夢月亜蓮

第1話

  【虜】


 冬の夜の石床駅ホームは壁に設置されたランタンの光がたゆたっていた。羊毛でできていた黒コートを身に纏う行き来する人々はランタンから洩らす火と共にホームを若干暖かく感じさせた。


 しかし、その夜の駅には似合わない人物がその忙しいホームに存在していた。風景に浮いてるような少女がホームの木製ベンチに腰をかけていた。


 夜風に踊る彼女の髪の毛は柳の幹のように茶色い。幼さがある顔貌はちょっとぽっちゃりとした雲思しき頬とエメラルドの宝石の如く時計を見つめる彼女の瞳に相まって、この風景に合わない感をさらに漂わせていた。


 その少女は人々の行き来を顧みず、ただひたすら、時計を眺めるのみだった。チクタク。チクタク。チクタク。


 あれはすでに一時間が過ぎた頃の話。彼女の前に、彼女の目を引き付ける【何かが】姿を見せた。頭にシルクハットをかぶり、白い毛が際立つ黒い背広を肩掛けのように着ていた、二足歩行できる白猫だった。


「お嬢さん、何が君をそんにゃに夢中にさせるんだい?」


 白猫の尋ねに少女は少し戸惑ったらしいが、さすがマナー違反は似合わない性格か、少女は抑揚のない声で返した。


「お電車を待ってるのです。また逃してしまったらお母さんがまた怒りますから。」

「おやおや、それなら私と同じのではないか!お隣でいいかい?」


 平然と述べるカリスマのありそうな白猫に少女はただ頷いた後、また、時計に視線を向けた。


「お嬢さん、ここはもはやホームではにゃいか?そんなに時計を見つめてたら、電車が到着するには永遠もかかるよ!お互い様のようのでお話でも聞かないかい?」


 少女はもう一回、時計から視線を離し、話している白猫を暫く眺めた後、怪訝そうな調子でぴくっと頷いた。


 おそらく、この状況になった以上それ以外は何もできないか、今更ベンチは変えられないかな。


「実は私は田舎生まれの猫じゃのう、この都会へやってきたのはもう猫歴で12年も経ってるんだ。」


 招き猫のようなコミカルな動作と笑いを覚える表情はおそらく、その少女を話に引き付けるためのものだった。


「昔は確かに、猫友と出かけたり、むやみにお隣さんの美味しそうにゃ魚をこっそり食べたりとか、猫ん中の猫だったのじゃ。しかし、ある日親父が歩けなくなったのよ。最初は老けた体のせいで臨時的なものだと思ったが、状態がさらに悪化した。」


 白猫の話に初めて、少女が反応を見せた。顔は確かに無関心そうなままが、目元だけがちょっと緩んでいた。


「そんな可哀想な目で見つめなくてもよ!全く若者は皆そうじゃから仕方にゃいけどね。とにかくその親父の病気の原因は村の医師さんに解明されたじゃの。しかし、私の田舎村は小さいし、父の治療ができるのは隣町の病院のみね。」

「つまり、お父さんは助からなかったのですか??」

「助けてもらってたらよかったね、病院の人たちはお金がないと治療ができないと言ってきたものじゃ。まいったにゃーと思った時に隣人のおばあちゃんが孫の話をした時思い出したよ。」

「隣人のおばあちゃんの孫ですか?」


 少女の表情に疑問の色が浮かびだす。


「そうなのよ!隣人の孫ちゃんはどうか都会へ向かって、そこでいい仕事を見つけた後にはとんでもない富稼ぎあげたらしいのう!当時の私はそれしかなかったけどにゃ」

「つまり白猫さんはお金持ちですか?」

「まあそう焦らなくてもにゃ。とにかく私はあの茫洋とした村から、この狭い都会に向かったのよ。最初は仕事の探し方もなにも知らなかったでひったくりまでにあったのう!」

「ひったくりですか?!」


 驚いた顔が気に入ったのか、白猫は「ははは」と猫笑いをする。


「それは都会のこと何も知らないものじゃのう!仕方ないことさ。でもよ、都会に来たとは言って、仕事はそんなに簡単見つけるものじゃにゃいよ。」

「そうですか?」

「お嬢さんは知ってるんかい?お金は恵みじゃってことよ。」

「メグミですか?どういう意味なの?」


 次第に話に夢中になる少女は次第に敬語を怠った。


「まあとにかく、それは大事ってことだけでいいのよ。私はそのお金がなかったから、最初は街中央にある橋のしたでくらしたじゃのう!」

「橋の下??!」


 白猫が笑いながらそう告げると少女は信じられない表情を浮かべた。多分、その橋のしたに喋る猫が住んでいたというより、その類の【人】がこの世に存在するのかで驚いている。


「ええ、まあ、学のない田舎猫だったので仕方にゃいものよ!でもその私にすら仲間が現れたのよ。」

「仲間??白猫さんはもしかして、海賊なのですか?」

「ははは、海賊ではあるまいし。ただ、たまに私の橋の下に他の猫がやってきた夜があってにゃ。雨がバシャバシャと降っていた夜のことでその猫はボロボロだったじゃのう。」


 間を埋めるためか、白猫は白い毛がもふもふある腕で雨を真似た動作を繰り返した。


「その猫は家族のために、食べ物を探さなきゃってのよ。さすが私でも、鬼じゃにゃいから、猫だもの、自分が持ってきた最後の牛乳瓶をその猫に渡したよ。」

「じゃ他の猫さんは助かったなの?」

「次の日にまた現れたのよ。」

「えっ?!じゃ足りませんでしたか?」


 完全にストーリーに吸い込まれた少女はさらに敬語を怠って白猫に質問をする。咄嗟に白猫は小さな肉球のある手でシュッと否定をした。


「猫は『こんな美味しい牛乳を飲んだのは人生で初めて』と空瓶を持ってきたじゃのう。困ったものよ、私。田舎から持ってきた最後の瓶だったじゃもの。でも確かに田舎の牛乳は格違いにゃ。」

「結局のところ、仲間猫の家族はもうその牛乳飲まないじゃないですか!」

「いいえ、お嬢さん、勘違いしているそうじゃのう!私はひらめいた。この牛乳を都会で売り出すとにゃ。さすが私じゃのう!ははは」


 あっけらかんな少女は笑う白猫を見据える。


「何がどう見てもおかしいのです。白猫さんを疑いたくありませんが、白猫さんは最後の瓶だと言い出したのではないですか?ならどうやってその牛乳を売りますか?」

「私はのう、この都会の唯一の牛乳工場で仕事を見つけたにゃ。」

「しかし、仕事は見つけられないのではありませんか?」

「その仲間猫は残した数ミリの牛乳を牛乳工場のえらいさんにあげたらしいのう!そのとこの管理やらなにかがめっちゃ気に入ったらしいよ!にゃーにそんなに驚いてるの?」

「いや、ただ、不思議と思いました」

「さすが私じゃのう!まあ、私は次第に働いて、その工場のトップまで登ったじゃね。私も信じられないぐらいの給料もらったよ。。」


 白猫は突然どこか寂しげに、後悔の色すら浮かびだす声で話を進めた。


「美味しい寿司も腹がいっぱいなるまで食べたり、猫専用のキャバ…、おっと、女の友達いっぱいできたり、彼女になる猫ちゃんまで見つけたじゃのう!」


 白猫はもう一度、少し間をあけてからまた話し出した。


「ただし、私は帰らなかった。お金はできたものの工場の締め切りに追われる始末になったじゃのう。にゃー。今振り返ってみるとその時に帰ったらいいのよ。目先の利益にばっか目が行くものじゃ。恐ろしい話よ。」

「ん?じゃお父さんは?」


 その質問に白猫はしばし黙り込む。線路に視線を向け、頭かきながら白猫は続けた。


「残念ながら、私もわらなにゃいのじゃ。実は工場の忙しさに囚われる中に私と家族の連絡が途切れたじゃったのう。」

「えっ?!どいうことですか?」

「それは私にでもわからないじゃのう。この都会の第一牛乳工場の長になっても解決できない問題はあるものじゃね。にゃにもできる万全な力は存在しないものじゃ。私はいつの間にか、自分を見失ったのじゃ。だから今はここで帰ると決めたじゃのう。」

「そうですか。。」


 少女は何を言えばいいか迷っている中、白猫は唐突に彼女に質問を投げかけた。


「お嬢さんは都会と田舎どっちが好き?」

「えっ?そんなこと、考えたことがありません。でも、強いて言うのならば、多分田舎の方が楽しいのです!家族皆揃いで食卓を囲むのは一番楽しいと思います。おばちゃんの変な話を聞きたりとか、お母さんが作ってくれた美味しい料理を食べたりとか」

「そうじゃのう!それが一番だね。お嬢さんもわかるじゃのう!私もそれでいいかな、田舎に帰ったらすぐ温泉でも行くかにゃ。実家の風呂上がりの冷たい牛乳はこの世で一番のよ!」


 そう言い終わるとホームに声がこだまのように響きます。拡声器を口に当てながら警官っぽい服を着た人が告げる。


『まもなくホーム2番線に電車が到着します。危ないのでお下がりください!』


 そう告げると、ホームの端からゴトゴトと線路上に列車が現れる。ホームに入る直前列車からシュッシュッという音が駅内に響き、乗車するであろう人々は石床に記されたように列を作り始めた。


「お嬢さん、電車がやっと来たじゃのう!その前に最後に聞きたいのじゃ、お嬢さんには夢があるかにゃ?」

「夢・・・?うーん難しいですね。お母さんやお父さんを幸せにするとか?」

「おお純粋じゃのう!それでよいのよ!素晴らしい夢だにゃ!」

「お母さんが言いました、幸せになるためにはちゃんと勉強しないといけませんね。だから勉強して、この都会に白猫さんみたいにいい仕事を見つけたらいいと思います!」

「そうじゃのうかな・・そうじゃのう!勉強しにゃかとね」

「白猫にこれあげますよ」


 少女がポケットを漁ると、小さい手が差し出したのは拙い絵だった。そこに男と女の思しき人物とその手を繋いでた真ん中に女の子が描き出された。おそらく、少女と家族だろう。


「白猫が家族はもう忘れないために、お守りです。」


 一瞬、白猫はなにか取り憑かれたかのように黙り込む。その視線は目の前で笑っている少女を捉えていた。


「私はそろそろ行かないといけませんから。話はとても楽しかったです!ありがとうございました。」

「ああ、絵ありがとう!大切にするのじゃ。さようにゃら!」


 少女はぺっこりと頭を下げ、ベンチから腰を立て、バイバイと手を振りながら、乗車する人々と同じく列に並び、乗車する人々と同じく切符をポケットから取り出し、乗車する人々と同じく列車に乗り、乗車する人々と同じく去っていった。


 今度、都会へ帰る彼女はもうこのような絵は描けない。


 その場から動けなくなった白猫は列車が消えたことを確認した後、駅の出口へ向かって足を進めだした。


「この絵は事務室に飾っておこう。家族を忘れないためじゃのう」


 明日もまた工場に新しい一日が始まるのだ。




【完】







【あとがき】


 この短い話を読んでくれてありがとうございます。

 さて、カクヨムに投稿するのは久々で正直ちょっと緊張してます。この話はある少女が突然白猫に出会う話で、裸美少女などがいないのは残念と思う読者もいると思いますが、我慢してください。


 この話はまだ未熟である私の腕で頑張ってみましたけど、メッセージが伝わらないこともあると思うので短い解説だけをさせていただきます。


 この話のように、日本中では白猫のように、夢を追いかけて地元から出た若者たちがいると思います。その人たちはいつの間にか大人になって、その夢や希望などを忘れていませんか?毎日通勤しながら、片手でスマホをなげめるばかりに、本当は夢や希望は捨てていいものなのでしょうか?


 その答えは多分「ノー」ですが、私達はすでに、白猫みたいに自分の【虜】になっていないのでしょうか?そんな私達にご苦労さまです。そのよしあしは自分なりの価値観で決めるべし、私はそれを思ってこれ書いてみたけど、伝わるかわかりませんでした。


 皆さんの時間も取られても悪いので以上とします。少しでも笑った方や話を好きな方はいいねとコメントよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢月亜蓮 @aobutakuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画