああ!! 私に内蔵された九十九の奥義を見せてやりますよ』


 やめろお前! とんでもないものを敵に回そうとしてるぞ! 


 イディスは本を取り出し読み聞かせをしようとした。

 「あ!?」

 しかし、その本は彼女の手から離れプリンを食べている皇女の頭にぶつかった。


 「び、びぃぎゃぁあああああっ!!!」


 「な、何やってんだお前っ!?」

 『わ、わざとじゃありません!! そ、そうだ。これ全部マスターのせいにしたら私は助かるんじゃ……』

 「とんでもないことを抜かすな! あぁ、ホントにどうしよう」

 

 その後、2人はありとあらゆる手を尽くした。遊園地に連れて行ったり、絵本の読み聞かせをしたり、お菓子を作ったり、しかし全然なんとかならなかった。


 「びぃぎゃぁあああああっ!!!」


 やれやれ、これでも泣き止まないのか。


 『マスター、少しお話したいことがあります』


 少し疲れた様子のイディスがそう言ってきた。


 「なんだ? 言ってみろ」

 『皇女の振る舞いに違和感がありまして』

 「違和感?」

 『先ほど皇女様の体をスキャンしましたところ、その……正気を取り戻していました』

 「は?」

 『それも、家を出る前と予想されます』

 「「………………」」


 なんとも言えない空気に僕たちは泣きわめくふりをした皇女を見た。


「びぃぎゃぁあああああっ!!!」


 「つまりあれだ。僕たちがやってきたことは」

 『はい、意味なんてありませんでした』

 「「………………」」


 またしても、なんとも言えない雰囲気になる。そもそもの発端は僕たちだ。しかし、正気に戻ってもなお遊園地に連れて行ったり、絵本の読み聞かせをしたり、お菓子を作ったり、などの苦労を僕達にさせた。


 とんでもないクソ皇女だ。当然とんでもない怒りが湧いてきた。


 「おい、いい加減にしろ。こっちは気づいてるんだ。自分で話せさもなくば〇す」


 僕がそう言うと彼女は人が変わったようにいつもの雰囲気に戻った。


 「なに、やっと気づいたの? ずいぶんと質の悪い目ね。いえ、あなたの頭を貶せばよいのかしら? まぁ、これにこりたら私をもっと甘やかすことね。さあ、帰って晩ごはんにしましょう」


 この時彼女は気づいていなかった。空気が氷のように張り詰めていたことに。


 「いや、その必要はない」

 「え?」

 『はい、皇女様にはこれからのものを味わっていただきましょう』

 「……そ、それって何かしら?」

 『決まってますよ』

 「「たちの怒りをだよ!!!」」

 「あ、あの……私これから用事が……」

 「君に選択肢なんてあるわけないだろ!!」

 『ええ、万が一本当に用事があったとしても私の処理能力ならすぐにでも解決いたします。覚悟はよろしいですか?』


 自身が今どんな状況に置かれているのか理解したのか青ざめている。


 「ご、ごめんなさぁあああああい!!!」


 そう、叫んだと思ったら一目散に逃げ出した。


 「「ま、まてぇええええええ!!!」」


 その後、夕食はコロッケでした。




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